思わぬ出会いも何かの縁
ゲームオーバーなんて、よくもそんなかわいい表現をしてくれたものだ。
僕の今の状況はそれ以上に恐ろしいものだというのに。
多くのゲームはゲームオーバーをしてもすぐにコンティニューができるものだと思う。
このVRMMOもリスポーンというシステムで再び今いる世界を動けるようになる救済措置が用意されている。
けれど、それはプレイヤーのHPが0になった場合のみ。
僕は今、その死さえも許されない状況にいる。しかもこの調子だといつまで拘束されるかわからない。
明日か、明後日か。来週、来月……。せめてもの抵抗として僕は一生という答えを直視しないようにした。
「さて……。絶望している様子だけれど、もうお姉さんと戦う気は失せちゃったのかな」
目の前の痴女は僕の服をペラペラめくり、風を通しながら言う。
「失せるも何も……。僕は、どうなっちゃうんですか」
このゲームの真実とお姉さんの罪を全て知ってしまった僕。
僕はゲームをやめない限り、きっとここから逃げられない。
この世界の僕は永遠にお姉さんのおもちゃとして、その道具の役割を果たすのだろう。
朽ちることのない仮想空間で、ずっと、永遠に――。
「今、現実のキミの右腕には細い注射針がチクッと刺さってるわ。お姉さんからの点滴だから、あなたがゲームを続けて衰弱することはない。他の面倒もお姉さんが見てあげる。飽きるまではね」
飽きるまで――。
そこから先については聞く気もしなかった。
「僕はこのゲームをやめられないんですか」
「普通の人はやめられるけれど。でも、キミの頭に装着した装置にはちょこっと細工がしてあるの。その名も誘拐版エディション。内部からは絶対に終了できないわ」
趣味の悪い名前だ。
「ゲーム機の電源が落ちればいいじゃないですか」
「あぁ、たしかに。長時間停電が起きたり、親サーバーが壊れたら終了しちゃうわね。ま、どちらにせよ可能性はとんでもなく低いけど」
いよいよ我慢ができなくなってきたお姉さんは物欲しそうに僕のお腹を頬ずりしてきた。服の中に顔を突っ込む変態っぷりは、リザを相手にしてきた僕でもドン引きする。
「本当はもっと抵抗して、泣き叫ぶくらいが好きなんだけどねぇ……。けどヤりやすさとしてはキミくらい落ち着いてくれたほうがいいか」
「……他の人は? 僕より前に誘拐された人は今どうしているんですか」
「さぁねー。今はこのもちもちお腹を吸うのに忙しいから。もうどうでもいいでしょ」
吸うという宣言通り、お姉さんは僕の体を口や舌で味わい始めた。
今すぐにでも椅子にくくられている手足を解放して逃げ出したい。このままお姉さんに蹂躙されて人生が終わるなんて嫌だ。
たしかにこのラスボスに勝てるかはわからない。今の精神状態は絶望の最下層にある。
それでも、少しでもいいから抗わないと。それで、このゲームを終わらせないと。
「お、お姉さん……! ゆっくりしてる暇はないですよ。ここに来たのは僕だけじゃないんですからね」
「あぁ、いたわね。あのプレイヤーたちはあんまりおいしくなさそうだけど」
「ふん。もたもたしてると、ジェールさんとカトレーさんが助けに来ちゃいますからね!」
できることは虚勢を張るだけだろうか。
とにかく何とかして居場所を知らせたり、逃げ出したりできれば……。
地下室の中には何もない。
もし逃げ出しても警報が鳴ったり、矢が飛び出したりすることはなさそうだ。
「まぁ、彼女らが来てもキミを助けられるかはわからないけど――」
それもそうだ。レベル差がハンパない。
正直、この人に勝てるプレイヤーは存在しないだろう。
たとえジェールさんとカトレーさんが来たとて、それが解決になるとは思えない。
けれど、やっぱり助かりたい。
自分の身も、この世界も。
「キミの飼ってたうち二匹のNPCはもう私の魅了にゾッコン。今ごろ発情しまくって大変なんじゃないかしら」
「リザとルグリなら平気です。きっとまた僕の言うことを聞いてくれます」
