再び、一歩
目が覚めても、そこは現実じゃなかった。
夢の中で夢を見ていたような、何層もの意識がある感覚に酔いに似た気持ち悪さを覚える。
僕の記憶が正しければ、今ここに戻されたのは死んだからだ。
監禁されていた僕は首を絞められて死んだ。ルヴィが僕のHPをゼロにした。
これは逃してくれたという解釈でいいのだろうか。
リスポーンした場所は要塞の入り口だった。家で表すなら玄関の場所。前には道が伸び、後ろには閉まった扉がある。
大勢のサキュバスがいたはずだけれど、その姿が見えないのは他の誰かが一掃してくれたからだと予想がつく。おかげで再戦までには猶予があった。
お姉さんはきっとジェールさんとカトレーさんを消しに行ったに違いない。そして、それが終わってから僕を幽閉した地下室へ戻るだろう。
お姉さんのテイマースキルが高すぎてシルル以外のモンスターっ娘二人は軽々と魅了されてしまった。つまり、いくらNPCをぶつけても意味はない。
戦力にするならばただのプログラムの塊ではなく、しっかり人の魂が入ったプレイヤーを仲間にしないといけない。
彼女たちのことをプログラムの塊とは思いたくない。
それでも簡単に懐柔させられたことを思い出すと、やはり彼女たちは意思のない存在なんだと見せつけられてしまう。お姉さんの前で、僕の大切な仲間は糸の切れた操り人形みたいだった。
前方には無機質な道が伸びている。その道は心なしかさっきよりも冷たく、それなのに限りなく現実に近い。
後ろに戻ってしまう方が簡単な気がした。後ろに――現実に戻りたい。
僕はテイマースキルに極振りだから、NPCがいなければ何もできない。
装備だってそうだ。悪く言ってしまえば他力本願な構成だった。
僕一人では誰も救えない……。
僕はせめてジェールさんとカトレーさんに報告をしようと腕輪に触れた。
ラスボスの正体が人間のお姉さんであることや、その人がゲーム機を通して現実世界の人々を洗脳しようとしていることなど――。伝えないといけないことはたくさんある。
メッセージ画面を開くと『メッセージを送信する』『受信したメッセージを見る』の二項目が出る。
送信を選択しようとした矢先、受信欄に通知があることに気づいた。
お姉さんがぺちゃくちゃ喋っていた時に来ていたようだ。
送り主は†ダークネス・カタストロフ†さん。
名前に覚えはなかったけれど、なんとなく再生――。
『おっす、ハルカたーん! いやぁ、奇襲イベはホントにお疲れ様〜。男たちのエリアでもハルカたんのことが有名になっててさぁ、いやなに? 超新星的な? 星輝いちゃってんねぇ!』
顔にも見覚えはない――が、その喋り方と内容でこの人が誰だかようやくわかった。
『ところでさ、俺ぇ、クリフを倒した時のお礼をまだいただいてないんですけどぉ……。あ、いやいや、待ってくれ、そこまでしてハルカたんの体がどうこうって話じゃないんだよ。俺はハルカたんを心も含めて愛してる。けどさぁ、約束は約束じゃん? それなりに働いたんだから対価は必要じゃん? 後生だから頼むよ〜! ハルカたんとそのお供モンスターたちに囲まれてハーレム気分味わいたいんだよー!』
いつぞやのアサシンさんだ。こんなダサい名前してたの……。
執念深いというか、普通にドン引き。そんなに女体がいいなら自分が女性キャラを選べばよかったのに。
『えっと――お礼はバックレてもいいや。とにかく連絡ちょうだい。またハルカたんに会いたいんだよ! 次のイベントがいつあるかはわからないしさ、プライベートに、ね? じゃあ返信待ってま〜す。絶対だからね! 絶対会おうねっ!』
メッセージが終了する。
こんな非常事態に呑気なことを――って、この状況は僕しか知らないのだった。
まだアサシンさんがメッセージを送ってきてからそこまで時間は経っていない。返信すればきっとすぐに見てくれることだろう。
――とすれば、僕がすることはただひとつ。他力本願らしく強い人に助けを求めよう。
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「やぁやぁ。また会ったね、子猫ちゃん」
