18.赤薔薇進級
一年間全てのテストで満点を採りつづけたロゼッタは、無事に赤薔薇クラスへと進級した。
「今日からロゼッタと机を並べて講義を受けるなんて夢みたいだ」
念願叶ったウィリアムは浮かれていた。ロゼッタと登校し、同じ教室に入り隣の席に座って講義の開始を待った。
「今日から毎日ロージィと一緒に講義を受けられるんだね」
「うーん。どうでしょう。しばらくは難しいかもしれませんね」
難しい顔をしながら、隣に座るロゼッタがパラパラと教科書を捲っている。
「なんで? まさかロージィは明日からローズクォーツになるの?」
まさかの悪夢再来かとウィリアムがショックを受けたとき、教室に入ってきた教師が教壇に立つ。
「それでは講義をはじめます。机の上のテキストを開いてください」
「先生、質問があります。こちらの教科書は古いものです。本当にコレを使うんですか?」
ロゼッタが手を上げて教師に質問を投げたのだ。
「アンデルセンさん、またあなたですか。去年から神聖な講義に何度も異を唱えていましたが、今年は教科書に文句をつけるなんて、どういう了見ですか?」
「どうもこうも、四年前に改訂されたことが反映されていないので質問をしているんです。この教科書は合っているんですか?」
「あっています。これ以上おかしな発言をするのなら、教室をでていきなさい!」
「分かりました。結構です」
ウィリアムは一連のやり取りを目の当たりにして目を見張った。周囲もザワザワと騒がしくなる。
「静かに! 講義をはじめますよ」
ロゼッタは黙ったまま座り、教師は講義は再開した。
(びっくりしたぁ。でも教科書が古いって、なに?)
****
ことが起こったのは翌日のことだった。全学年全ての講義が休講になったのだ。
「え! なんで?!」
まさかの登校二日目にして夢が砕け散ったウィリアムは、掲示板の前で放心した。
「仕方ありません。学園の怠慢にハンスが天誅を下したんです。しばらくは講義も再開しませんよ」
隣に並ぶロゼッタが首を横に振っている。
「元々昔から、城から通達していた魔法学の改編を学園側が吸収しきれないという問題があったんです。大きい変更はなかったので、城では新人宮廷魔法師の教育に追加講義を組み込んでフォローしていました。ですが四年前に大改編が入ったんです。直ぐに全てを変えるのは難しいということで城側も三年は待ちました。なのに去年一年の講義の内容に全く反映されていませんでした」
腕を組み怒った顔でロゼッタが文句をつづけた。
「私は教科書が間に合ってないことにも驚きましたが、まさか講義内容も古いままで、改編分に一切触れないことがショックでした。だから何度か講義中に教師とも口論になったんです」
ウィリアムは、昨日の講義での教師とのやりとりを思い出して納得した。
「一年目が終わったタイミングでハンスには全てを報告しました。そして昨日は改編後の教育を受けたはずの新人宮廷魔法師の教育一日目。念のために私も昨日は教科書について質問しました。もし少しでも対応がされていたなら、教師側の口添えをしようと思ったのですが無理でした」
件の成り行きを全て理解したウィリアムは息を呑んだ。
「この四年間に改編内容の講義を城で無料開講しても学園からは誰もきませんでした。全ての怠慢を一掃するべくハンスは一ヶ月ほど学園を休講にして教師の再教育をするはずです。あと在学生への補講も追加されますね」
「そ、そうなんだ。でもなんで大改編なんてあったのかな」
「私と殿下で作ったんですよ。忘れたんですか?」
「え?!」
「私、殿下に頼まれて魔法学の講師をしたじゃないですか。思い出してください」
ウィリアムは魔法学を学びはじめたときのことを思い出した。
