11.愛し愛され
ロゼッタは間近に控えた魔法学園の入学に向けて、ヒロインの恋愛フラグ回避の方法を考えていた。
ちなみにロゼッタ自身の冤罪処刑は、王妃がウィリアムの虚弱体質の原因を自白してくれたことにより回避達成した。
(きっとゲームでは呪いが解かれてロゼッタが犯人扱いされても、王妃様が黙っていたせいで冤罪が成立したんだわ。酷い話よね!)
ただしそれは前世の乙女ゲーム『World of Love & Magic』の話であり、今のロゼッタは幸せいっぱいなので王妃様を恨んではいない。ちょっと苦手なだけだ。
ならば残すはヒロインをウィリアムに近づかせないための努力をするのみだ。ロゼッタは鍵付きの日記帳を取り出して覚えている情報を書きだした。
ヒロインの名前は『エリーゼ・イエンセン侯爵令嬢』。容姿端麗で才色兼備。侯爵の爵位は下位の階級のキャラを引き上げ、高貴な身分に嫁ぐのに問題がない。攻略対象との物理的障害はあまりないようだ。
(あれ、ヒロインのスペックが割と高めね。意外にヌルゲーなのかな?)
ロゼッタにとっては嫌な事実である。
ウィリアムの攻略方法は治療を理由にロゼッタが始終くっついているので、初期は直接アプローチができない。そこで魔法学のパラメータを上げてテストで学年一位をとる。するとウィリアムがエリーゼに興味を持ちはじめるのだ。とにかく有名になってウィリアムに話しかけさせて好感度を上げていき、ウィリアムがロゼッタを撒いて会いにくるようになれば成功だ。
(まずは、私が三年間満点をとりつづければいいわね。稀代の大魔法師の知識があれば楽勝よ!)
ヒロインはパラメータが満タンになると光魔法の中でもより強力な浄化と解除の魔法が使えるようになり、ウィリアムの禁書の魔法が解けるようになるのだ。
(ウィルの魔力は定着してしまったから浄化も解除も関係ないわ。ならこちらは気にしなくてよさそうね)
おおよその方針が決まったなら、あとは全力で取り組むだけである。
「ふっ。みてらっしゃいエリーゼさん。学年一位を取りつづけて、ウィルのハートを守ってみせるわ!」
ロゼッタは、そう高らかに宣言し秘密を書き込んだ日記帳の鍵をかけたのだった。
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革製のトランクを二つ用意して、ロゼッタは魔法学園に持って行く荷物を詰める。全ての荷物を詰め終えたら、チェストの上に並べてあるジュエリーボックスに手を伸ばす。蓋を上げればウィリアムから贈られたアクセサリーが綺麗に並んでいる。
「一年目は舞踏会もないし、夏休みに戻ってくるから制服に合うものが数点あれば足りるわね」
ロゼッタがヘアアレンジを楽しむので、ウィリアムはヘアアクセサリーもたくさんプレゼントしてくれていた。
(昔に貰ったものが可愛らしくて制服に合いそうだわ。リボンや小さな石の付いたスティックも似合いそうね)
どれも思い出がいっぱい詰まっていてロゼッタの宝物だ。選んだものを持ち運び用の小さなジュエリーボックスに詰めていく。
ノック音で扉を開ると、ウィリアムが立っている。
「やあ、ロージィ。荷造りは順調?」
「今、ヘアアクセサリーを選んでいたところです」
「なら僕が選んであげるよ」
部屋に入ってきたウィリアムが、ジュエリーボックスを覗き込む。
「へぇ、懐かしいものもたくさんあるね。あれ、これは誰から貰ったの?」
「もぅ。全部ウィルから貰ったものしかないですよ!」
知ってた、と笑うウィリアムを睨めつける。
「ああ、ロージィとの学園生活を楽しむのが今から待ち遠しいよ」
「もぅ。勉強に行くんですよ?」
「稀代の大魔法師だった君は魔法学園の勉強なんて全て分かってるでしょ? 僕だって修学済みなんだし。人脈作りと共同生活を経験するために行くんだよ。だから学園生活を楽しむのが目的。間違ってないでしょ?」
「まぁ、そうですけど」
(私は、ウィルをエリーゼさんから遠ざけるために行くのよ。まぁ今さら心配しなくても大丈夫かしら?)
毎日ロゼッタの部屋に必ず訪れるウィリアムをみていれば、他人が入り込む隙などなさそうだ。
(でも、ゲーム補整の力は強いわ。結局私は婚約者になったんだもの。やっぱり油断は禁物ね!)
そう言い聞かせて顔を上げるとウィリアムの顔が目の前にあった。驚いて目を閉じると唇に当たる感触があった。離れていく気配に合わせて目を開けると、ウィリアムが目を細めて笑っていた。
「ロージィは可愛いね。大好きだよ」
(な、にが、起きた、の?)
ゆっくりと唇に手を当てて、先程の出来事を思い返してみる。けれど混乱した頭は答えを導きだせないでいた。
「ほらロージィ、このヘアアクセサリーなんてどう?」
何事もなかったかのように、ウィリアムがジュエリーボックスのヘアアクセサリーを手に取り話しかけてくる。
「……うん」
ロゼッタはふわふわしながら、ウィリアムに渡されたヘアアクセサリーを受け取ると手許のボックスに詰めていった。
荷造りが終わるとウィリアムはロゼッタを連れだした。ふたりの歩く姿は城の誰もが見慣れた光景で、もはや城に勤める誰もが驚くことなどない。
ふたりも、互いのことしかみていなかった。
一緒に過ごす時間を大切に大切に積み上げる。その時間がたまらなく愛おしいのだった。
――もうすぐ魔法学園での生活がはじまる。