「ど、どうも……」
アサシンさん経由でクリフさんを呼んでもらったはいいものの、要塞の扉が開かないという誤算。その誤算の結末は、クリフさんの足元に転がる氷漬けになった扉の破片たちが語っていた。
ニコニコしながら扉をぶち破るあたり、やはり強そうである。
第一、この人はチームが一丸となってようやく倒せた。単純に僕たちの戦力イコールクリフさん一人の戦力と考えてもいいのかもしれない。
「ダークネス君の話はあまり深いところまで理解できなかったけれど、つまりはラスボスを倒したいんだってね? 倒さないと、世界が終わるとか」
「そうです。僕たちは冗談抜きで、これから世界を救います――」
「うん。信じるよ。そのために来たんだからね」
クリフさんの微笑みがとても暖かい。
人類が洗脳されそうな危険を僕だけが知っていると考えていたから、他の人と共有できて嬉しかった。
その強さと優しさに、もう少し救われた気分だった。
「あれ……? そういえば、アサシンさんはどうしちゃったんですか?」
「ダークネス君かい? さっきからずっと君の後ろにいるよ」
「ハルカた〜ん! 怖かったねぇ、よしよし! いいぞぉ、お兄さんに甘えていいからなぁ! 髪の毛すっげーいい匂い!!!」
最後の一言が最低すぎる。
撫でられるのは1000歩譲って許すとして、髪の毛クンカクンカするのはさすがに痴漢行為だ。
それに、僕、男なんですけれど。
「ハルカたん! クリフ呼んだ報酬、もらってもいいよな! オッケーもらうね! うひょ~、おっぱいさいこ――ブバッ!」
アサシンさんの暴走を止めたのはクリフさんの拳。
助かったけれど、にこやかに人を殴る姿はちょっと怖い。
「子猫ちゃんの扱い方がわかってないようだね。野蛮人には困るよ、まったく」
「うっせぇ! お前も子猫子猫ってキザったいんだよ! 顔の良さだってどうせこの世界だけなんだろうな!」
「まぁ、僕は現実だと女だからね。多少踏み込んだ発言をできるのもモテ女の特権さ。顔の良さは、そうだね……。現実の子猫ちゃんに数え切れないほど告白されたとだけ言っておこう」
「お、俺は男だけどよ……! でも、俺だってハルカたんが好きで……。告られたことねぇけど……。クソぉ――!」
女性に触れさせてもらえないからといって泣く必要はないと思う。
感情の起伏が激しすぎるが、なにかストレスでも抱えているんじゃないだろうか。単純に心配だ。
「えーっと、クリフさん。さっそく行きません? もたもたしてるとジェールさんが危ないですし」
「それは大変だ。お姫様は絶対に悲しませたくないからね」
「おっしゃぁあ! 礼として壮烈様の巨乳も触らせて――すいませんクリフさん二度と言いません!」
クリフさんはジェールさんに熱烈なアピールをしているけれど、実際のところはどうなんだろう。
現実で付き合ってるとか、そういった噂は本当なのかな。待てよ、ジェールさんも女性だとしたら同性カップルということに――。
なんだか大人の恋愛って感じがする。下手に触れないでおこう……。
「あ、そういえば――アサシンさんは別行動ですからね」
「はぁぁ!? 待ってよハルカたん! そんな男と二人っきりはまずいって!」
「アサシンさんにはアサシンさんにしかできないことがありますから。くれぐれも隠密行動でお願いします」
「不本意だが任せろ。覗きは現実でも得意だぜ。――いや、実際にやったことはないから! 通報しないでくれよ?」
アサシンさんにはラスボスに勝つ唯一の手段を探してもらう。
僕の予想が正しければアレが隠されているはずだ。それを見つけさえすれば勝機はある。
アサシンさんはそのまま影の中を移動するスキルを使って目的のものを探し始めた。
僕とクリフさんは急ぎ足でジェールさんを探し、見つけ、間一髪のところでお姉さんの攻撃を止めた。
そして、今――。
「お姉さん、ここからが本当の勝負です――!」
僕は再度、お姉さんとの戦いを宣言した。
お読みいただきありがとうございます!
アサシンさんも久々の登場ですね。
アサシンさんに探させている『アレ』とはいったい……!




