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 その日、事件があった。

 誰もが事件の全貌に気づかぬまま、それは終わりを迎えていた。


 その日、事件が解決した。

 誰もが事件に衝撃を受けながら、それに対する失望を抱えた。


 その日、事件を見た。

 ゲームに始まり、ゲームの破壊で終わりへ進んだ事件。

 もしも僕自身がこの事件を全て見ていなければ――言い換えると、僕が事件の全貌を知らない世界中の()()であったら――同じように失望を受けていただろう。

 ゲームへの、開発者への、楽しみを失った生活への失望だ。


 でも僕が見た事件の真相は違った。

 いろいろな出会い、そして破壊と別れ――。

 実行犯の愉悦、電脳世界の王が漏らした惜しい気持ち――。

 そして、そこには電脳世界に依存する()()がいた。





**********





 目が覚めたのはどうしてだったか。

 人の怒鳴り声のせいだったかもしれないし、パトカーのサイレンが聞こえたからかもしれない。

 ぼんやりとした視界をはっきりさせようにも、なぜか視界はぼやけたままだった。


「あ……」


 ぼやける視界の原因は寝起きだからではなかった。目をこすってわかったのだが、僕はなぜか泣いていた。

 記憶は曖昧で、とにかく自分が長く寝ていたということだけを体の重さが物語る。

 そして、外のうるささもはっきりとしていた。部屋の外からは誰かが怒鳴るような泣くような、細かい内容は把握できないがそんな声が聞こえる。


 自分が横になるベッドから大きな窓が見えた。

 窓の空はもう真っ暗で、青や赤の点滅する光がやけに眩しい。察するにパトカーの光だ。応援が接近しているのか遠くからサイレンの音もする。


 水分がほしいと感じ、ぼーっとする頭のままベッドから立った。

 頭に重いヘルメットのような機械があったが、それはすでに外れていたようで簡単に頭から抜けてしまう。

 僕がいたのは小さな寝室だった。ドアを開けてみると、ちょっとした廊下の先に広い空間へ出る。


 そこにいたのは絶叫しながら泣き崩れる女性――僕はそこですべてを思い出した。

 僕が泣いていた理由も、知らない家にいる理由も。この人の正体も。

 しかし僕がそれを思い出すと同時に、お姉さんもまた僕を見てしまった。目が合った時にようやく知ったことだが、彼女の手には包丁が握られている。


「ハヤ、ハヤトくん、こっち来なさい……! 早く!」


 刃物で手招きをするお姉さんに逆らえるわけもなく、僕は指示に従った。

 お姉さんの近くに寄ることもやはり恐怖ではあったが、意外にも彼女の言葉が僕を安心へ導く。


「だ、大丈夫だからね……。ハヤトくんのこと、刺したりしないから……。警察との交渉につか、使うだけだから……」


 お姉さんは手も声も震えていた。

 ゲームの中にいた邪悪なラスボスの影はそこになく、むしろそういった絶対強者に蹂躙されてしまう前のような、ひどく弱々しい姿しか見えない。

 僕もまた、ゲームという虚構を抜けてしまったら勇敢さも何もない人間だった。今立ち向かうのは勇敢というより無謀であると言い訳して潰れそうな心臓を慰める。


「ほら、げん、玄関に行って、黙って立っててね……。後ろから包丁を向けちゃうけど、刺したりは、し、しないから――」


 泣きながら話す姿に恐怖はないが、やはり刃物が信頼を壊してしまう。

 僕は促されるがままに移動し、ただそのまま立っていた。

 やがてお姉さんがゆっくりと外に繋がる扉を開き、警官に現状を見せつける。


「それ以上近づいたらこの子を殺す! わかったらさっさと散って……! 散れッ!」


 それだけ吐き捨てて、またもや扉を閉める。

 施錠とともにさらにドアロックもつけて外を拒絶した。


「ごめん、本当にごめんね、怖かったよね。私も刺さないから、お願い、逃げたりしないでね……」


 僕の腕を掴んで強引に玄関から引き剥がしながらお姉さんは謝った。謝って、そして懇願した。

