1+1+1≠1×3
私は世界が嫌いだった――。
一度きりの人生と言うくせに、自由にさせてくれる仕組みはどこにもなかった――。
私はやりたいことをするためだけに生まれて――いや、そもそも生まれた理由なんてない。
生まれたくて生まれたんじゃない。親が、創造主が、勝手にこんな世界へ案内しただけ。
願ってもないのに、つれてこられただけ。
私はある日から架空の世界が好きになった。
その世界は人生を一度、二度、三度もやり直せる場所だった。本当の自由が存在する場所だった。
何を壊しても、何を失っても、何を殺してもいい。自分の死すらもやり直せる世界なんだから。
そこからかもしれない。私がこうなったのは。
気持ちに共感してほしいわけじゃない。誰かの惨めさで自分を慰めたいわけでもない。
ただただそれが気持ちよかった。そうすることが快楽だった。
ひどいと思うでしょうけれど、やらないと損でしょ?
人生にリセット機能はないから。
やっぱりそこからだった。私が狂わしいほどに電脳世界を愛し始めたのは。
私がこんなにも、他人をぐちゃぐちゃにしてやりたくなったのは。
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「ふっ! はぁっ!」
何度拳を振るっても、私はずっと氷を殴っていた。
相手に余裕は見えず、私が攻撃に専念するように相手もまた防御しかできていない。
しかし、それで先が見えるとも思えない。この無謀な作戦にはきっと裏がある――。
東間 有紀子はプレッシャーを感じていた。
もしかするとサーバーを破壊され、この世界が強制的にシャットダウンされるかもしれないからだ。
この世界は膨大なデータを保存する容量と凄まじい速度で演算を行う箱があってこそ成り立つ。
しかし、それはひとつの箱ではそれは無理だった。もし実現したとて、外部から世界を壊される可能性が拭えない。
だから私はこの世界の中に箱をつくった。
外の世界にある無数の小さな箱が少しずつデータを記録、共有している。そしてそれよりも大きな箱が複数で分散して小さな箱を統べる。またさらに大きな箱がそれより少ない数で大きな箱を統べる。さらにさらに大きな箱がさらに大きな箱をもっと少ない数で統べる。さらにさらにさらに大きな箱が――。
そうして最終的にたどり着くのは3つのスーパーコンピューター。だけれど、もしそれを壊してもゲームは終わらない。
このゲームを真に統べるのはゲーム自身。
一度考えてみたのだ。現実に近いこのゲームの中で、さらにゲームをつくったらどうなるのだろうと。
つまり電脳世界の中にさらなる電脳世界を封じ込めるということ。それの応用がこの砦にある親サーバーだった。
しかしここはなんでも自由に行動することができるゲーム。
理論的に親サーバーの破壊は可能――。
だが、それをするのは私でないと不可能だ。なにせ親サーバーは強化ガラスに囲まれていて、暗証番号を入力しないと開かない。
強化ガラスは防御力と体力を最大値にしておいた。ふつうのプレイヤーからするとその数値は実質無限だ。
プログラムが難解すぎてまだチーターは報告されていないし、どうせチーターなんて発見次第相手の脳を潰せばいいだけの話。それを実行するタブレットさえ、今はここにないけれど……。
でも、それを破られたら?
そのための時間稼ぎだったら?
東間 有紀子は泣き出しそうだった。
こんなにも計画がうまくいかないのははじめてで、こんなにも現実に戻されそうなのもまた――。
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「これが私の自由――! これが私の本気――! さぁ早く、私を解放してみせろッ!」
ルヴィは僕らに向かって瞳を光らせる。その目は明るく、楽しく、それでも決意や闘志が伝わる。
僕がはっとしたのはそこに虚無感がなかったこと。お姉さんの隣にいた時には気だるく、世界を諦めた表情だったのに。今はどこにもマイナスの感情が見えない。
「リシルっ! ちょっと僕をおぶって!」
「おぶる!? じゃあリザの出番だね!」
僕はさらなる戦いの白熱を感じ、3人のアシストをするべく前へ出た。
リザにおぶってもらうスタイルはどんな安全地帯よりも落ち着くかもしれない。
「よし……。でもリザ、今からは僕の声に従って交代してもらうからね。他の二人も、交代の時は速やかにね」
「ご主人が言うならしょうがないかぁ……。ま、いいけどさ」
僕はしょんぼりするリザを撫でてあげた。おぶってもらっているおかげで身長差を気にせず頭を撫でられる。
リザはしょんぼりしていた態度をすぐに回復させ、それどころか微笑みに満ちた。単純とも言えるが、真っ直ぐなのは彼女ん長所だ。
「えへへ。頑張っちゃおー」
「うん、よろしくね。リザ」
これが最後の戦いになる。
ルヴィを倒して、どうにかサーバーを破壊する。
人類の存亡は僕たちにかかっている。
僕たちのゲームクリアはもうすぐだ――。
「リザ、ゴーゴー!」
前とは比べ物にならないほどのスピードだった。そんなことはリシルを見ただけでわかっていたが、乗るとさらに格別。リザに乗った時よりも前方からの風や慣性を強く感じる。
