そうだ! 聖地を巡ろう(後編)
「ロゼッタさん、ごめんなさい。でも僕、兄さんの言いつけは破れなくて」
部屋の前で狼狽しながら必死で謝罪を述べるのは、ゴッドル公爵家次男のラースである。
ラースが扉を叩いて声をかけても、返事はない。
(いつも僕なんかに優しくしてくれたのに、嫌われちゃったかな――?)
ぎゅっと下唇を噛んで、ラースは項垂れた。
「ラース!」
そこへ事態を察知したウィリアム、オスカー、ルーカスが到着した。離脱し損ねたクリスティアンも一番うしろにくっついている。
「兄さん、僕、どうしたらよかったの?」
ゆがんだ顔で潤んだ瞳をした弟の眼差しに射抜かれて、ルーカスは思わず片手で強く胸元を握った。
ゴッドル家は家族仲が悪く、特に魔力弱者のラースは両親から疎まれて育った。兄であるルーカスが仲裁に入り庇ってきたが、ラースは肩身の狭い思いをして生きてきたのだ。魔法学園で下位クラスでありながら学年トップの成績を叩きだすロゼッタに勇気づけられて、最近は元気に過ごしていたというのに。
悪夢の時代に戻ったかのような表情を浮かべる弟に、兄のルーカスはひどく心を痛め、すぐにでも状況を打破しようと動きだす。
「心配するな、ラース。殿下がなんとかしてくれる」
「えっ」
今しがた四人で到着したばかりである。状況も分からないままに従者その②から無茶ぶりされたウィリアムは、とりあえずノックをした。
「ロージィ、いるんだろう? 開けてくれないかな」
「只今、留守にしております。御用の方は発信音のあとにメッセージをどうぞ」
無機質な抑揚の声で拒絶を受けた。ただ声はロゼッタのものだとわかったので、脱走していなかったのだと安心する。
「ロージィ、ルーカスから街へ出掛けようとした話を聞いたよ」
「ピーーーー」
(――ダメだ。完全に拗ねてる)
師弟関係、治療者と患者といった幼少期の関係性を引きずっているふたりは、これまでロゼッタが遠慮してウィリアムに合わせることが多かった。
けれどロゼッタは同い年の異性である。能力差のほとんどない今となってはウィリアムがリードする場面も増えてきた。すなわちロゼッタがあまえる側になるときもあるのだ。
「ロージィ、話し合おう」
「ピーーーー」
ふぅと小さな溜め息をついたウィリアムは、機嫌を直してもらうためのあの手この手を考えていた。
様子を窺っていたラースが、不安でいっぱいになり耐えられなくなった。
「ねぇ兄さん、どうして街にお忍びで行ってはいけないの? 少しくらいいじゃない!」
ロゼッタから話を聞かされたとき、とても楽しそうにしていたのだ。聞いているだけでラースまで嬉しくなるほどに、ロゼッタは喜んでいた。
「ロゼッタさん、別に勝手に行こうとしたわけじゃないよ。僕に行きたい場所を効率よく回る方法を聞いただけで――」
ただ、ラースは己の能力を理由に引きこもりがちな生活をおくっていたため、あまりいいアドバイスができなかった。優秀な兄のルーカスなら知っていると思って聞いただけなのに。
「なんで、ロゼッタさんは行っちゃダメなの?」
ラースの痛切な訴えに、その場がしんと静まり返った。
「俺も用事があれば出掛ける。オスカーもそれぐらいあるだろう?」
「えっ。――まぁ、私は兄の荷物持ちに駆りだされたり、仲間と出掛けたりするくらいはあるが」
「殿下やアンデルセンだけが出掛けられないのは不自然だ。なにか理由があるのか?」
どんな小さな綻びも目ざとくみつけるルーカスが、問題の真因に切り込んでゆく。
「――昔は、子供だからと止められた。僕の体調のこともあったし」
「成長も完治もしたのなら、問題は解決している」
ふむ、とウィリアムは手を口元に添えて考え込んだ。昔の状況をそのまま引きずっているだけで、なにも悪いことなどないのかもしれない。
(ハンスはロージィを子供扱いしたい節があるから頷かないだろうけど、確かにダメな理由はないな)
稀代の大魔法師と匹敵する魔力量に技量を持つウィリアムのふたりなら、たとえ街で命を狙われたとしても、事件にもならないだろう。
(僕が出掛けるとなると、オスカーとルーカスもついてくるだろうし)
問題など起きようものなら、それは別の原因だろう。例えば従者の力量不足とか人選ミスとか。
ウィリアムは奇妙な感覚に襲われた。まるで体に合わせて内面が大きくなっていくような、不思議な軽量感が全身を包む。
(僕らは大人になったから、自分たちで考えて自由に選べるのか)
周囲からの制限は、きっと今では無効なのだ。たぶん言った相手は覚えてすらいない。言われた子供だけが、約束に従って窮屈な場所にいつまでも留まっているだけなのだ。
(思い込みというのは、存外厄介なものだな)
実は遠方の視察など、これまで特に悩まずにすべて断っていた。ウィリアムが行かなくとも別の者が出向くため、おかしさに気付く機会を逃していたのだった。
「ルーカスのいう通り、なにも問題はない。ロージィ、ふたりで計画を――」
――バァァァン!
開かずの扉が、大きな音を立てて勢いよく壁に叩きつけられた。
赤い色の三つ編みをゆっくりと波打たせて、頬を赤く染め期待の眼差しを宿したロゼッタが飛び出してきた。
「本当に⁈」
ワンピースの裾をひらめかせた姿は、どこからみても町娘そのものであった。
(そんなに、行きたかったのか!!!!!)
ラース以外の男性全員が、思わず心のなかで叫んでいた。
行きたいのである!
行かずには死ねないのである!
いざ行かん、聖地巡り!
「本当に行けるのよね! 約束してくれるのよね!」
まるで今にも踊りだしそうなほど喜んでいる婚約者に、ウィリアムは面食らった。
未だかつて、こんなにはしゃいだロゼッタをみたことがあっただろうか。
いや、ない。
愛しい婚約者の、たっての願いである。断る理由などあるはずがなかった。
「もちろんだよ。ハンスにバレないよう綿密な計画を立てないとね」
「やったー!」
控えていたオスカーは目を瞑り天を仰いだ。止める気は毛頭ないが、きっとまたひと騒動起きるのだと諦めている。
ラースの表情が和らぎ、それをみていたルーカスは満足した様子をみせた。彼にとってはこの先起きることなどどうでもよく、弟の心労が取り払われることが第一優先なのであった。
最後尾に佇むクリスティアンは、無力な自分は否応なしに巻き込まれるはずだと乾いた笑いを浮かべている。
「私ね、行きたいところがいっぱいあるの!」
「僕も今まで城から出たことがないから、どこへでも行ってみたいかな」
乙女ゲーム『World of Love & Magic』の聖地巡りの幕開けである。
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