22.可哀想な王子様
「そんなっ――」
バラバラと足元に無数の魔剣が落ちた。
愕然としたエリーゼの目の前で、広げた手を下ろしたロゼッタが振り返り鮮やかに笑う。
「魔剣に効果があるかは試していませんでしたが、無事に拒絶魔法が効きましたね」
「ロージィ! 前に飛び出るなんて無茶をして。心臓が止まったよ」
ウィリアムの言葉に慌てたロゼッタが、駆け寄って心臓に手をかざして確認している。
「ものの例えだよ。それとあなたは拘束しますよ。エリーゼ、いいえ先代の稀代の大魔法師殿」
こっそり逃げようとしていたエリーゼに拘束魔法を暗唱する。少し前に意識を取り戻し状況を把握したオスカーが駆け寄り、彼女を取り押さえたのを見届けてから、魔剣を避けるために吹き飛ばした学生たちに回復魔法を暗唱した。
「これで大丈夫だ。ロージィは早く部屋に戻って魔法薬を飲まないとね」
「しくじりました。これからは常に太股に仕込んでおきます」
「真剣な顔で破廉恥なこといわないでよ」
どこか間の抜けた会話をしながらロゼッタを支えて立ち上がる。周囲をみれば意識を戻した生徒が何人か視界に入った。
「離せ! 下郎がっ」
そう叫んで、エリーゼがオスカーを吹き飛ばした。そのままウィリアムへと再び攻撃を開始しようと手を上げる。
「そうはさせないっ!」
ロゼッタの改編魔法を操るウィリアムがエリーゼより早く唱え終わり、再び彼女を押さえ込んだ。べしゃりと地面に叩きつけられ苦しそうに呻いている。
「くっ。死に損ないの王子だったくせに! 私の魔法を押さえ込むだと?ふざけおって」
エリーゼから反発する抵抗力を感じて、さらに押さえ込む為の魔法を暗唱する。
「ぐぁ! なぜ、お前ごときにっ……。私が、毎日全ての魔力を使って二回も治癒魔法をかけてやったのよ。そのお陰で生き長らえたの。たいした魔力の保有量もなく生まれてっ。周りに責められて気に病んだ王妃のために禁書にも手をだした」
エリーゼが涙を流しながら歳を取りはじめる。大人になり、そして老いていった。
「私は稀代の大魔法師として、素晴らしい終幕を迎えるはずだったの。なのに、最後に犯罪の片棒を担がされて台無しになった。だから城に戻って、聖なる乙女としてやり直して、もう一度正しく戻そうとしたのにっ」
乱れた髪が金から白に変わる。肌は干からび、目の周りは落ち窪んでいった。もう抵抗力は感じなかったが、それでも魔法の暗唱を止めずにつづけていた。
「ぐっ。私っ、私の素晴らしい人生がっ」
目の前で苦しむ老婆のギョロリとした瞳と目が合った。ガリガリに痩せて骨と皮ばかりの体に既視感を覚えて、心臓が早鐘を打ちだす。
「全部お前が悪いんだ。お前さえ居なければ。お前さえ生まれなければっ」
無心で魔法の暗唱を繰り返す。これ以上聞きたくないことを喋らせないために。
「私のために役に立たないなら、とっととくたばっていればっ、ぐぁぁあぁ」
顔を歪めて呻く老婆は、けれどしっかりと青い瞳がウィリアムを捉えていた。どんどん心臓の音が早く大きくなっていく。
「お前がっ、ぐぅっ。いなくなったってねぇ。困ることなんて、なんにもないのよっ」
「――そんなこと、お前に言われなくても知ってるさ」
ウィリアムが全快して戸惑った人など山ほどみてきた。
口先で喜んだふりをしていただけだった。
誰もがウィリアムの死んだあとのことを準備していたのだ。
父も母も誰も彼も――
エリーゼの青い瞳が尚も大きく見開かれ、苦痛に歪んだ口元がニタリと笑ったのがみえた。
「ウィルっ、ウィリアム!」
刹那、視界が真っ赤に染まった。




