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雰囲気がガラッと変わった。
当然だ。ルヴィたちにとってこの世界こそが現実であるのだから。
僕ら人類にとっての外と中は、NPCたちにとっての中と外――。今この瞬間、僕らは地球の社会を守る『善』であると同時にこの世界を脅かす『悪』となった。
冷静に考えてみれば、サーバーを壊すと僕の仲間も消えることになる。ゲーム的な戦闘不能やただの死ではない。この世界とともに永遠に消滅し、生きた証さえどこにも見当たらなくなる。
現実での経過時間はどれほどかわからないが、この世界では丸2日ほど一緒だった。本人たちを目の前にすればサーバーの破壊を思いとどまってしまいそうだが、幸いにも僕の仲間は近くにいない。どこに行ったのかもわからない。
「ハルカは下がってて……! タブレットをよろしく」
「でもジェールさんだって剣がないんだから――!」
ジェールさんは強引にタブレットを押し付け、僕より一歩前に出た。
凛々しい後ろ姿がいつもより大きく感じる。
「相手がラスボス級で、こっちには武器もない、人数も少ない。それって最高のコンディションだよ」
拳を鳴らし、ルヴィと睨み合う。
戦闘前の独特な雰囲気が僕の喉から出かかった反論を飲み込ませた。
それなのに、やっぱりいつでもお気楽な人が一名。
「あのー、水差すようで悪いけど、俺のナイフ使う? 5本くらいは隠し持ってんだけどさ」
「そういうの先に言いなって! 出鼻くじかれてちょっと恥ずかしいじゃん」
すんません、と謝るアサシンさん。
緊張感ないけど、この人は戦わないのかな。
「ナイフって使ったことないけど、一応剣属性の武器なんだね。私、剣武器の攻撃力にすっごいスキル当ててるから助かるよ」
「姐さん、投げナイフも持っときます?」
「いや、それはいいや。こそこそやるの好きじゃないから」
ナイフ――にしては刃渡りの長い――その刃物を一本だけ握ると再度ルヴィへ向き直った。当のルヴィは一連のやり取りをしっかり待ってくれている。やはりゲーム的というか、イベント前にセーブさせてくれるシステムのような親切感があった。
僕もどうにかしなくては。本当はこの世界を壊すのに戸惑いができると思って封印していたが、あの仲間たちを呼び出さないといけないかもしれない。
この世界を壊す前にやられてしまっては元も子もないし、何より迷っている時間はない。
僕は覚悟を決めて指笛を吹いてみた。これをすることによって仲間にしたモンスター娘たちがすぐにやってくる。
やってくる、はずだった。
「無理だよ。誰も助けは来ない」
ルヴィと向き合っているのはジェールさんのはずなのに、ルヴィはずっと僕を見ていた。
儚げな顔は、地下室で見た時からずっと焼き付いているものと変わらない。
「私はあいつに唯一手懐けられた存在。だからあいつは、他のNPCを誰もテイムしたことがない」
「お姉さんはルヴィ以外をテイムしたことがないってこと……?」
「そ。で、他のNPCはそのヘンテコな機械で操ってた。プログラムの書き換えやら停止やら、どんな手を使ってもね」
テイマーが捕まえたモンスターを他のプレイヤーが上書きしてテイムすることはできない。つまり、一度捕まえたモンスターは誰の手に渡ることもない。そのはずなのに、リザとルグリはお姉さんの前で戦力外になった。きっとそれは、その時点ですでにゲームのプログラムに干渉していたのだろう。
「今、NPCは全員フリーズしてるよ。私だけは許されてるけど、場所を問わずこのゲームの全NPCが消滅してる状態にある」
「な、なんでそんなことを――!」
「単純に目障りだったからじゃない? 実際にあんたはモンスターがいないと無力でしょ」
あんなチートステータスならば普通に戦っても勝てないだろうに、すごい徹底ぶりだ。
「あいつは私たちを0と1の配列としか見てない。書き換えれば簡単に形が変わって、数字を無くせば簡単に消えると思ってる。まぁ、その通りなんだけどさ……」
NPCに脳はない。あるのはサーバーに搭載されているAIだ。だから、たとえ見た目が少女であろうと化け物であろうと本質は何も変わっていない。
見た目も声も仕草も、その全てが変化しても変わらずプレイヤーはAIと対面している。それらが等しくNPCと称されることは、それらが等しく同じ存在であることを表しているのだから。
「でも私は、少なくとも他のモンスターとは違う気がするんだ。自分で考えて、自分で動ける――今そうやって動けた。私には知性がある。私にはプログラムされた内容以上の自由がある。本体はAIなんかじゃなくて、私の頭な気がする」
NPCにしては気持ち悪い話だろう。自分と知り合いとで話をしていたら、実は二人とも知能は同じ機械が司っているなんて。目の前の誰かと自分の根本は同じであるのに、相手の考えや記憶が共有されるわけでもない。
ただただ、自分は他の機械に操られているかもしれないというマイナスなイメージを背負って生きていくしかない。
「だから私の自由、ちゃんと受け取って。あんたが与えてくれた自由だから、最期はあんたに見てほしい」
「――させないよ! ハルカは私が守る……!」
ルヴィが近づくと、ジェールさんがそれを阻んだ。
