0から1へのリスタート
一番最初に言い始めたのはカトレーからだった。
その提案があるまで、私はラスボスを倒そうなんて考えたことはなかった。
それなのにカトレーはラスボス討伐にとてもこだわっていて、まるでそれを成し遂げるためだけにゲームをやっているように見えた。
最初の提案は断った。
カトレーはすぐにやらないと意味がないとさえ言いたげな熱意を持っていたけれど、その時の私たちは装備やスキルが今よりもずっと弱かった。
挑んでも負けるのは明らかだ。
一方で、カトレーは常人じゃなかった。
私の剣なんてたとえ素人でもそれらしく振っていれば格好が付く。けれど、銃は扱いが難しい。
その理由から、日本の『ガンナー』人口は極端に少ない。猟師だとか、外国で銃を撃ったことがあるとか、ガンオタクだとか。そういう人しか『ガンナー』は選ばなかった。
それが、カトレーはジョブを選ぶどころか発射した弾丸を必中させる精巧さまで持ち合わせていたのだ。スキルに頼らず、己の腕だけで。
カトレーが極振りしたのはクリティカルダメージの強化。
頭部などの急所に弾を当てた時のダメージが多くなるスキルだ。これを選ぶなんて異端中の異端。
彼からは執念が見て取れた。相手を制圧することへの執念。
とりわけ、ラスボスへの執念――。
ラスボスがどこにいるとか、建物のどこに隠れているとか、赤髪が特徴だとか――。
全部彼が一人で集めた情報だった。
実は【隻眼】の二つ名を最初に呼び始めたのは私なんだ。
カトレーは、ずっとラスボスを狙う一つの目しか持っていなかった。他は一切見てこなかった。
私には理解できなかったけれど、ようやくわかったよ。
あんたはこの時をずっと狙っていたんだな――。
カトレーが東間へハンドガンを数発撃ち込む。
カトレーと東間の距離は3メートルほど。外すなんてことはあり得なかった。
「こいつ、効かねぇのか……!」
カトレーは舌打ちをしてから発砲を中断した。
それでも銃口は東間の頭を捉えたままである。
「残念ねぇ。私のステータス、もうカンストしちゃってるから」
「だがお前はテイマーだ。その怪しい情報端末がなければ一人では何もできないだろう」
「ふぅん。で? 警察さんは私を逮捕するの?」
「逮捕されるかもしれないって思うフシがあるんだな」
カトレーがにじり寄る。
そして銃弾によって東間の手から離れたタブレットを脚で蹴り飛ばし、完全に攻撃手段を封じた。
「思うフシ――。私にはさっぱりねぇ」
「ここ最近、年齢の近い男児が相次いで行方不明になっている。聞き込みをしてもなぜか情報は非常に少ない。しかし、不鮮明ながらカメラが男児に話しかける女性を写していた。そのうえ、男児には最新ゲームがやりたいという共通点があった。お前が連れ去ったんだろう」
「誘拐事件――だったら、現実世界で逮捕すればいいんじゃないの? そもそも私がこの世界にいるって、どうして知っているのかしら」
「最初はそうしようと考えた。だが、この事件はただの誘拐じゃない――」
鍵となったのは聞き込みの時、情報が少ない不審さからだった。
犯行現場をカメラが見ていたので、自分のセオリーに従ってその周辺で聞き込みを行った。
すると、その周辺の人たちは高確率で「覚えていない」と答えた。
しかし、少し離れた場所で再び聞き込みをすると大半は「知らない」という答え。
「なぜか犯行現場の周辺で暮らす人だけが揃って犯行時刻の記憶を失っていたんだ。一人や二人の物忘れならまだしも、周辺の住民が全員だぞ」
不審な点はまだあった。
集団で記憶喪失する怪奇現象は完全ではなかったのだ。
家族に聞き込みをすると、子と父はその時のことを忘れていた。だが、その回答を聞いた母は驚愕していた。
その日その時間は家族で出かけていたらしい。団らんの記憶を母だけが覚えていた。
そして母親から決定的な一言が飛び出した。
ゲームばっかりやっているからよ――と。
