14.相応しくない婚約者
一学期の中間テストの結果が貼りだされた。
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01.(400点)【黄】ロゼッタ・アンデルセン
02.(395点)【白】ウィリアム・フォン・カッセル
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11.(370点)【白】オスカー・クローグ
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25.(330点)【白】クリスティアン・モーテセン
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ぶっちぎりの満点でロゼッタの名前を確認しガクリと肩を落とすのは、レナルディアナ王国の第一王子であるウィリアム・フォン・カッセルだ。
(一位を取る自信はあったけど、満点とる自信はなかったなぁ)
つまりは、そういうことである。自分の婚約者は稀代の大魔法師だが、彼女が凄いのはほかにも理由があるのかもしれない。
(満点取りにいくなんて、その発想がずるい)
そんな言い掛かりじみたことを思いながら、少し離れたところにロゼッタの綺麗な赤い髪をみつけて声をかけようとした。
「トパーズが一位で満点なんて、カンニングに決まってる!」
(はぁ?!)
ザワザワと周囲が騒ぎ立てる。『トパーズでは無理だろ』とか『トパーズなのにありえない』など、聞こえてくる言葉が不穏すぎて嫌になる。
(ロージィは実力だ。言い掛かりにもほどがある!)
「ちょっと失礼」
人集りを掻き分けて、ロゼッタの元へ向かっていく。
「テストにはカンニング防止に監視用の魔法がかけられていますね。不備があるということなら通報しなければなりません。これは大変な問題です。よろしければ私も同行しましょうか?」
よく通る声が響き渡って、その場がしんと静まり返った。ロゼッタと言い掛かりをつけた生徒が対峙し周りを囲むように人集りができていく。
「俺はただ、トパーズなんかが満点をとれるわけないといっただけで、監視用魔法がおかしいなとはいっていない!」
「テストの内容はクラス分けに関係なく全て授業で習うことですから、満点をとることは理論上可能です」
ロゼッタの正論に、相手の生徒が逆上しかけているのがみえた。
「そこまでで止めたまえ。トパーズとダイヤは魔力の保有量でしか振り分け判断をしていないんだ。クラス分けを能力の優劣に結びつけるのは軽率な考え方だろう」
割って入ったウィリアムが背中でロゼッタを庇う。
「っ! ウィリアム殿下。なぜ、そっちを庇うんですか!」
相手の胸元には白薔薇のピンブローチがみえた。
(同じクラスなのだから味方してくれると思っていたのか? 冗談じゃない)
「僕は発言の信憑性で判断する。君の話は言い掛かりでしかないよ。監視用魔法の不備がないのならテストの点は本人の実力だ」
「っ!」
タイミングよくチャイムが鳴り、生徒たちが解散していった。件の生徒も人混みに紛れて逃げたようだ。
(あ、謝っていけよ! もぉ~~)
思わず心で口汚く罵った。誰にも聞かせられない言葉のオンパレードだ。
「ありがとうございます。ウィリアム殿下。私も教室に戻りますね」
まだ怒りは収まっていなかったが、あんな奴よりロゼッタのほうが大切だ。振り向けばいつも通りの笑顔があった。
「満点おめでとう、ロージィ。次は負けないから」
「学園では、ロゼッタかアンデルセンと呼ぶ約束です」
「今さら変えられない。無理かも」
「もぅ!困ります」
そんないつものやり取りをして、それぞれ自分の教室へと帰っていった。
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清々しい朝日を浴びながら女子寮の前に男子学生がふたり立っていた。
片方はレナルディアナ王国の第一王子であるウィリアム・フォン・カッセルであり、もう片方は彼の幼少期からの従者でオスカー・クローグだ。
並んで立てば絵になるふたりは入学式の翌日から毎朝ここに立っている。はじめはこの異様な光景に女子学生が色めき立ったが、彼らの目的を理解した今はまるで背景かのように気に掛けずに通り過ぎていく。
「ロゼッタ様、珍しく時間が掛かってますね」
「オスカー、別に付き合わなくていいといってるんだから、文句があるなら先に登校してくれていいんだけど」
むしろ、なんで毎日ついてくるのかと問いただしたかった。
「文句ではありませんよ。心配してるんです」
先日ウィリアムに従者のくせにずっといなかったことを指摘されたオスカーは、あれからどこへ行くにも着いてくるようになっていた。
ふたりがしょうのない小競り合いをしはめたときだった。
「お待たせしてすいません。おはようございます、ウィリアム殿下、オスカー様」
待ち人の声がして、振り返ったふたりは息を呑んだ。
目の前のロゼッタ・アンデルセンの髪が肩でバッサリ切り揃えられていたのだ。
「ロージィ、その髪どうしたの?!」
「イメチェンです。可愛いでしょ!」
「ええぇぇぇ?」
「さぁ、学園に行きましょう。遅刻してしまいます」
早足に歩きだしたロゼッタは、どうみても怪しかった。このままサボって問いただしたかったが授業にでたいから無理だと断られてしまう。
(あんなに大事に伸ばしてたんだ。絶対に変だ。なにか隠してるに決まってる!)
