15.稀代の大魔法師の宿命
「あの、ウィリアム殿下。少しご相談したいことがあるんです」
話し掛けてきたのは、同じクラスのクリスティアン・モーテセンだった。
(確かデビュタントで、ロージィと踊ってたモーテセン子爵の息子か。なんの用だろう?)
なにやら込み入った件らしく、放課後にカフェテリアで待ち合わせて話を聞くことになった。
「お時間を取ってくださってありがとうございます。申し訳ないのですが途中で止めずに最後まで聞いてください。ボク、もうどうしたらいいか分からなくて……」
そう前置きをして少し青ざめやつれた顔をしたクリスティアンが、重たい口を開き話しはじめた。
「ボク校舎の裏にある、あまり人通りのない花壇の世話をしてるんです。でも中間テストのあとから、たまに人がくるようになったんです。で、その中に毎回アンデルセンさんがいらっしゃるんです。それで、きっと呼び出した人たちは彼女を虐めたいんだと思うんです」
「っ! 失礼ですが、君は女性が危ない目に合っていて助けないんですか」
「オスカー、最後まで話を聞くんだ」
しかし、と食い下がるオスカーを目で諫める。
「ボクだって、明らかに危なければ人を呼んだりしますよ。でもアンデルセンさんはどんな魔法を投げられても無傷なんです。むしろ、煽ってる感じもあって」
クリスティアンの説明にオスカーは息を呑み、ウィリアムは目をそらしている。
「でも、本題はこれじゃないんです」
「つづきを聞こう」
嫌な予感しかしなくて聞きたくないと思いつつ、聞かないともっととんでもないことになる気さえしていた。
「そこの場所の近くにベンチがあって、アンデルセンさんがたまに本を読んでいるんです。ボク、その前を通り過ぎて花壇に行くんで挨拶したりするんですけど。で、ある日、本を読んでたアンデルセンさんのうしろから人が近づいてきたんです。ボク慌てて走ったんですけど間に合わなくて。その人、ハサミでアンデルセンさんの髪を切って逃げていったんです」
「だからか!」
いきなり髪が短くなった理由が判明した。
「でも、それも相談ごとではないんです」
「女性が刃物で切りつけられたんですよっ。その時点で学園に話すべきでしょう!」
「ぼ、ボクだってそう言いました。でもアンデルセンさんが言っちゃいけないって脅すんです」
穏便らしからぬ言葉に、ウィリアムは目を瞑る。
「そ、そのまま、ぶ、物理攻撃を撥ねのける拒絶魔法を試したいから、付き合って欲しいっていいだして」
ハラハラとクリスティアンの目から涙が流れはじめた。
「アンデルセンさん、魔法が仕上がったから自分に物理攻撃をしてほしいって頼んできたんです。僕、凄く嫌だったけど小石とかだからって言いくるめられて協力してしまったんです」
クリスティアンが神に祈るかのように両手を組んで懺悔する。
「て、手応えがあったから、今度は剣とか小刀とかハサミとか使いたいって言い出して。ボク、じょ、女性にそんなこと、したくありません」
ガタガタ震えるクリスティアンの肩に、ウィリアムがそっと手を置いて慰めた。
「すまない。本当に申し訳ないことをしたね。あとは僕が引き受けるから、取り敢えず場所を案内して貰えるかな?」
「う、ウィリアム殿下。すみません。ありがとうございます」
「君が謝る必要はないよ。本当に迷惑を掛けたね」
怯えきったクリスティアンを支えて立ち上がらせる。ふと見ればオスカーがポカンとした顔で固まっていた。
「オスカー、行くぞ。ロージィを止めないといけない」
「えっ。はっ!ロゼッタ様が刃物で傷つけられて襲われる?」
「違うよ。ロージィは魔法で外部攻撃を全て回避する練習に夢中なんだ。取り敢えず全員一緒に移動しよう」
クリスティアンの案内でロゼッタとの待ち合わせ場所に向かった。辿り着けば物騒な武器の飛びでている箱を両手で抱えたロゼッタが立っていた。
「げぇ、殿下。なぜここに!」
およそ淑女らしからぬ声を上げて、ロゼッタが後退る。
「ロージィなに考えてるの! クリスティアンが可哀想でしょう。それをよこしなさい」