「ふふん、そうだといいわね。けれど、私が本当に言いたいのはそこじゃなくて……。キミの信じてる残りのプレイヤーたち――。彼女らも私の虜にしちゃったら、面白いと思わない?」
お姉さんはもう個人個人の感覚を操作できる。
その程度がどれほどかはわからないけれど、その妖艶な笑みから全てを察することができた。
「うふふ……。こういうハレンチなことって、遠ざけられがちだけど本能だからね。いざ少しでもその気持ちになれば、もう抵抗はできないものよ」
スリスリと下顎をこすってくるお姉さん。
とっさに噛み付けば指くらい奪えるだろうか。
「やだー、そんな怖い顔するぅ? ここにきてようやく反抗的な態度かしら?」
「はっきり言うと、イライラしてます。お姉さんが憎たらしいくらいです」
なぜだかわからないが、僕の中で突然怒りが芽生えた。
それはどんどん膨らんで、息が荒くなるほど景色が赤く染まっていく。
鎖が煩わしい。引きちぎって自由になりたい。
「あはははっ、かわいいお顔が真っ赤よ? そんなに怒っちゃったんだ」
「うるさい……です」
「自分でも感情を抑えられてない感じね。私が操作してるから当然なんだけど」
お姉さんはあっさりとタネを明かしてきた。
突如湧いた怒りはお姉さんに操られ、無理やり生まれた感情らしい。
いつの間に操作したのか。
「ほらね、感情は抑えられない。喜びも悲しみも、怒りも快楽も。もはや感情を出すことは私たち人間にとっては他ならぬ本能なのよ。文化的で社会的な生き物がゆえの本能――」
「やめっ……! 触らないで!」
「そうそう。そのままお姉さんに抵抗なさい。そこから堕ちていく姿が、いっちばん興奮するの」
欲求とか感情とか、そういうものが身近すぎて気がつかなかった。
こんなにも人は弱いんだ、と。
操り人形のように物理的に動かされてるわけじゃない。けど、感情という糸が僕を縛って動けなくしてくる。
「わかったでしょ? もう誰も勝てないの。そして、このユートピアはとめられない」
お姉さんは大した感情の起伏も見せず、淡々と笑って僕の椅子を倒した。
後ろに倒れた椅子と、そこに縛られている僕。何もできない悔しさだけが天井に映る――。
「うん、でも……。やっぱり、ヤってる途中に乱入されても興が削がれちゃうわね。適当に潰しておきましょうか」
倒れた椅子を尻目に、指の鳴る音だけが暗い部屋に響いた。
すると、それとは別に足音が部屋を歩き始める。
「お呼びですかぁ? マジだるいんすけど……」
僕からだと姿は見えないが、たしかに別の女性の声がした。
最初からいたのか、それとも今出てきたのかさえわからない。
「ルヴィ。私がネズミを駆除しているうちにあのコのセッティングをしてほしいの」
「あぁ、また……。サキュバスが言うのもあれっすけど、よく飽きないな。しかも女相手とか、燃えねー」
「アバターは女でも、中身は思春期の男のコよ。今回はそういう気分だったから。それじゃあよろしく」
「えぇ……。わざわざ女体化させて誘拐とかキモ……」
ほどなくしてお姉さんの気配がしなくなり、倒れた椅子が新たな誰かの手によって戻される。
彼女は、金髪の女性だった。
「おっす……。あんたも大変っしょ。あんなキモいド変態に捕まっちゃって」
「あ、あなたは……?」
「あん? 名前はルヴィ。一応サキュバスなんだけど、もっとイケメンな兄ちゃんの方が好みなんだよなー」
「お姉さんの、手下ですか」
「つーか、ペットみたいな扱いされてる。なんであんなキモ女の配下に加わっちゃったんだか……」
もしも今の状況が好転するきっかけを述べねばならないとするならば、僕はすぐにルヴィの存在を挙げるだろう。
おそらく忠誠心はない。そして、彼女がただのNPCモンスターなら僕の意思疎通極振りスキルたちが活躍するはずだ。
逃げ出すなら、彼女を利用するしか――。
もう他人に調教された状態のモンスターを再捕獲できるかはわからない。
けれども僕はこのサキュバスを、なんとしてでもお姉さんから奪わねばならなくなった。
とんでもないスローペース更新、申し訳ありませんっ!
ぼちぼち頑張ります……!