****
国王から、ウィリアムの魔法学の遅れを二年で取り戻し、さらに二年で王族として年次相応にさせるよう命令が下された。人選は宮廷魔法師に任されたが、それらはすでに仕事を抱えた者に割り振られてしまう。五年分を二年で教えろというムチャ振りも担当者の負担になったのかもしれない。その結果、ウィリアムの授業は多くが自主学習になってしまう。
困り事を誰に相談すればよいかわからなかったウィリアムは、ロゼッタに愚痴を零したのだ。
「なら私が教えましょう。今日ハンスに許可をとってきます」
(え、大丈夫かな……)
ロゼッタが先生になれば、ずっと一緒にいられるからウィリアム的には嬉しい限りだ。ただハンスはウィリアムとロゼッタが一緒に居ることをよく思っていない。だから無理だと思っていた。
けれど、優秀な稀代の大魔法師は筆頭宮廷魔法師の許可をあっさりと取ってきた。
「私の仕事も合同で行うようにしたんです。協力よろしくお願いしますね。殿下!」
「?。こちらこそ宜しくね。ロージィ」
次の日から、ロゼッタはウィリアムに魔法学の講義をしてくれた。教科書を使って小難しい説明を受けたあと、ロゼッタから一枚の紙を渡される。それはとても理解しやすく魔法も簡単に成功した。
「この教科書の内容と別紙の内容は実は同じなんです。別紙のものは魔力消費も少なく呪文も短くしてあります。ですがどちらも同じ魔法が使えます」
「え! なら別紙だけ覚えればいいってこと?」
「そうですね。使えることが大事ですから。ですが教科書の一読は挟ませてください」
「うん。わかった」
ウィリアムはこの一連のやり取りを、教科書を読んだらロゼッタの渡す紙だけを覚えればいいと理解した。
そしてロゼッタの教鞭のもとウィリアムは瞬く間に魔法が使えるようになっていった。
一年後にロゼッタから基礎学習分と魔法学園で習う専門学習分が終わったと告げられる。
「ロゼッタは、どの位魔法が使えるの?」
「私は、筆頭宮廷魔法師と稀代の大魔法師が読む書籍まで押さえています。あと内緒ですが禁書も読んでますね」
「な、ならそれも習いたい!」
「分かりました。まずは宮廷魔法師の基礎から入りましょうか」
ふたりで時間の許す限り魔法学に取り組んだ。
二年経ち国王からウィリアムの習得状況を求められ、慌てたハンスが確認にきたときには筆頭宮廷魔法師の書物を使って勉強中だった。
「はぁ? ロゼッタは殿下になにを教えているんですか!」
「だって、宮廷魔法師の基本と応用が終わったんです。次は筆頭宮廷魔法師の書物しかありません!」
「っ! 任せっぱなしにしたのは私の落ち度ですから謝ります。一旦終わってください。それでロゼッタが取り組んでいた仕事の成果と合わせて、ウィリアム殿下の習得状況を教えてください」
「ウィリアム殿下は高位の宮廷魔法師分まで習得済みです。すべて私が改編した魔法で講義しました」
「えっ。宮廷魔法師分まで改編が終わってるんですか?」
「はい、終わりました。並行してウィリアム殿下で検証もしました。あとはハンスが内容を確認してくれれば展開して大丈夫だと思います」
「……わかりました。殿下の習得状況の確認を含めて私が巻き取りますね」
****
(――あのあと、なぜか魔法学の時間にロージィじゃなくてハンスがくるようになって、ずっと実践がつづいたんだよな。悲しかったな)
「殿下、思い出しましたか?というか一年目の授業で違和感を感じなかったんですか?」
「えーと。教科書はなんか面倒臭いことやらせるなと思って手順通りに試してた。あんな手順でもちゃんとできるから不思議には思ってたよ?」
「そうですか。……まぁ講義が休みなら私たちはクラブ活動を満喫しましょうか」
「うん。そろそろ薬草の収穫をしないとね」
ふたりが部室にいくと、教科書が大改編されることにより一年目の学習が無意味になったことを理解したオスカーとクリスティアンが落ち込んでいた。可哀想なのでウィリアムとロゼッタが休講の間にふたりに補講をしてあげたのだった。




