13.愛しい彼女と婚約した話
十歳のとき、ロゼッタが専任治療魔法師としてきてくれた。
毎日きっかり九時に現れて、治癒魔法をかけ終わると椅子に座って本を読みはじめ、十八時になると帰っていった。彼女がきてから苦しくて痛くて目覚めることがなくなった。長い時間落ち着いて眠るようになり、夕方に少しだけ起きあがれるようになった。
「僕もロゼッタみたいに、本が読みたいな」
翌日図書室で本を借りてきてくれた。可愛らしい挿絵の入った本は、五歳から寝たきりのウィリアムに遠慮して選んだものだと思った。
(きっと馬鹿にされてるんだ。いつも分厚い難しい本を読んでるから、もっと年長者向けの本を読めるはずだもの)
「私が読んでるシリーズのものです。挿絵が可愛くて気に入っているんです。殿下も気に入ってもらえると嬉しいです」
ロゼッタはサイドテーブルに本を置いた。
「いつも、もっと難しそうな本を読んでるよね?」
「あれは仕事で仕方なく読んでるんです。私だってこの本のつづきを読むのを楽しみにしてるんです。凄くたくさんあるんですよ」
(そうなんだ……)
少し難しい字もあったけど調べながら読むことができた。可愛らしい挿絵のお陰で話の内容も理解しやすかった。
ウィリアムはロゼッタが借りてくる本に夢中になっていった。毎日少しの時間しか読めないのが悲しい。ロゼッタは大分先の巻まで進んでいたから追いつきたくて、ないしょで夜も読みふけった。けれど無理をすると次の日の朝は具合が悪くて目が覚める。ロゼッタがきて治癒魔法をかけてくれると夕方にはまた起き上がることができた。
体がラクになると昼間も少しだけ目覚めることが増えていった。そしていつ目覚めてもロゼッタは椅子に座っていたのだ。
(もしかして、僕が寝てる間もずっと側についててくれてたの?)
ウィリアムは誰からも期待されていない。生きてるから世話をされているだけだ。
その証拠とばかりに、従者のオスカーはたまに見掛けるだけで、母にも随分と長い間会っていない。だからロゼッタもウィリアムが寝ているときは、どこかへ遊びに出掛けていると思っていたのだ。
(毎日きてくれて、ずっとそばにいてくれるなんて。嬉しいな)
目が覚めるたびにロゼッタを見付けてドキドキした。毎朝九時に彼女がきてくれるのが待ち遠しくて仕方なかった。
ロゼッタと共に過ごしていると、起き上がれる時間が増えていき、少しずつ食事の量が増えていった。起きてる時間にロゼッタとお喋りすることも増えた。気付けば彼女のことを好きになっていた。
「ロゼッタのこと、ロージィって呼んでいい?」
「はい、大丈夫です。殿下」
「明日もきてくれるの?」
「はい、それが私の仕事ですから」
(死ぬのを待ってる自分の治癒が仕事なんて、ロゼッタは可哀想だな。……もしかして僕が死にかけだって知らないのかな?)
母もオスカーもみんなこなくなっていったから、きっと手遅れなのだろう。無駄な治療魔法をかけてると分かったらロゼッタも同じようにきてくれなくなると思った。
(ロゼッタがこなくなったらどうしよう。お願いだから僕が死ぬまで気付かないで。少しの間なんだから神様お願いします)
もう助からないと思っていたから、ロゼッタに完治する方法があるといわれても信じなかった。
(どうせすぐに死んじゃうから、生きてる間にロージィの好きなことに協力したい)
嬉しそうに話してたから、きっと協力したら喜んでくれると思ったのだ。
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ウィリアムは自分が全快するなんて夢にも思っていなかった。そしてその代償は想像以上に高くついたのだ。
自分が寝たきりになったのは母親の軽率な行動と無責任な考え方のせいだったこと。ロゼッタが魔力の保有量を1/4まで減らして治療を施していたこと。ロゼッタが実は宮廷魔法師を退職して市井におりる計画をしてたこと。
どれもショックだったけど、筆頭宮廷魔法師のハンスにいわれたことが一番堪えた。
「殿下も被害者だとは思います。ですがロゼッタは、あの子が唯一神様から与えられたモノを失ったのです。これ以上あの子からなにも奪わないでください」
ハンスは、ロゼッタを連れていってしまった。
その後国王である父から、ロゼッタの後見人にハンスが就くことになったと聞かされた。
「筆頭宮廷魔法師であるハンスの助手として働いて、今まで通り城に住むことになった。はじめは養子として引き取ると聞かなかったんだ。だがアンデルセンの名前の後継者ができるまで保留になった」
「……ロージィに両親はいないのですか?」
「ああ、ウィリアムは知らなかったのか。ロゼッタは孤児だったんだ。赤子のときに教会の前に捨てられていたそうだ」
両親がいないことも、城に住んでいたことも、赤子のころに捨てられたことも、ウィリアムはこのとき知った。
(僕は、ロージィのことをなんにも知らないんだ。こんなに大好きなのに……)
ショックでなにも考えられなくなった。それでもひとつだけ、どうしても譲れない思いが残った。
(もうロージィに会えないなんて嫌だ。僕はロージィに相応しくないかもしれない。でもこれから頑張るから、今まで通りロージィに会いたい!)
「ロージィに婚約者になって欲しいと頼んで、了解してもらったんです。父上」
「ウィリアム、まずはお前自身をなんとかしなければな。せっかく完治したんだ。遅れを取り戻すのが先だろう」
(誰も応援してくれない。どうして。どうすれば――)
散々考えて、毎日ロゼッタが出勤する時間に彼女の部屋に行くことにした。ノックをすると扉が開いてロゼッタが顔を覗かせる。
「なにかご用ですか?」
「職場に行くまでの道を護衛しにきたんだ。ダメかな?」
「いいえ、大丈夫です」
毎朝ロゼッタの部屋にいって職場までの短い道のりをエスコートした。ウィリアムをみたハンスはなにか言いたそうな顔をしていたが、特にダメと注意はされなかった。
時間が合えば帰りの迎えにもいったし、休みの日には約束してふたりで遊んだ。
逢瀬を重ねて、ウィリアムはロゼッタにも協力してもらって周りを納得させていったのだ。
「殿下の熱意には感服しました。ロゼッタを幸せにしてくださいね」
最後に後見人のハンスに了承を貰い、ウィリアムはロゼッタと念願叶って婚約にこぎつけたのだ。
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「こうして思い返してみると、オスカーは本当に僕の周辺にいなかったんだなって思い出したよ」
「ぐっ。そ、そんなことありませんよ。ちゃんと廊下に待機してたはずです!」
「ほんとかなぁ」
ウィリアムは、オスカーを揶揄って憂さを晴らした。
ウィリアムはロゼッタと婚約するために努力に努力を重ねて頑張ったと自負していた。けれどロゼッタに貰ったたくさんのものは、まだまだ返しきれていないと思っている。だから一生返しつづけていこうと心に誓っていた。
(学生生活をロゼッタと楽しんで、卒業して早く結婚したい)
ふたりの幸せな将来像になんの疑問も迷いもない。なのに、どうしてか頭に不安がよぎるのだった。




