零の目的
『――世界的に有名なゲーム、アナザーワールド・オンラインシリーズはとんでもない代物ですよ。医療機器でもなんでもない、ただのいち企業の作ったゲームが人間の脳に電気信号を送るなんてありえません。政府が販売を禁止するなどの措置を行うべきです』
『――ですがね、このゲームは日本産ゲームの中でも歴史的な売上を記録しています。日本のテクノロジーをゲームという形でアピールしただけでなく、経済的にも貢献した素晴らしい機械なんですよ。それに、政府が販売活動に介入だなんてありえない。資本主義社会にあるまじき提案ですね』
『――しかし、現にこのゲームをやった未成年の子どもたちが昏睡状態のまま回復しない事例が医療機関に報告されています。そればかりかゲームの開発側はプレイによって生じた健康被害の責任は負いかねるというのですよ。信じられますか』
『――当たり前でしょう。ではゲームをしたことで視力が低下したら、開発した会社を訴えますか? 小さなお子様に持たせる場合は各家庭でルールを決めてもらって――』
狭い部屋に小さなテレビ。
タバコをふかす中年の男に、若い男が話しかける。
「田代さん。ホシ、わかりそうですか?」
「どうだろうなぁ。今加藤にガサ入れしてもらってるんだが……」
「あぁ、まだ起きないんすね……」
加藤はこれまで数時間でガサ入れして戻ってを繰り返していた。
しかし、最後の帰還からもうすぐで24時間。
今までにはない長丁場はホシを発見したからか。あるいは、彼も――。
「そもそもどうなんすかね。関係、あると思います?」
「あ? 何が?」
「例の失踪事件っすよ。加藤さんの主張、ちょっとぶっ飛んでますって」
「でもよ、テレビ見てみろ」
テレビはいよいよ討論の総括に入るところだった。
おおむね、今後に注目という内容の一言を司会が言って番組は次のニュースを語り始める。
たとえ黒い噂があったとしても、スポンサーの傘に入っているテレビ局はゲーム会社の闇を報道できない。外からのコメンテーターを出演させて、個人の意見として視聴者の好奇心を煽るのみだ。
「あぁ……。親御さん、この放送とかどんな気分で見てるんでしょうね……」
「つまりそういうことだ。ワシらはやれることをやる。被害者と同じくらい必死に真実を追い求める。それだけだ」
「けど、マジで信じられないっすもん。失踪した子供たちにゲームをやりたがってたって共通点があるだけで、加藤さんが同一犯の誘拐事件だなんて言うんだから」
若い男が加藤を見ても、まだ倒れる体に変化はない。
永遠にこのままだと思えるほど静かに加藤は眠っていた。ヘッドギアが黒く光る、異様な光景とともに。
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ラスボスはどこだ、ラスボスはどこだ、ラスボスはどこだ――!
私は【壮烈】な女。どこまでも突っ切って敵をぶった斬る。
名声も二つ名も私の心を満たすけれど、本当に好きなのはこの瞬間――。
戦ってるこの緊張感が身を焦がすのさ!
本丸を守っていた雑魚どもはすっかり片付いた。
もう残すは本命だけ。
他のメンバーから報告がないのは、まだそれを発見していないからだろうか。
私は早く戦いたくってウズウズしてるってのに。
逸る気持ちを抑えながらも走り続ける。
しばらくすると、前方から人影が見えた。
その人影はこちらに気付くと手を振って駆け寄って来る。
「ジェールさーん! よかった、やっとお知り合いと会えましたぁ……!」
「あんたは……シルルか」
人影の正体は元スライムのモンスターっ娘。
たしか前線に進んでいってハルカあたりと合流していたはずだけれど。
まさか、私の進む逆方向から来たということは――。
「ご主人様がぁー! 愛しのご主人様がおぞましいサキュバスに連れ去られましたー!」
「やっぱりか……。それで? そのサキュバスは赤髪だった?」
「はいぃ! めちゃくちゃ強くて、豊満ボディーで、許せませんよあの女ー!」
赤髪のサキュバス――。
ハルカを連れ去ったのはラスボスで合っていた。
ならば、私もそこに急行すれば念願の相手と手合わせできるということだ。
「シルル、私をそこに案内して! その赤髪は私がぶった斬る!」
「ほ、ほんとですか……? めちゃくちゃ強いんですよ……?」
「大丈夫、私のほうがもっと強いってば。ほら行くよ!」
わんわん泣くシルルの不安をどうにか払拭して案内してもらおう。
私はそう思って一歩前へ踏み出た。
「――その必要はないわ。もう来ちゃったから」
そこにはさっきまでいなかった。
1秒どころか、一瞬たりともそこにはいなかったはず。
それなのに、私とシルルの目の前には赤髪のサキュバスが出現していた。
全身が瞬時に燃えるような熱さを覚え、剣を抜く。
状況把握は中途半端だが、それでも対面できたのは願ったり叶ったり。
「あんたがラスボスか――。いいね、わざわざ倒されに来てくれたなんて」
「あら、あなたがジェールとかいう人ね。どれどれ……」
サキュバスはタブレット端末をその手に持っていた。
あのような装備はこれまで見たことがない。ラスボス専用の武器とかか……?
