5.冤罪処刑回避作戦、決行中2
ロゼッタは自分の体調の変化に合わせて薬草を調合し魔法薬を作っていた。仕上がったものは保冷機能の付いた保管庫に入れて代わりに昨日作ったものを取り出した。蓋を開け腰に手を当てていっきに呷る。
「ぷはぁ。~~~効くわぁ」
呑んで直ぐに、ロゼッタは自分の魔力が戻っていくのを感じた。
「でも、満タンにはならないわね」
ウィリアムに魔力を渡すようになってから、ロゼッタは薬を使って魔力を戻していた。はじめはちゃんと満タンになっていたが、半年ほど経つと全く戻らない分がでてきたのだ。三ヶ月様子をみたが、戻らない分は徐々に増えている。
(禁書の魔法だもの。仕方ないわね)
そして、この差が激しくなればロゼッタは体調を崩すことになる。なぜならウィリアムと同じ症状になるからだ。
(けど、保有量が欠損するのは対処可能だわ)
魔法師は修業を積んで大体三十代前に全盛期を迎える。自分の魔力を完全に自在に操るようになるのだ。大多数はそのまま年齢を重ねていくが、一部はロゼッタのように欠損させてしまうことがある。そのための対処法があるのだ。
(ただ、材料がないのよね)
城の薬草畑にもない。城外の聖域の森にある薬草畑になら確か栽培していたはずだ。
「そうと決まれば、聖域の森の薬草畑へ行く許可を貰わなくちゃ。ついでに冤罪処刑を回避をするための算段もつけるわよ!」
念には念をだ。婚約者を回避しただけで満足するなんて生温い。やれる限りの手を打って逃げ切り生き延びるのだ。そう意気込んでロゼッタは自分の同僚たちが働いている職場へと足を向けた。
****
目の前で筆頭宮廷魔法師が難しい顔をして唸っている。
「どうして、事を起こす前に相談してくれなかったんですか」
「すみません、ハンス。つい試したくなってしまって」
器を欠損させてしまう魔法師の大多数がするいいワケを述べてロゼッタは謝った。
「ロゼッタはまだ十歳なんですよ。だから筆頭宮廷魔法師の仕事は私が代理をしているんです。まだ全盛期まで二十年もあるのに器を欠損させた? 保有量の縮小処置をする? 稀代の大魔法師の後継者として迎えられたあなたが?」
ハンスと呼ばれた魔法師は混乱の余り頭を抱えている。
「でも試したかったんです。今さら仕方ありません。縮小処置に必要な薬草を採りたいので聖域の森の畑へ行く許可をください」
ハンスを無視してロゼッタはさっさとことを進めた。
「なんとかならないんですか。縮小処置は欠損を補う為に更に保有量を削り大量の魔力を消費します。ロゼッタの魔力の保有量がいくら多くても限りがあるんですよ」
「その件ですが、たぶん宮廷魔法師としても働くのは難しくなると思います。今すぐではありませんが早めに後継者を探して欲しいんです」
「そんな!」
(できれば魔法学校へ行く十六歳になる前に交代できれば完璧よ。処刑されたら魔力なんていくらあっても意味ないもの)
ハンスが心配している欠損の縮小処置は、大量の魔力を消費して保有量を削る。ロゼッタの見立てでは全てが終わると町で薬師として働ける程度の魔力保有量になる計算だ。それなら城をでても生計を立てられるのでロゼッタ的には問題なかった。
「私はウィリアム殿下の専任治療魔法師をしています。お休みできませんから早急に対処が必要です。それが理由で宮廷魔法師の仕事はなにもしてないのですから、私があと数年で世代交代しても支障ないでしょ?」
「~~~一旦、保留にさせて貰います」
「えー。材料を取りに行くくらいいいじゃない。在庫補充のお使いも兼ねて行ってくるから。ね!」
「はぁ。あなたは言い出したら聞かないですからね。分かりました材料の補充も兼ねてなら許可します」
「やった! ありがとうございます」
ロゼッタは許可書に判子を押してもらい無事に目的を達成したのだった。
****
ロゼッタはウィリアムの部屋の定位置の椅子に座り、本を読んでいた。
「ロージィ、熱がひいたみたいだ。そろそろ起きてもいいかな?」
「少々お待ちください」
ロゼッタは読みかけの本を閉じてベッドによじ登る。ウィリアムのおでこに自分のおでこをくっつけて体温を確認した。それはいつも通りのやりとりで、ロゼッタは熱が引いたことを確認して安堵した。
「はい。大丈夫ですね。今日は午後から家庭教師がみえるんですよね。なら私は一旦失礼しますね」
ロゼッタはベッドから降りるとウィリアムに礼をとり退出の挨拶をした。
「うん。いつもありがとう。ロージィ」
支度をするウィリアムのために部屋から退散すると、廊下にメイドが立っていた。
「ロゼッタ様。王妃様がお呼びでございます」
今日は午後に公の予定はないので、ロゼッタは快諾してメイドのあとをついていった。
****
王妃のサロンは白と金を基調とした家具で統一されていた。水色と青で描かれた薔薇の刺繍や絵柄が高級感を漂わせている。
「よく来てくれましたね。ロゼッタ」
「失礼致します。王妃様」
挨拶をし席に着けばメイドが紅茶を淹れてくれた。
(ティーカップが猫足で可愛い! さすが『World of Love & Magic』の世界観だわ)
ロゼッタは今まで冤罪処刑を回避することに夢中で、ゲームの世界観を楽しむ余裕を全く持てなかった。けれど前世で夢中になったゲームは、細部にこだわった世界観が評価されていたことを思い出して心が浮ついた。
(冤罪処刑は回避しつつあるし、少しはゲームの世界観を楽しんでもいいかも?)
そう思うと心が浮き足だって、なんだか楽しくすらなってきた。目の前のティーカップを手に取り、金縁に青薔薇が描かれたカップをとっくりと眺めて堪能する。
紅茶を口に含めば、薔薇の香が口いっぱいに広がった。
「薔薇の花茶です。香がとても気に入ってるの」
美しく豊かな亜麻色の髪をすっきりとまとめて、赤い口紅を差した形のよい唇が弧を描く。長い睫毛の下にはハシバミ色の瞳が細められ、惚れ惚れするような美しい微笑みを浮かべた王妃と目が合った。
(あぁ、凄く綺麗。ウィリアム殿下も同じ髪色と目の色だけど、王妃様は全身が絵になるわね)
楽しむと決めたせいでロゼッタは欲望のまま目の前の美女に夢中で魅入っていた。
「ロゼッタ、お菓子は召し上がるかしら」
「はい」
「お茶のお代わりも、遠慮なくいってくださいね」
「はい」
「実はロゼッタに、折り入って相談があるのです」
「はい」
会話は成り立っているがロゼッタは王妃に見蕩れて聞き流していた。だから次の言葉で一気に現実に引き戻された。
「実はウィリアムの婚約者に、ロゼッタをという話があがっています」