出会いの次は別れだけ
「リザ、僕をおぶって! ルグリは咆哮、シルルはさっきルグリが倒したサキュバスたちからMPドレイン!」
僕は槍を握り直してリザの背中に乗りかかった。
ドラゴンの本能全開なルグリの叫び声が、室内の壁を震わせる。
作戦はこうだ。
今の【咆哮】でお姉さんに防御力ダウンのデバフをかける。そしてルグリが突っ込む――と思わせて、気を取られているうちにリザが接近。僕が槍を振って麻痺させる予定だ。
この不意打ち作戦がダメだったら、あとはルグリが隙を作ってくれるところを待つしかない。そうなったらきっと長期戦。【インスティンクト】で戦うにはシルルのMP補給は不可欠だ。
とどのつまり、不安定。
お姉さんがどれほど強いかはわからないけれど、こっちは作戦がなければまともに戦えない。
特に僕ひとりになった場合は最悪だ。
「主! 妾、出るぞ!」
「うん、行って!」
いつも以上に気合の入ったドラゴンは、小さな体に似つかない強靭さを秘めていた。
飛び出しただけで風がすごい。まるで、電車が通過したみたいだ。
「NPC……。ただの偶像にすぎないあなたたちが、創造主に歯向かうなんてね」
「ほざけ! 妾は、今や主の言う『かっこいい』が生きがいになっておるのだ! 貴様もその贄となれ!」
「その主サマを間違えんなっつってんの」
お姉さんは一歩も動かなかった。
ただ、飛びかかるルグリの頭に手を乗せて一言――。
「【魅了】」
「え……」
それだけ。たったそれだけだった。
けれど、それだけでルグリは動きを止めてしまう。
なんだ。何が起こった……?
「ねぇ、ハヤトくん」
「な、なんですか! ルグリに何をしたんですか!」
一歩ずつ足音が近くなる。
ハイヒールみたいな靴のせいでなおさら音が大きい。
「このゲームで一番強いプレイヤーって知ってる?」
「クリフさん、ですかね……」
「あぁ、彼ね。たしかに強いわ。けど残念」
「じゃあその流れだと――」
「ええ。お姉さんよ。このゲームでいっちばん強いのは」
リザを捕まえた時、ジェールさんが言っていた。このゲームのトッププレイヤーは700ものレベルがあると。
けれど、200にもいっていないジェールさんはクリフさんよりやや弱いくらいの戦力。たしかに勝てはしないだろうけれど、もしもクリフさんが700超えだったら、さらに圧倒的だったはずだ。
すなわち、クリフさんのレベルも200か、強くて300くらいだと思う。
じゃあ本当の頂点は。
もちろん、目の前にいる――。
「これ、やっぱりPvPじゃないですか! お姉さんってなんなんですか! どうして対人戦がラスボスなんですか!」
初代ラスボスの跡を継いだのは、その子孫なんじゃなかったのだろうか。
このゲームの皮をかぶった洗脳装置で、いったい何が起きているんだ。
「そうねぇ……。昔話もしてあげたいけど、まずはここの決着をつけないと」
「あ……。あぁ……」
ルグリは固まったまま動いてくれない。
背中しか見えないから、本人がどういう状態かも確認できない。
ただただ、立ち尽くしている姿だった。
僕はその背中と、本当に敵意があるのかわからないお姉さんのせいで動けずにいた。
見とれていたわけじゃない。けれど、なぜか僕は動くということを忘れていて、それこそが当たり前のような感覚だった。
これが絶望というものなのかもしれない。
「ご主人! ねぇ、何してるの!」
「……あっ。ごめん」
「ごめんじゃないよ! これからどうするの!」
緊迫したリザの声で目が覚めた。
そうだ。このまま負けると決まったわけじゃない。
ゲームで必要なのは相手の攻撃パターンを知ること。まずは、お姉さんがどういう能力を持つのか解き明かさないと――。
僕が顔を上げると、お姉さんは消えていた。
僕とリザがちょこっと話をしていた一瞬でどこかに行ってしまったのか……。
「ご主人様! 後ろです!」
「ふふ、リザードジュランは定期的に発情するから堕としやすいのよね」
お姉さんは後ろへ回っていた。
シルルが場所を教えてくれても、もう遅い。
後ろから僕を背負うリザの頬にベタッと手をつけて、また一言発する。
「【魅了】」
声だけは僕の耳元でささやかれ、その後に細い吐息が穴の中をくすぐった。
「さぁて、ふふ。NPCはどうでもいいけど、キミみたいなかわいい男のコ、お姉さんの大好物なのよ」
「ちょっ……!」
声が僕にしか聞こえなくても、どうやらその効果はリザに与えられたらしい。
リザもぼーっと斜め上を見上げて、魂が抜けたように動かない。
僕自身はというと、リザの背中から引き剥がされてお姫様抱っこをされてしまった。
お姉さんの胸が邪魔で安定しない。なのに、暴れてもここから抜け出せない。
おそらくレベル差のせいだ。
「シルル……! 逃げて!」
「ご主人様、そんな――!」
「早く!」
レベル差がヒドいとなると、速度のステータスも尋常じゃないはず。
全滅だけは避けたいし、そもそもお姉さんのやっていることがわからない。
魔法なのか他のスキルなのか。そもそもジョブは? サキュバスじゃないのか?
思いが届いたのかわからないけれど、とにかくシルルは逃げを選んでくれた。
お姉さんはそれを追わず、ただただ僕の顔を見て微笑むだけ。
「……勝ったつもりですか。いいですよ。僕を殺すなら、殺してください」
「違うわよ。言ったでしょ、昔話をするって。ちょっと移動しましょうか」
僕を抱えたまま、シルルが逃げたのと別の方向にお姉さんは進む。
負けた。僕は負けたんだ。
相手のトリックを何も見破れないまま、一方的に――。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと忙しくなってペースダウンしています。ごめんなさい……。
そして、もうすぐクライマックスです!