再び聞き込みをすると、記憶を失った人は総じて同じゲームをやっていた。
もちろんそのゲームというのは今現在やっている、脳に電気信号を送っている体感型ゲームのことだ。
先ほどお前がジェールにやっていた攻撃で容疑は確信になった。
お前は、このゲームを通じてユーザーの脳を操作している――。
カトレーの言葉が終わると東間は冷笑を浮かべた。
「私はこれからハヤ――おっと、個人情報だったわ。これからハルカちゃんとお楽しみだから。長い自白をしている時間はないの。申し訳ないけど、黙秘させてもらうわね」
東間はおもむろに歩き出し、遠くに転がるタブレットへ向かう。
カトレーがそれを許すはずもなく、前進を止めようと体を押さえた。
――が、それをさらに制したのは東間の右脚による蹴りだった。
想像以上に重い蹴り。
タブレットが使用できなければ攻撃手段はないと思い込んでいたカトレーはその強烈さに目を剥いた。
「言ったでしょ? ステータスがカンストしてるのよ。攻撃力も、スピードもね」
「めんどくせぇことしやがって……!」
「一撃で倒せなくて残念だわ。ガンナーは防御力を低めに設定してあったのに、それだけいい装備を手に入れたのね」
膝をつくカトレーを東間は容赦しなかった。
すぐに顔を殴り、よろけたところで銃を没収する。
「でも気絶値はちゃんと溜まってるって――あなたが一番実感してるんじゃない?」
為す術もなく殴られ続けたカトレーはついに体を横にした。
現実世界で行った鍛錬も、電脳世界の中では無意味。東間は文字通り開発者権限というチートを使っているのだから。
「さ、あなたの脳にも電流を流しましょう。ちょうど、この世界から現実世界のユーザーを操る実践データがほしかったの。まだ人体実験はやったことないけれど、死なないように頑張ってね」
東間はカトレーの体に語りかけてから、タブレットへと手を伸ばし――。
「――それ、返してほしいのだけれど?」
しかし、それをいち早く手にしたのはジェールだった。
タブレットをギュッと抱きかかえるが、武力で制圧されるのはジェールにも予想がつく。
ジェールはそれでも抵抗した。最後の瞬間まで抵抗する覚悟だ。
「今すぐに返せば殺すのは見逃してあげる。どう?」
「お前なんて、信じられるか……!」
「冷静になりなさい。私にとっては、あなたが死ななくてもこれがバレなきゃ変わらないことなの」
「黙ってろって? それは、私にはできない約束だ」
「違う違う。海馬をいじくるだけだって。ほら、タブレットを返して」
手を差しのべる東間。
ジェールにしてみれば、その手に殺される寸前だったのだ。
不信感は極限まで高まっていた。
「誰が渡すか――!」
「私、これでも人を殴るのは好きじゃないのに。残念だわ」
東間は拳を握り、大きく振りかぶった。
その拳はジェールの頭部を狙っていたが、その進路は物理的に阻まれる。
阻んだものはどこからか飛んできた氷の塊だった。
「――なんで。なんであなた達がここにいるのかしら……?」
東間からはじめて余裕の色が奪われる。
そこには、この場にいてほしくない人間が二人いた。
「子猫ちゃんばかりで僕は天に昇りそうだよ。ねぇ、お姫様」
「クリフ……! あんた、どうしてここに……」
氷を飛ばし、東間の拳を止めた張本人は【聖剣】クリフ。
そして――。
「どうしてって言われても、小さくて勇敢な子猫ちゃんにご指名をいただいたからね」
断れるわけもないよ――とクリフが隣にいる少女の髪を撫でた。
少女は少しだけ鬱陶しそうにしてから東間をキツく睨む。
「お姉さん、ここからが本当の勝負です――!」
ハルカは再度、東間との戦いを宣言した。
お読みいただきありがとうございます!
クリフさんが久々の登場ですが、忘れてしまった方は14~17部あたりを見返していただければ……。
氷属性ネクロマンサーのめちゃんこ強い人です。




