2.生まれ変わった私
野バラの彫刻が彫られた金細工の鏡台に座り、真っ赤な髪をブラシで梳かす。茶色の目に小さな口は自分がよく知るキャラクターそのものだった。毎朝鏡に映るたびに嘆かずにはいられない。
「どーして、悪役魔女になってしまったのよぅ」
創世者様に送り出された私は、目覚めると十歳の女の子になっていた。思い浮かべたとおりの『World of Love & Magic』の世界と酷似した国で、私が大好きだった赤毛の悪役魔女『ロゼッタ・アンデルセン』に生まれ変わっていたのだ。
(失敗したわ。ロゼッタ・アンデルセン以外の人を思い浮かべようとして、ロゼッタを想像しちゃうなんて!)
絶対に避けようと慌てて強く願ったせいで、ロゼッタと『以外』という言葉で頭が埋めつくされたのだ。気付くと赤子ではなく重要なエピソードがはじまる十歳の子供に転生していた。
ロゼッタは身寄りのない子供だった。教会で過ごしていたが、ある日王宮から使いがきて城へ行くことになる。
城に仕える稀代の大魔法師の後継者として選ばれたのだ。
この世界は生まれたときに魔力の保有量が決まる。自由に使いこなすには勉強と訓練が必要だが、器の大きさは変わらない。孤児だったロゼッタは保有量の大きさを測る機会がなく市井に埋もれていた。後継者がなかなか現れず焦った大魔法師が使い魔を飛ばして探したところ、ロゼッタに白羽の矢が立ったのだ。そして、五歳で城に連れてこられて五年間でロゼッタは全てを師である大魔法法から受け継いだ。『アンデルセン』の名前と共に。
(逃げ出すチャンスがひとつ潰れたのよね)
孤児で教会にいる間に国外に逃げ出せれば、そもそもゲームの舞台である魔法学園に行かなくて済む。城に召しあげられて王子の婚約者にならなくて済んだのだ。
最初の回避チャンスを逃したロゼッタは、現在城で大魔法師として働き先代の仕事を引き継いでいた。
目を閉じて自分に全てを託して城を去った大魔法師を思い浮べる。金髪碧眼の美女だった先代は見た目を自在に変える魔法を常日頃から使っていた。実際の年齢は最後まで教えて貰えなかったが、結構な歳らしい。
部屋の時計が8:30の鐘をひとつ鳴らした。城内は広いためそろそろ出発しないと約束の時間に間に合わない。
「さて、今日も王子様に会いに行きますか」
長く緩いカールの髪を頭のてっぺんでポニーテールに結い上げて、動きやすい服装で歩きやすいペタンコのブーツを履いたロゼッタは、自分の職場へと出勤していった。
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部屋の前につくと王子様の従者であるオスカー・クローグが立っていた。ちなみに彼も攻略対象のキャラクターだ。
「ロゼッタ遅いよ。もっと早くきてくれないと困る」
「ちゃんと約束時間の十五分前にきてるわよ」
「殿下になにかあってからじゃ、遅いんだ!」
オスカーに急かされて部屋に入ると、ベッドの上で第一王子のウィリアム・フォン・カッセルが苦しそうにうなされ肩で息をしていた。
「だから昨日あんなに止めたのに。仕方ないわね」
ロゼッタは治癒魔法の呪文を暗唱して手をかざす。しばらくすると、すぅすぅと寝息を立てはじめたのを確認して安堵する。
「これで大丈夫よ。私はこのまま看病するわね」
ベッドの横にあるひとり掛け用のソファに座り持ってきた本を開く。これがロゼッタの仕事であり全うすべき職務だ。
国の第一王子であるウィリアムは、びっくりするほど虚弱体質であり、ロゼッタは彼の専任治療魔法師として側仕していた。