「あー、あったあった。プレイヤーIDは371 209 658ね。あなたで間違いない?」
「はぁ……? あんた、何を言っているんだ。これ、どういう演出だよ」
「演出――。そんなものにこだわるなんて、あなたはこのゲームを純粋に楽しんでくれてる優良プレイヤーさんみたいね。でも残念、私がこのゲームを一番楽しんでほしい相手はこの私自身なの」
サキュバスが悠々とタブレットを触り、何かを操作したかと思えば、私の剣が消失していた。
しかし、その場で四散したわけでもない。私の手からすっぽ抜けて、そのまま地面の中へスッと消えていってしまったのだ。
「え……!? なにこれ、バグ……?」
「まぁ、バグっちゃバグかもしれないわね。あなたの剣、私が当たり判定だけ消しちゃった」
「はぁ!? あんた、何者なんだよ!」
よく見たらこのサキュバス、ステータスがおかしい。
職業がテイマーで、まるでNPCじゃなくてプレイヤーみたいな――。
「もしかして、あんた、人なのか……! ラスボスはNPCだと思ってたよ」
「ジェール様のプロフィールは――あら、現実世界でも女性なのね。24歳? 私よりちょっと下なんだ」
「えぇぇぇ!? あんた、ちょっと! マジでなんなんだよ!」
「安心なさい。わが社は個人情報の管理を徹底してるから。外部には漏れないわ。私は、見れるけどね」
わが社――?
言われてみるとこの顔、どこかで見たような……。
たしか動画配信サイトで、このゲームの完成インタビューを見て――。
「あんた、もしかして東間監督?」
「嬉しいわ。名前、知ってる人がいたのね」
「知ってるもなにも大ファンなんだよ! ちょっと、監督がボスなんてやりづらいって!」
「それはごめんなさいね。じゃあやりやすいように、ほら。早く死んで」
嬉しい対面は冷酷な一言で一変した。
突如として見えない圧迫感が全身を襲う。
徐々に圧迫は強くなり、内臓を潰しかねない苦痛が体にかかる。
ゲームでは味わったことのない鮮明な苦しさがただごとじゃないことを伝えていた。
「今、あなたの脳に呼吸困難になって死ぬかもしれないって電気信号を送っているわ。体に異常はないのに、脳が勘違いして窒息死なんて哀れね。ほら、やられ役ならやりやすいでしょ?」
とにかく本能が助けを求めていた。
うまく呼吸できないせいで苦しさを絶叫として紛らわすこともできず、シルルを見ても彼女は一時停止させた映像のように固まって動かない。
なにも理解できていないが、ただひとつ。
ハルカは無事なのだろうかと、私はそれだけが気がかりだった。
パァン――と。
破裂音を聞いた瞬間、私の呼吸が楽になった。
東間監督の手からタブレットがはじき飛ばされ、それが一発の銃弾によって起きたことだと理解する。
「まだネズミがいたのね。せっかくのお楽しみタイムだったのに……。えっと、あなたのプレイヤーIDは――」
「確認する必要はない。俺の名前はカトレー。いいや、ここでこの名前は必要ないな――」
カトレーは私の身を守るように東間監督と私の間に割り込む。
そして、銃を構えるその後ろ姿は今までのPvP戦よりもさらに鬼気迫るものがあった。
「刑事部捜査第一課、特殊犯捜査第一係所属の加藤 零士だ。お前には、ここで今の職を降りてもらうことになる」