ルヴィは突っ込んできた僕らに左手を向けた。手のひらの表面に赤黒いオーラが集まり、すぐに弾となって飛ばされる。指から出たものとは違って数は単発だが弾速が速い。察するに威力も高いだろう。
「シルルっ!」
「ご指名ありがとうござ――って、こんな速度の中で交代させないでくださいよ! あ、脚、もつれます!」
正面から弾丸を受けたがシルルの時なら大丈夫だ。
しかしシルルは脚が遅い。というかきっと運動神経が悪い。リザの全力疾走の中で交代したために脚が追いついていなかった。ランニングマシーンで無理をした時のように、すぐバランスを崩して転んでしまう。
「ルグリっ!」
「任されたッ!」
顔から倒れ込む直前。出番を呼ばれたルグリは地面に手をついた。
まだリザが生み出した速度は失われていない。そんな状況で地面に手が触れるとどうなるか。
「主ッ! しっかり掴まれ!」
ハンドスプリング――。
前方に跳び、地面に手をつく。そこから速度を殺さないように倒立の姿勢になり、最後は手を地面から離して地面に着地。バク転の前方向バージョンのようなものだ。
ルグリはそれをやってのけた。
ただのハンドスプリングと違う点は着地をしていない部分。
ルグリは倒立の姿勢になる段階で180度のひねりを入れ、かつ腕のバネで最大限の後押しをした。
ぴったりと揃う足の裏はルヴィの腹部へ向かう。
ルグリはハンドスプリングにドロップキックをつけあわせたのだ。しかもひねりを入れてくれたおかげ倒れるのは胸から。背中にいる僕は無傷である。
「うぐっ……! もっと、もっとだ!」
ドロップキックをくらったルヴィは大きく後ろに飛んだが、壁に激突する直前に踏みとどまった。
それでも体はふらついている。もう気力で立っているようなものだろう。
「もう一回リザ!」
「りょうかーい!」
モンスターっ娘3人は1つに合体したが、それは単なる足し算ではない。
1+1+1=3ではなく、彼女たちは1×3だった。
この点が最大のミソであり、やはり彼女たちは未調整のバグによって合わさったのだと思わせる要素だ。
リザとシルルとルグリ、3人はそれぞれの声帯と人格を持っている。リシルとしての見た目は変化しないが、しっかりと中身が変わっているのだ。
それは能力も――。リザは素早く、シルルは防御に長け、ルグリは唯一無二の攻撃力を持つ。
個々の長所がさらに強化されている気はするが、リシルは全員の長所をすべて使えるわけじゃなかった。人格を担当するひとりの能力が使えて、それを瞬時に変更することができるだけだ。
だからこそ僕の司令塔としての役割が必要だった。我の強い3人は、それでも僕の言うことをしっかり聞いてくれる。
テイマーとして、心を通わせているのを実感する――。
「リザ! 前やった『跳躍』って覚えてる?」
「うまくできるかわかんないけど、とにかくやってみる!」
以前使えたスキルが使えるかどうかはわからなかったが、それは杞憂に終わる。
リシルが右脚で地面を蹴ると天井すれすれにまで飛び上がった。45度の角度で飛び上がったリシルは走り幅跳びをするように移動距離を伸ばしていく。それはリザの踏み込みと脚を地につけている時の速度が生み出したものだった。
高度が最大になり、あとは落ちるのみ。このまま落ちればルヴィに激突するか、その手前に着地するだろう。
「ルグリ、デカイのお願い!」
「もちろんだ! ぶちかますぞ――ッ!」
最大高度、最大速度。そして最大火力。
すべての要素が整った環境でリシルが右腕を振りかぶる。左手の先はルヴィに向け、それを照準としている。
同じくしてルヴィも両腕に赤黒いオーラをまとわせ、反撃しそうな姿勢だった。
もしもうまくいかなければシルルを出すしかなくなるが、彼女は素早く動けない。
ルグリの大振りな攻撃では隙が大きいのも事実。つまるところ、賭けの一撃。
これで決着をつける――!
「僕のことは気にしないで……いけることまでやっちゃって!」
「おう! 妾のすべてをそなたに捧げるぞ! 全身全霊、主のためにッ!」
リシルの両腕がドラゴンのそれに変化する。
手の先には大きなツメが生え、打撃にも斬撃にもなりそうな拳だった。
「私を殺してみろ、プレイヤー! 解放してみせろォ!」
ルヴィがビームを放出した。
もはやそれは赤黒い弾丸なんかではなく、波として襲ってくるまさにビームと言うにふさわしいものだった。
避けることはできない。
ここでシルルに変えるか。しかしそれでは攻撃が間に合わない。
ここは、やるしかない!
「覚悟しろ色魔ァ――!」
気持ちが共鳴したのか、リシルはルグリの状態で突っ込んでくれた。
照準にしていた左手を盾にビームの中に前進。ドラゴンのツメが赤黒いオーラを引き裂いたが、左手のツメは半分ほど溶けてしまった。
でも十分だ。
ルヴィとリシルの距離はもう1メートルとない。
「ぬぅァァァァァアア!」
リシルの右腕がルヴィに入った。
瞬間的な衝撃音が部屋に響き、そして後に残ったのはリシルの荒い呼吸のみ。
前方にいたはずのルヴィは最大の一撃で壁にぶつかり、そのまま壁にもたれるように座り込んでいた。
ルヴィから見えた気絶寸前のような虚ろな目。
それはこの瞬間、僕らが勝利したことを示す証拠だった。
僕らはついに、この世界の正当なラスボスを倒したのだ。