よこせ、嫌だと言い争うふたりを目の前に、オスカーがポカンとした顔で立ち尽くす。その背中に隠れてクリスティアンがガタガタと震えながら様子を窺っていた。
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ロゼッタから危険物を取り上げたウィリアムは、不満げなロゼッタと混乱するオスカーと脅えきったクリスティアンを連れてカフェテリアへと戻った。
「さて、一応クリスティアンの悩みは解決したんだけど、このまま解散すると新たな問題が生まれかねないので共通認識をとりたいと思います」
ウィリアム議長の宣言の元、会議が開かれた。
「はい、殿下。私は純粋な魔法研究が頓挫して不満です!」
「ロージィ。校内での無闇な魔法の使用は禁止だよ。見張り魔法に引っ掛かったらどうするの?」
「あそこは穴場なので大丈夫です。確認済みです」
「いろいろ突っ込みたいけど、一旦保留。ふたりがついてこれてないからね。特にオスカー」
名前を呼ばれたオスカーは、まだ混乱した顔をしていた。
「あの、ロゼッタ様は、なぜこのようなことを?」
「オスカー。ロゼッタは稀代の大魔法師だからね、それこそあらゆる魔法が使えるんだ。魔力保有量が減ったから長時間使えないだけで、技巧は僕より断然上なんだ。だから強い。この学園の学生が束になってかかったって勝てないほど強い。僕だって滅多に勝てない」
「はぁ。そう、だったんですね」
まだ、理解の追いつかない顔をしてオスカーは頷いてくれた。
「そして、魔法攻撃に対応した拒絶魔法は施し済みなんだ。嫌な話だけどロゼッタへの階級差別による虐めは想定していたからね」
「殿下、魔法だけでは不足でした。物理攻撃も対象に加えないと完璧ではなかったんです!」
「うん。できればハサミで髪を切られた時点で僕に相談して欲しかったんだけどね。ロージィはその場で改善しはじめて、たまたま近くにいたクリスティアンが巻き込まれたワケだ」
「だって、殿下に話したら私は試せないじゃないですか! 私だって魔力はあるんです。新しい魔法の組み合せなんて、絶対に自分で試したかったんです!」
キラキラと瞳を輝かせて両手を目の前で握り力説する。
「ロージィ。だからってクリスティアンに物理攻撃を担当させるなんて、ムチャ振りはよくないよ」
「もぅ! 大丈夫だと説明したのに。回復薬と再生薬と蘇生薬は持っているから問題ありません。新たなる魔法学の前進に犠牲はつきものです。日和っていては何事も成せません。学業は学生の本分ですし、ここは思い切って実践あるのみです!」
ぐっと両手を拳に握り高らかに宣言するロゼッタに、軽く眩暈を感じながら注意する。
「ロージィ、なにから突っ込めばいいかわからなくなっちゃったよ。とりあえず、ここは城の魔法研究室じゃないから、過度な魔法の実験はダメだよ」
「そんな、どうして!」
理解できない、という顔をしてロゼッタは黙り込んだ。
「ろ、ロゼッタ様は、このような性格だったのですか?」
自分の知っているロゼッタとなにかが違う、とオスカーが視線を寄越してくる。
「オスカー、ロージィは出会ったころから目の前の魔法に絡む全てに対して意欲的だった。昔は僕の治療で今は物理攻撃の拒絶魔法だから印象が違ってみえるだけなんだ」
ウィリアムを治療をする献身的な姿も、虐め対策の拒絶魔法を組んで実験する好戦的な姿も、外からみた他人からの印象でしかない。今も昔も稀代の大魔法師はその魔力をあますことなく有効活用することにずっと夢中なだけなのだ。
「へぇ。そうですか」
へぇ。と、頑張って事態を飲み込もうとしている。
「で、ロージィは魔法の研究を控え」
「ませんよ。学生ですもの。学業は学生の本分です」
「うん。そういうと思った。だからなにか建前を作って堂々とできるようにするしかないと思ってる」
「殿下!」
置いてけぼりのオスカーとクリスティアンの目の前で、ウィリアムとロゼッタが手を取り合って、なにやら計画を立てはじめたのだった。




