IMAGINARY
「お前は創られた存在なんだ。いくつもの失敗作を踏み台に這い上がった天才なんだから、立派に育ってくれよ」
親――とは言いたくない人だった。
その男とは血もつながらず、いつも私は嫌悪していた。
私が誕生したのは一般的な出産ではない。体外受精と代理出産を組み合わせて創られた人工的な存在。
それこそが私だった。
「お前を創るのにいくらかかったかわからん。でも、きっとお前はそれを上回るほど稼げる人間になるよ。たくさん勉強しなさい」
仮にここは父としておく。本当は父親だなんて認めたくないが仕方ない。
とにかくそいつは、私にお金の話ばかりしてきた。
血がつながらず、かつ体外受精。その意味がわかるだろうか?
この男は精子バンクと卵子バンクからそれぞれ優秀な遺伝子を買い取り、そして私を創ったのだ。だからお金の話をする。稼ぎのための投資、そんな感覚であいつは私の命を創った。
遺伝的な親――つまり、あいつがバンクから買い取ったモノたちのドナーの正体ははっきりと明かされなかった。二人とも実業家みたいで、とにかく金持ちということだけは知らされた。
私は自分の誕生を知れば知るほど、この世界が嫌いになった。
小学生のころ。私は天才だった。
小学低学年ですでに中学、高校の範囲を理解し、高学年の時には有名大学の教授が発表した論文を読めるほどになっていた。
しかし、私のことを理解できる同年代の友達などいるわけもなく、私は孤立したまま6年を終えた。
中学生のころ。私は起業した。
もちろん私がやりたいと言ったわけじゃない。気づけばそうなっていて、勝手に舵を切る位置に立っていたのだ。立たされていた、のほうが正しい。
やりたいことはないかと父に言われた。私はなにも答えなかった。
父はITの時代になると言った。私はなにも考えていなかった。
高校――には行っていなかった。
結論から言うと、私は外の世界を拒絶した。私は引きこもりになっていた。
中学卒業が近づくにつれていつの間にか起業したはずの組織は潰れていた。父は腹を立てて私に乱暴をするようになった。お金を稼ぐ才能のない出来損ないだと怒鳴るようになった。
そのうち私の価値は、どこにもなくなっていた。
ついに私はすることがなくなって、ようやくその頭で思考を始めた。
どうして私は生まれたのか。この世界の自由はどこにあるのか。
どうすれば幸せになるのか。
それでたどり着いた。
こんな世界に希望はない。
ならば自分で世界を創ってしまおう。
私という存在が虚構であれば、住むべき世界もまた虚構の中だ。
虚構とはフィクション。存在しないものであるけれど、今回は違う。
イマジナリー。存在すると仮定して――私は一人の人間であると自分に言い聞かせて――私だけの居場所を創ろう。
架空でありながら現実に限りなく近い場所を。
架空の世界と現実の境界線が曖昧な、どこまでも幸せが続くユートピアを。
こうして私は架空の世界を創るようになった。
一般的にその架空の世界は『ゲーム』と呼ばれるらしい。
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「速報です! 東間 有紀子容疑者が確保されました! えー、東間容疑者は腹部から出血しているとのことですが、銃声等は現場から聞こえていません! おそらく東間容疑者が自決を企てたものと見られています――」
テレビカメラの前でアナウンサーらしき人が興奮気味に話す。テレビ局はひとつだけではなく、興奮気味の声は複数で事件現場の周りを騒がしくしていた。
そんな声たちとパトカーのサイレン、さらには救急車のサイレンまで耳に入ってくる。僕はそのうるささすらすり抜けて、パトカーの中で放心していた。
お姉さんが奇声を出したと思ったら、もうそこには赤色が流れていて――。そこから僕は夢中になって外へ出た。お姉さんを死なせまいと助けを呼んだ。