 それは何度も逃げないでくれという言葉だったが、やはり態度の変化が凄まじくて追いつかない。

 僕が何も言えずにいると、不安になったのかお姉さんの表情が曇る。6人くらい座れそうな大きめのソファーに腰掛け、頭を抱えてまた涙を落とし続けた。


「もう、なんでこんなことに……! こんなはずじゃないのに……。私、立派になれたのに……」

「あの、お姉さん……?」

「な、なに? お腹減った? 待って、すぐに食べ物を出して――」

「自首はしないんですか?」


 言うには直球すぎたかもしれない。しかし、僕にはもっとうまく伝える言葉を持ち合わせていなくてこんな一言になってしまった。

 変に話しかけると何かされると警戒していたが、あまりにも怯えるお姉さんを見て、早く楽にしてあげたくなった。

 しかしお姉さんにとっては、そちらのほうが酷だったようだ。


「いや! 絶対にいやなの! 私、ただみんなを幸せにしたくて……。それで、あれをつくって……」

「でも警察来てますし……。これ以上罪を重ねるよりかは潔く――」

「罪なんかじゃない! やめて、もうやめてよ……。私は生きてていいの、ここにいていいの……」


 うずくまりながら両手でギュッと包丁を握る姿は、まるで神にすがりつくようだった。

 僕がそこに感じたのは恐怖でも何物でもなく、ただただ憐れみだった。

 まるでお姉さんが被害者のような――そう思わせるには十分なほどだった。


「テレビ、見てもいいですか?」

「どうぞ……」


 何もできない状況だったが、なんとかして緊張感を緩ませようとテレビを点ける。

 お姉さんは本当に僕に危害を加えるつもりはなく、むしろ協力関係にしたいのかと優遇してくれる。

 逆に僕は、どうにかしてお姉さんを自首させられないかと模索していた。


 テレビを見ると、どこもニュースの生中継を放送していた。

『連続誘拐犯 自宅に立てこもる』といったテロップが表示される。正真正銘、映されていたのはこの家だった。


 連続誘拐犯――。まだ世間の誰もがゲーム機が洗脳装置であったということを知らず、そしてその世界が意図的に壊されたことも知らないはずだ。

 正確にお姉さんを説得できるのは僕だけかもしれない。


「お姉さん、テレビでも連続誘拐犯って……。家の周り、こんなにパトカー止まってますよ」

「いや……。いやぁ……。落ちこぼれなんかになりたくないの……」

「だったらどうして誘拐なんてするんですか。僕はあえてお姉さんを信じますけど、あなたなら責任を持って新たな人生を踏み出せると思いますよ」

「ダメなの……。外の世界は嫌なの――!」


 僕は言葉というものを信じすぎていて、というのもそれは長い体感時間でテイマーなんて立場にいたからかもしれない。

 僕は全部を知っている。だからこそ、僕が彼女を救いたかった。

 そう約束したのだ。電脳世界に依存する少女の、その写し身と。


 お姉さんは僕に危害を加えない、それはわかっていた。

 でもまさか。まさか、お姉さん自身がその体に刃物を向けるなんてことは考えていなかった。


 お姉さんは発狂しながら、自身の腹部へと刃を刺したのだった。

 みなさん、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!

 今回からエピローグということで、現実に戻ってきました。

 あと2話で完結予定です。(最終話がそれなりに長くなりそうですが)

 どうか最後まで見届けいただければなと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夢から覚めるのは実に呆気ない物だよ(ーー;)誰もが楽しい夢誰もが嬉しい夢を見れたらそこは天国か?(ーдー) ネバーランドに行けば大人に成らなくてすむけどずっと子供だぞ?死ぬ時までずっと子供で…
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