21.舞踏会
待ちに待った学園の舞踏会当日。この日のために用意した正装に身を包み子息令嬢たちはパートナーと手を取り合いイベントホールへと向かっていく。
紺色の正装に身を包んだウィリアム・フォン・カッセルは、パートナーであるロゼッタ・アンデルセンの到着を待っていた。
「お待たせ致しました。殿下」
真っ赤な髪を結い上げてパールとビーズで編んだヘッドドレスがキラキラと光を反射する。首には赤い薔薇を使ったパールのネックレスが白い肌を際立たせ、ストレートビスチェのデザインによく似合っていた。
ウィリアムは絶対に似合うと思って選んだ赤色のドレス姿のロゼッタを、全身余すことなく堪能した。
「やっぱり、ロージィには赤いドレスが凄く似合うね」
あまり派手すぎるものを好まない彼女が、輝かんばかりにめかしこんでいるのもウィリアムを興奮させた。
太めのアイラインと赤い口紅の挑発的なメイクで好戦的ともとれる雰囲気は、彼女の持つ美しさをひときわ輝かせている。
「誰よりも美しい姿で、殿下の横に並んでみせますわ」
不敵な笑みを浮かべてウィリアムに宣言する。
「相応しくないって噂を気にしてるの?」
「少しだけ。ですがそれ以上に負けたくないんです」
誰とは明かさず、ロゼッタは闘志を燃やしていた。
どんな理由にせよ、今日のロゼッタのドレス姿が一目で気に入ったウィリアムは深くは追求しなかった。ご機嫌でロゼッタをエスコートし舞踏会へと向かったのだった。
イベントホールに着けば、オスカーにエスコートされたエリーゼとでくわした。ロイヤルブルーを基調としたドレスは彼女の金色の髪によく似合っている。
軽く挨拶を交わし互いにファーストダンスを踊る。ウィリアムは踊り終わると次曲の誘いが入る前に飲み物を二つ手に取り壁際へと移動した。
「もう少しだけ、ロージィを堪能させてよ」
「そんなに気に入ったんですか?」
「うん。ずっとみていたい」
頬を染めて照れたロゼッタに満悦のウィリアムは、ふたりきりの会話を楽しんだ。そこへオスカーがエリーゼをエスコートしたまま訪れたのだ。
「殿下、一度くらいわたくしとも踊ってくださいませ。それで全て水に流して差し上げます」
「「……」」
上から目線の物言いがウィリアムとロゼッタの神経を逆なでる。場の空気は一気に白けていった。
「ロゼッタ様、よければ私と踊っていただけませんか?」
この場を収めるためにオスカーがロゼッタをダンスに誘えば、渋々ではあるがウィリアムはエリーゼに手を差し出した。
互いにパートナーを交換し曲が終わったホールへと進んでいく。恋に浮かれた笑顔のエリーゼと対照的に、ウィリアムはどこか冷めた顔で彼女の手を取り腰に手を回した。
「ああ、やっとふたりきりになれましたね。殿下。わたくしの目をみてくださいませ」
その言葉に従いエリーゼの青い瞳と目を合わせる。
「さぁ、殿下。あなたは聖なる乙女であるエリーゼ・イエンセンと恋に落ちるのです。そして今日、このダンスが終わったらわたくしを婚約者に指名するのです」
エリーゼの目が見開かれ瞳孔が大きく開く。
「ロゼッタ・アンデルセンとは、これから婚約を破棄します。彼女がいかに王子に相応しくないか署名を集めてあります。それを使って糾弾しましょう。会場にいるもの全てが応援します」
「ロージィが相応しくないなんて、ありえない」
ウィリアムの言葉にエリーゼの表情が一瞬固まる。肩に置いた手をウィリアムの頬に添えて言い聞かせるように説明をする。
「いいえ。あの者は古くから受け継がれた魔法学を勝手に改編して冒涜した。すでに大した魔力の保有量もない。親に教会の前に捨てられた哀れな子供。城に拾われなければ市井に埋もれていたのです」
「あなたは、なにを言っているのですか」
「さあ、もっと私の瞳をちゃんと見てくださいませ」
「無駄ですよ。その手の魔法は熟知してますから」
「っ!」
「使い古された魔法です。それも宮廷魔法師のごく一部が操るものだ。治療以外には使わないように厳重注意された危険な魔法のはず」
そこで曲が終わり周囲の人が立ち去っていく。ウィリアムは頬に添えられたエリーゼの手を掴み腰に手を当てたまま彼女を捉えた。
「なら、次は僕の番だ。あなたは僕を知っていますね? もちろんロージィのことも。それも大分昔からだ」
ウィリアムの言葉にエリーゼの目線が泳ぐ。
「な、なんのことかしら」
「ロージィは国が保護した稀代の大魔法師。その素性は重要機密として伏せられています。あなたがペラペラ喋ったことは誰もが知り得ないはずの情報だ」
「そこら中で話されていることだわ」
「ロージィが魔法学を改編したことを信じるなんて、彼女がそれができると知っているからですね」
「か、彼女はいつもテストが満点ですからっ」
「たかがテストで満点を取れた程度で魔法学改編ができるなんて、実にお粗末な理屈ですね。お久しぶりです、先代の稀代の大魔法師殿。まさかこのような場所で再び会うことになるなんてね。あなたは指名手配されてますから、このまま連行させていただきますよ」
「っ。小僧のくせに、離しなさい! オスカー!」
「無駄ですよ。あまりに胡散臭くてすぐに解除魔法を施しました。まさか師匠の魔法だなんて思いませんでしたけど」
「っ。ロゼッタ!」
「お久しぶりです。我が師よ。なにしてるんですか?」
「っ。全員、こちらにきて私を助けなさいっ」
「あっ、それも解除しました。催眠魔法と操作魔法と服従魔法を重ねるなんて、かけられた者の負担が多すぎます。念のため回復魔法をかけて少しだけ眠って貰いました」
「?!」
見渡せば、全員その場で倒れていた。
「ええい、忌々しい!」
エリーゼが魔法を暗唱しウィリアムの手を撥ねのける。そのまま近くにいた十人ほどに魔法をかけて操りはじめた。
「きゃあ!」
ロゼッタがあっさりと捕まって悲鳴をあげる。その顔に浮かんだ焦りをみてウィリアムは察した。
(魔力を使い切ったのか!)
山ほどの人間にかけられた魔法を解除して回復魔法までかけたのだ。むしろよく足りたものである。
慌ててロゼッタを捕まえている生徒に解除魔法を暗唱し自分へ襲いかかってくる者をなぎ払った。
「あははっ。なかなか苦戦してるじゃない! 次はこれをお見舞いしてやるわ」
エリーゼの頭上にいくつもの剣が浮いていた。それら全てに魔法が発動している。
(オスカーの魔剣!)
順に放たれ、防御魔法で倒れた生徒を庇いながら防いだ。
「やめろ! 怪我人がでるだろっ」
「ああ、ちょこまかと鬱陶しい!」
痺れを切らした先代は、全ての剣を広範囲に放つ。慌てて防御魔法を暗唱しようとしたときだった。
「危ない、殿下!」
目の前に両手を広げたロゼッタが飛び込んできたのだ。
真っ赤な髪が、ゆっくりと大きく広がったのがみえた。