逆手持ちにしたナイフと体術でどうにかルヴィを攻撃する。
ルヴィはもちろん強い部類ではあるが、お姉さんほどではない。一見すれば勝機は十分だと思われた。
しかし、元だとしてもラスボスはラスボス。
サキュバスなどという種族を超越した強さがそこにはあった。
サキュバスといえば男性を魅了する淫魔だが、このゲームで対峙するのは女性アバター。もしかしたらお姉さんのように性別関係なく魅了して百合百合コースもあり得るかもと考えたけれどそういうわけでもなかった。
単純な武。武をもって相手を滅する。ラスボスたる威厳、その強さの真髄を見てしまった。
ルヴィは右拳の人差し指だけを少し出っ張らせてから振るう。ヒットする面積が小さいからこそ、一点に圧力がかかり凄まじい威力を生んでいた。
僕の知識ではなんとも言えないが、空手とか中国拳法にありそうな殴り方である。
「本当なら序盤は他のNPCを召喚して戦うんだけどさ……。無理っぽいし、最初から第二形態でいかせてもらってるよ」
そもそもルヴィはサキュバスの王として、他のサキュバスを戦わせる第一形態があった。そしてそれらを乗り越え、ルヴィの体力を削ると第二形態へ移行する。
しかし今回は幸か不幸か、第一形態をすっ飛ばしての戦闘。ジェールさん一人では徐々に押されていった。
僕は渡されたタブレットをどうにかして活用したかった。
NPCの権限をどうにか奪えないものか。ルヴィを停止することができなくても、僕の仲間を復活させることができれば――。
そうこうしているうちにも激闘は進んでいく。
気になってアサシンさんを見るも棒立ちしている。彼が何もしない理由は僕の視線に気づいたアサシンさん自身から教えられた。
「男アバターはサキュバス側だからさ、ここのNPCには攻撃できないんだよ。プレイヤー同士ならいけたんだけどな……」
男性キャラはPvPなどの要素で悪役となる立ち位置。しかも物語の設定上はルヴィに魅了されちゃった人ということになる。ゲームのシステム的に傷つけることは不可能だった。
どうにか、どうにか僕が解決の糸口を見つけないと――。
タブレットをいじってNPCの項目を見つけたものの、やはりパスワードが壁となる。
直感で入力してみたが当然合っているはずもない。他のパターンを試してみてもことごとく外れ。
焦る気持ちを助長するように、ついにルヴィの鉄槌がジェールさんのみぞおちに入った。頼みの綱はその場にうずくまり、ナイフを落として悶絶する。
「ちょっ、姐さん! オッケー、ストップ! レフェリーがストップって言ってんだ、もちろんストップしてくれるよな!」
アサシンさんはすぐに割り込んでとどめを制止させた。
ぺらぺらと出る言葉は恐らく時間稼ぎだ。
「どいてよ。男のくせに、邪魔するなんて」
「俺は気に入った女の乳を触るまでは諦めない性分なんでな! なんならてめぇのも揉みしだくぞコンニャロー!」
「邪魔だって。聞こえないかな」
「よーしよし、落ち着け、頼むから殴らないでくれよ……。そうだ、じゃんけん知ってるか? じゃんけん三本勝負で決着を――ォガッ!」
無慈悲な拳が入る。床に這いつくばる人がもう一人できてしまったが、この流れからすると次は僕の番だ。
予想通り、ルヴィは僕の前まで歩いてきた。殺気満々で腰が抜けそうだ。
「ねぇ、あんたさ、私に自由を与えてくれたよね?」
「え……。な、なにを言ってるの……?」
「自由だよ。早く私を自由にしてくれって言ってんだよ!」
「ひぃっ!」
突然の殴打は反射的にタブレットを盾にして受け止めてしまった。
液晶画面に亀裂が走り、画面は青や紫、橙の縦線が表示され、いかにも故障したといわんばかりに固まっている。
追い詰められた僕の背にはガラス。逃げ場はなく、万事休すだ。
もう素直に拳を受けるしかないと諦めた時だった。ルヴィが振りかぶった拳を落とさずに止まったのは――。
「なに、あれ……」
ガラスの奥にあるのはサーバーのみだが、サーバーの青白い光が不規則に点滅している。点滅だけでなく光の強さも変わり、あげく光の色まで様々に変化した。
様子がおかしいと、僕でも察することができた。
不思議な現象はこれだけで終わらず、壊れかけのタブレットがひとりでに動き出した。画面にはプログラムのコードのような英字や記号の配列が書き込まれていく。
壊れかけてフリーズしたはずなのに。誰も操作していないはずなのに。
やがてそれらが終わると、タブレットの画面はまばゆい白色を表示した。
フラッシュのように光る白は僕とルヴィの視界を奪う。そしてそれが明けると――。
新たに見知らぬ人物が立っていた。
頭からは立派な角、大きな胸。尻尾は爬虫類っぽく、小さいものが生えている。
そして特徴的なのは長い髪の色。ベースは茶だが髪先が赤く、前髪に水色のメッシュが入っていた。
呆然と立ち尽くす僕だったが、謎の人物はそんな僕に抱きついてきた。大きい胸のせいで窒息しそうだ。
これだけでもなんだか衝撃的な出来事だったけれど、さらに驚いたのは謎の人物による言葉だった。
「ご主人、無事だったー! もうずっと会えないかと思ったよー!」
それは間違いなく、リザの声であった。
サブタイトルは知識0の筆者がひぃひぃ言いながら調べてなんとか考えたものなので、筋が通らない部分があったとしてもスルーでお願いします……!