そう思うのに、「可愛いでしょ!」「気に入ったの!」「また伸ばすから、レアですよ」などと言葉巧みに感想を述べて同意を求められ、ついつい頷いてしまう。
(確かに、可愛いけども!)
「コレ、殿下にはじめていただいたバレッタです。私、髪の量が多くてこの子をつけられなかったんですけど、この髪型でハーフアップにしたら問題なく使えたんです!」
(確かにはじめてプレゼントしたものだけども!)
ロゼッタの妙にはしゃいだテンションと笑顔の前に、ウィリアムは事情聴取を断念した。
しかしロゼッタのイメチェン疑惑の真相は、後日意外な所からの相談により発覚することになる。
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オスカーに手渡された調書の束をめくりながら、ウィリアムはどんどん険しい顔になっていった。
「なんでロージィが孤児だとか、魔力が町の薬師並みだとか、城に住み込みで働いてた下女とか、そんな一部の人間しか知り得ない話が出回るんだ。しかも最後は真っ赤な嘘だし」
「満点一位で一気に注目されたことで、噂好きの貴族向けに誰かがゴシップを流したのでしょう」
「稀代の大魔法師だとか、元宮廷魔法師だとか、僕を治療した専任治療魔法師だとか、ほかにいい話がいっぱいあるだろ?なのにこんな悪意がある話ばかり。まぁ、面白くないと思ってる貴族連中が悪意を持って噂を流しているんだろうけど」
(存在を消してやりたい……)
もっと過激に罵ったあとで、この問題をどう対処するか思案する。
「ロゼッタ様に分からないように護衛をつけるべきでは?」
「いや。ロージィには護衛は必要ない」
「ですが、殿下の婚約者に相応しくないと集っている生徒もでてきています。徒党を組まれでもしたら危険です」
「しばらくは動向を見守る。徒党を組めるほど求心力のある人間がいれば別だが、ただ悪口をいっているだけなら危害はないよ。その手の輩は一定数必ず存在するものだ」
言い掛かりや、難癖の類いが羅列された調書の全てに目を通す。よくこんなにも罵りかたが思い浮かぶものだと感心した。
「殿下はそれでよいのですか?」
「本音をいえば、校舎ごと今すぐ吹き飛ばしたい」
「っ。それは、流石にまずいのでは?」
「うん。だから耐えてる。しばらくして噂が落ち着くことを願うよ」
調書の後半には、いかにロゼッタが王子の婚約者に相応しくないかのオンパレードだ。
「これが国を支えている家臣たちの子息令嬢の発言だと思うと頭が痛いな。大体、僕に相応しいとか相応しくないとか、どの立場でいってるのか全員に聞いて回りたいよ」
「殿下は次期王太子有力候補で、今は先代の稀代の大魔法師と同等の魔力保有量をお持ちですからね。トパーズというだけで我慢ならない輩が多いみたいです」
「全てロージィが僕に授けてくれたものなのにね。彼女の魔力保有量は先代を軽く凌いでいたんだ。国一番の価値が彼女にはあったんだ」
レナルディアナ王国は魔法に価値を置く国だ。かつて国一番の魔力の保有量だったロゼッタは、国一番の価値を持っていた。そして、その価値観が今のロゼッタがウィリアムの婚約者に相応しくないという考えを生みだしてもいる。
「保有量が多くても使いこなせないなら意味がない。僕は嫌というほどそれを痛感してるよ」
ウィリアムは思い出したくない諸々を頭から追い出そうと努力した。
「一応引き続き調査してくれ。意図的に噂を流してる人間がいたら止めたいからね」
「分かりました」
(やれやれ、学園も城と大差ないな。今も昔も。ああ、でもこんなものは取るに足らない恋の障害だね)
自分たちはいつだってふたりで乗り越えてきたのだ。だからきっと大丈夫だ、と笑った。