そこから……どうだったかな。
もうなんだか、疲れてしまって覚えていない。
「少年、ちょっと話を聞いても大丈夫かな」
パトカーの運転席に男性が乗り込む。
その人は加藤さんと名乗っていた。僕がお姉さんの家を飛び出て、最初に僕のことを保護してくれた人だ。
「……あの人、助かりますか?」
「ん? 東間のことか?」
僕が頷くと、加藤さんは運転席から体を回して僕の目を見た。
僕は少しだけ誰かと話す気分ではなかったので目を伏せたが、加藤さんは気にせずに続ける。
「心配するな、少年。悪人であっても絶対に死なせない。そういう君は大丈夫かな?」
「大丈夫です……」
「そうか。でも数日は念のため病院にいてもらおうと思う。もちろん親御さんにも連絡はしてあるから」
加藤さんはシートベルトを締め、車を走らせる。
初めてのパトカーに興奮する元気もなく、僕はただ窓の外の過ぎ去る景色を見ているだけだった。
「お姉さんは……悪い人じゃなかったんです」
「うん?」
「お姉さんはゲームを愛してて、ただみんなを喜ばせたかっただけって聞いたんです」
「聞いた……? 誰から?」
それは僕がゲームの世界を壊すほんの前のことだった。
いや、厳密には僕はゲームを壊していない。全てを終わらせたのは――。
「ルヴィっていう女の子がいたんです。ゲームの中でしか生きられない、もうひとりのお姉さんみたいなNPCが……」
「……でもそれは、彼女が創ったものだから。それに、そのルヴィがいたはずの場所は消えてしまったわけだし。俺は君の気持ちを尊重したいが、彼女の罪はそれと別だ」
「わかってます……。僕は無罪になってほしいわけじゃ――」
ただ幸せになってほしいだけ。
そんなことを言ってしまうと、僕は矛盾を抱えることになる。
なぜなら現状を招き、お姉さんを不幸にさせてしまったのは他ならぬ僕なのだから。けれど、これが一時的な不幸であって、その先に本当の幸せがあると僕は信じている。
それが僕の本心だった。
「そういえば、さっきそのルヴィから聞いたと言っていたよな。ゲームの中でルヴィに会ったんだね?」
「はい、会いました――けど、本当は詳しい話を聞いたわけではないんです。断片的な記憶が流れてきたっていうか……」
「記憶が? ゲームの途中でか?」
「いえ、目覚めるときです。僕が現実世界に戻ったとき、なんだか頭がぼーっとしてて、記憶がはっきりしてなかったんです。でも、少しずつ鮮明になって……あれがルヴィのものなんだってわかりました」
それはお姉さんとの思い出。
それを知った今、僕にはお姉さんを絶対的な悪とは言いたくない。
同情でもなんでもなく、ただ、お姉さんが破滅の道を選んだのには理由があったのだ。
「少年。あれはただのゲーム機じゃない。その記憶とやらが本物かどうかもわからない。もしかしたら君が過酷な環境に耐えられず想像で生み出したものかもしれない。……でもその素直さは正しいけどな」
加藤さんはフォローを入れてくれたが、きっとそこに偽りはなかった。
正義の味方で、悪に対しては徹底的に追いかける。そして、弱者に共感して傷つけないよう手を握る。
だったら、僕が今握られるべきじゃない。
誰でもない、お姉さんの手を――。
「少しだけ話をしてもいいですか?」
「それはその、記憶の……?」
「はい。事情聴取の前に、もうここで言っておきたいんです」
「わかった……。だけどそれで、彼女の罪が軽くなるとは思わないでくれ。あくまでひとつの『参考』だ」
僕がルヴィの記憶を見て一番の衝撃はお姉さんは創られた存在だったこと。
そして次に、お姉さんは最初、絶望から立ち上がった評価されるべき人間だったこと。
最後に。もうこの世にはいない少女が、有紀子の幸せを願っていること――。
次回完結です。




