1:1の戦局
「なんで……。なんでなんでなんでなんで――!」
お姉さんの感情は怒りのように見えた。
計画がうまくいかないことへの憤りか、敵が多いことの憤りか。
「ルヴィは何をしてるというの――! なんでここに、脱出はできないはずなのに!」
「それは秘密です。運が良かったってことにしておいてください」
「それに、男を選択したプレイヤーが私に刃向かうなんてあり得ないわ! 私を見たら多幸感を覚えるよう設定してあるのに――!」
「レディ、僕はお姫様にゾッコンだからね。君も魅力的ではあるが……僕は独占されるよりもしたい派なんだ」
軽口を叩くクリフさんは、これでこそ平常運転みたいだ。
スポーツ選手は試合前に独自のルーティンを行って気持ちを整えるという話を聞いたことがある。そうすることでスイッチのオンオフを切り替えるのだとか。
のらりくらりと話しているようで、実はキザ発言もここぞという時に出すものかもしれない。
「それはそうとお姉さん、今のうちにログアウトしたほうがいいんじゃないですか? 僕を監禁したみたいに殺さず生かさずの状態にされたら、現実世界に逃げることができなくなりますよ」
「ふん、この私が倒される前提で話すだなんて。仲間たちへの過信もほどほどにするのね」
お姉さんから明らかな殺意が見えた。
今にも飛びかかりそうな状況に、クリフさんが小さく前へ出た。美しく滑らかに剣を抜き、僕たちを守るようにして佇む。
僕は睨み合う両者に目を奪われていたが、肩を叩かれてようやくジェールさんが隣に接近していたことに気づく。
「ハルカ……。東間監督のこと、何か知ってるの……?」
「お姉さんのことですよね。僕、さっきまで捕まってたんですけどその時に本人の口からぺらぺらと――」
「じゃあカトレーの言ってたことは本当なの!? 誘拐とか、脳の操作とか」
「本当だと思います。しかも誘拐事件においては、僕もその被害者です……!」
意識をゲームの世界に閉じ込め、現実世界に戻させない新たな誘拐手段。逃げ出す心配もない、ゲーム内ならチートで武力も行使できる。ゲーム内での犯罪行為を裁く法がないのもメリットだ。
これまでに何人が被害に遭ったのかはわからないが、口ぶりや慣れた態度から常習していることは想像できる。
「――って、カトレーさんが何か言っていたんですか?」
「そう、アイツ、刑事さんだったんだよ! 戦友にくらいは正体明かせっての」
ジェールさんが気を失っていたカトレーさんの頬をぺちぺち叩く。しかし何度か叩いたり、体を揺すったりしても目覚める気配はない。
いよいよジェールさんは手を出すのをやめ、大切そうに抱えていたタブレットへ目を落とした。
「これで起こせたりしないのかな……?」
「それって――」
「東間監督はこの端末で脳をいじったり、ゲームの設定を変えたりしてたんだ。正真正銘のチートアイテムだね」
タブレットの画面には左側と右側で異なるものが表示されていた。
左側は脳の図とテスターにあるメーターのようなものが表示されている。恐らくこちらがプレイヤーの脳を操るもの。
右側はゲームにお馴染みのステータスが表示されていた。プレイヤーIDで個人を検索し、簡単に相手のステータスを確認、改変することができる。
「カトレーの気絶値を0にしちゃえば起きるはず――」
ジェールさんはすぐさまお目当ての項目に「0」を入力したが、確定を押すとパスワードを求められてしまった。文字数がいくつなのかも、数字か英字かふたつの混合かもわからない。
まさかの期待はあっけなく壊れてしまった。
「ダメか……。これが使えれば色男のステータスも底上げできたのに……」
不安そうに顔を上げるジェールさん。
その前方ではクリフさんが体に吹雪をまとわせていた。
どうやら、並のプレイヤーでは近づいただけで氷漬けにされてしまうほどの奥義である【ゼノデウム・レイビス】をもう発動したらしい。
「さぁレディ、いつでも来ていいよ」
「男プレイヤー風情が――! こっちは中身が男の子で見た目が女の子じゃないと満足できないんだよ!」
カンストされたステータスは伊達じゃなかった。
見切ることなどできない速さで動くお姉さん。クリフさんが最初から本気モードでなかったら、お姉さんはその横を普通に走って僕らにたどり着くことも容易そうである。
しかもその速さのくせに攻撃力や防御力だって頭のおかしいことになっている。
その拳は腹を狙っていた。しかし、殴ろうとしたところで大気中の冷気が氷となり、拳の行く先を阻む。
氷の剣はそんな拳を切り落とそうとするが、それが叶うこともなかった。腕には当たったものの、大したダメージではないし、避けようと思えば避けることもできただろう。
腕で受けたのはその後の行動のためだった。すかさず剣を奪い、折り、後ろに投げ捨てる――。
そこからは超接近戦だった。
片方が力に物を言わせて殴り、蹴り、その全てが氷を粉砕する。すると今度はもう片方が殴ってきた腕を強引に掴み、凍らせ、大気から氷柱を飛ばす。それでも普通なら刺さる氷柱は、やはり最強の拳が、脚が、空中で粉々にするのだった。
拮抗なんて次元ではなかった。戦局はまるで動いていない。
そんな現状を片方が嘲る。
「どうするつもり? このまま私と永遠に戦う? 私の野望の阻止は成功するだろうけど、このままだとこのゲームの世界の中で、この戦いで、あなたたちは一生を費やすことになるわよ?」
「そうだね。このままだと僕たちの間で決着はないだろう。でも、ここにいるのは僕と君だけじゃないから」
「あなた以外の誰が戦力になるって? それに、私を自由に殴れたとしてもあなたたちの攻撃力では倒すのに数年はかかるんじゃない?」
「それは――子猫ちゃんに聞いてもらわないとね」
クリフさんとお姉さんがちょうど話をしているタイミングでとある連絡が入った。それは別行動をさせていたアサシンさんからだ。
どうやら僕の考えていた逆転の一手を探し当ててくれたらしい。
急いで立ち上がり、作戦は次のステップへ移行する。
「クリフさんっ! 僕たちは今からこのゲームを終わらせてきます! どうかご武運を!」
「ちゃんとお姫様を守るんだよ、ナイトくん」
「子猫も嫌だけどナイト呼びも照れるのでやめてください! ジェールさん、行きましょう――」
僕はジェールさんと共に道を戻った。お姉さんが立ちはだかる今、目的の場所まで迂回して行くしかない。
ジェールさんはタブレットを持ったままカトレーさんをおぶっている。だが、僕がまだ何をしようとしているかはわかっていないようだった。
「ハルカ、ここからどうするの? ゲームを終わらせるってどうやって?」
「そのままの意味ですよ。このゲームを終わらせるんです」
僕がアサシンさんに探させていたのはゲームの中核。
お姉さんはこれを壊さない限りゲームは終わらないと言っていた。
現実世界にはない、幻の大脳。
「僕たちはこれから、このゲームのサーバーを破壊します――!」




