有耶無耶にしておきたい
魔法学園を卒業してから数ヶ月後。
ウィリアムは王太子指名の準備や王族としての執務で慌ただしく過ごしていた。それでも必ず一日最低一回はロゼッタに会いに行く。
そんな忙しくも充実した日々を送っていたウィリアムに、ある日不幸ともとれる事件が起きてしまう。
その日は、いつも通りに執務をこなしていたウィリアムの元に文官が訪ねてきた。
「王族の教育で洩れていたものがありました」
「ああ、まだなにか残ってたんだ」
ウィリアムの教育は、年齢通りに進められなかったせいで一時狂いに狂っていた。
第一王子の教育など、本来であればはじまる何年も前に各専門分野の優秀な人材を選りすぐる。けれどある日突然病が完治した事実を知らされた大多数は、その経緯の収束に駆りだされてしまう。結果、大切であるはずの教育は取り敢えず手の空いている者に割り振られることになったのだ。
そして、大人たちの雑な対応に困ったウィリアムは、ロゼッタを頼り独自の路線を走って奇跡の成長を遂げた。
結果的に問題ないので、ウィリアム自身も周りも喜んでいたが、時折こうした抜け洩れがあり、そのたびに臨時講義が設けられている。
「閨のアレコレについてでございます」
(閨、ってなに?)
****
講義を受けたあと、ウィリアムは体調を崩し何年かぶりに発熱をした。今も微熱がつづくせいでベッドに横になり、部屋にはオスカーが常駐している。
「殿下は、あの、その手の事柄に触れる機会が全くなかったんですか?」
「なんでか、なかったね」
唯一の機会が、まさに昨日だったのだ。
「ロゼッタ様と一緒にいて、気持ちが昂ぶったりしなかったんですか?」
やけにグイグイ聞いてくる自分の従者に戸惑いながら、記憶を辿る。ドキドキした思い出はそれなりにある。そのたびに心臓が止まりそうだと思ったものだ。
「寝たきりのときの苦しさに似てた」
「……」
ウィリアムにとって心臓が早鐘を打ち、体が高揚感に包まれ体温が上がった時点で生命の危機を感じるのだ。
「あ、死ぬかもって、いつも思ってた」
昨日の講義も死にそうだと思って受けていた。実技の相手を選べといわれたときだけ気持ちが一気に冷え込んで思わず『嫌だ』と即答したのだ。そのまま講義は無理矢理終わらせて、なんとか部屋まで戻ってきたのである。
ふたりの会話がちょうど途切れたとき、ノックが聞こえた。オスカーが対応するために部屋からでていく。部屋の外から婚約者の通る声が聞こえててきて、ウィリアムは思わず寝具を頭から被った。
頭の整理がつかないウィリアムは微熱が引かず、具合が悪いことを聞いたロゼッタが治療にきてくれるのを断りつづけていた。
(も、もう少しだけ時間が欲しい)
このせいで、毎日つづいていた逢瀬は途切れてしまう。そして、この事実は当人たちよりも周りに衝撃を与えた。心配した人がなにかできればと関わってくれるのだが、話を聞くと誰もが口を噤んで視線を逸らして立ち去っていった。
(だ、誰も助けてくれない……)
ウィリアムにとっては懐かしい光景だ。けれど今回ばかりは助けて欲しいと切実に思ったのだった。
****
数日後、イロイロと決着をつけたウィリアムはふわふわしながらロゼッタのもとを訪れた。
ノックをすると、少しだけ扉が開き隙間からロゼッタが顔を覗かせる。
「もう、体調はよろしいのですか?」
疑心暗鬼な雰囲気を隠そうともしないロゼッタの胡乱な目が、細い隙間からみえた。
「ロージィ。ごめんね、会えなくて」
「ウィルが、元気になったなら、いいんです」
そのままカチャリと扉が閉じる。
「えっ! どうして閉めるの?」
やっと会えたのだ。できればちゃんと対面で会いたいものである。けれど理由も教えてもらえず面会拒否されつづけたロゼッタは完全に拗ねていた。
なんとか謝りつづけてでてきて貰う。
「体調が心配ですし、今日は私の部屋でお茶にしましょう」
「いや。庭園に散歩に行こう」
(まだ、ふたりきりはちょっと。もう少しだけ時間がほしい)
そのまま彼女をエスコートして外へと向かった。
庭園の散歩道をゆっくりと歩いていく。繋いだ手にドキドキしながらロゼッタをみると、まだ不満げな顔をしていた。
噴水のある広場まで辿り着いたらベンチに座り話し掛ける。
「ごめんね、ロージィ」
「いつも相談してくれるのに、内緒なんて珍しいですね。まぁ無理に聞いたりしませんけど」
「うん。ごめんね」
「オスカー様よりも、私のほうが看病だって治療だって上手なんですよ。昔は毎日してましたし」
「うん。そうだね」
「本当にもう大丈夫なんですよね? 元気なんですよね?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「困ったことがあったら、相談してくださいね」
「うん。ありがとう」
「私にできることはありますか?」
「……」
「き、きっとひとりよりふたりなら、できることは多いと思うんです」
ロゼッタの心遣いにウィリアムは胸がいっぱいになって、大きく息を吐いた。
「心配かけてごめんね、ロージィ。もう少しだけ時間が欲しい。少しだけ待ってて」
「……分かりました」
「明日までに、僕とロージィの結婚式の日取りを決めて全部話をつけてくるから」
「ふぇ?」
なぜそんな話になるのか分からないという顔をしたロゼッタの手を握る。それ以上は打ち明けず、有耶無耶にして話を変えた。
(そもそも、卒業したら結婚したいと思ってたんだから、早くしてしまおう)
進むべき先が決まれば、心は晴れやかになった。
翌日からウィリアムを取り巻く諸々の事柄を巻き込んで、結婚式の話は本格的に進みはじめる。ふたりが順調に問題を蹴散らして結婚式を挙げるのは、一年後のことである。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎
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