出会いがいいものとは限らない
夢の中で夢を見る感覚ってわかる? マトリョーシカの中みたいな……。
僕は今、そんな状況に存在している。
お姉さんの家でゲームの世界に飛び込み、そのゲームでもまたお姉さんの家に行って――。
「そもそも、ここはなんなんですか? TSリリー・オンラインと同じ世界ですか?」
ゲームの途中だったはずなのに変わった景色。
お姉さんが腕輪をいじるだけで物体が出たり消えたりするし、やりたい放題だ。
「そうね、TSリリーの中ではあるわ。でも普通のプレイヤーには来れない世界だけれど」
「どうして、お姉さんがラスボスなんですか。これじゃPvPですよ」
「焦らないの。すぐに答えを見せてあげるから」
お姉さんの家の中には僕がいた。
ハルカじゃなくて颯斗の僕。頭全体を機械で覆った状態で横たわっている。
「これはキミだね。現実でもこの部屋の、このベッドでゲームをプレイ中……」
「待って! どうして僕の実写が用意されてるんですか! 許可とかとってないですよね!?」
「あ、心拍数上がった。診断結果は『興奮』って出てるねー」
不穏なことを言ったお姉さんの視線はやはり腕輪だった。
あの人のつけているものと僕のつけているものは明らかに性能が違う。
おそらく、ただのプレイヤーには用意されていないような――。
「ぴんぽーん、大正解! キミの体温、心拍数、脳波、その他いろいろ……。全部を解析して思考さえリアルタイムで見れちゃう魔法の機械だよ」
「頭につけてるアレだけで、全部わかるんですかっ!? そんなのどうやって!」
「脳はすべてを司ってるからね。体温調節の信号とか、自分の感じる感情さえ脳によってつくられる虚構なんだよ。脳を支配すれば、なんだってできちゃう」
なんだってできる……?
じゃあ僕たちは、この人に絶対勝てないじゃないか。こっちの考えだって読まれているし。
「ハヤトくん、意外と頭悪いみたいね。嫌いじゃないよ、バカな子って」
「なっ……! 失礼ですね!」
「だったらどうして『なんだってできる』範囲をゲームの中だけだと思ったの?」
え……。
それは、だって……。
頭につけているのはゲームのためだから、ゲームにしか効果がないんじゃ……?
「あっはは! バカぁ? はははっ! このゲームの世界そのものはキミの脳にダイレクトに五感の情報を送ってるのよ? つまり、キミは現実の中でゲームを体験しているの」
「え……? へ……?」
「うーん、どう言ったらわかってくれるかな。今、足の裏に感覚があるでしょう? 床に立ってる感覚が」
ある。
だって僕は、ゲームの世界の中で立ってるんだから。
「違う。キミが立ってる時と同じ電気信号を脳に送ってるだけ。だから、もし部分的にそこの信号を切れば――」
「うわ……。うわわ!」
僕はバランスを崩して前に倒れてしまった。
脚の感覚がない。まるでなくなったみたいに。
どこを触っても他人のものみたいに思えて、しかもうまく膝を曲げたり伸ばしたりすることもできない。
「わかる? 感覚の付与、感覚の消去――。しかもそれは五感の全てで行える。このゲームの世界はそれらを過剰に添加しただけなの。キミはどこにも行ってないわ。ずっとお姉さんの家で眠ってる」
「な、なにが言いたいんですか!」
「現実世界でもプレイヤーの体を操れるってことよ。この装置をつけておけばね」
操り人形だ。僕たちはゲームをプレイしてるつもりが、無自覚に操り人形になっていたんだ。
しかもそれはゲームの枠を越え、現実にまで牙をむいている。
なんとかして頭の機械を外さないと……!
「必死ねぇ……。大丈夫。今はまだ、ただのゲームってことになってるから」
「まだ……?」
「キミ、SNSはやってるかしら」
「教えませんよ」
この人、もしかしてネットストーカーでもする気なのか?
連絡先とか知られたくないなぁ……。特に携帯の番号とか。
「個人情報、お姉さんには知られたくないのね?」
「当たり前でしょ! 怖すぎますもん」
「でもキミ、SNSにたくさんの個人情報を登録しているでしょう? 『ソーシャルネットワーキングサービス』なんてキレイな言葉してるけどお姉さんだったら便乗して『個人情報収集ツール』を開発しちゃうかなぁ」
たしかにネット通販やらSNSやらはメールアドレスとか住所とか、いろいろな個人情報を入力しないと登録できないけれど……。
それでもみんなが使うのは安全だからじゃないのだろうか。
「ええ。多分安全なんじゃない? このゲーム以外は……」
「まさか、このゲームが作られた本当の意味って!」
「そうよ。人類の個人情報を掌握、さらにはやろうとすれば洗脳だって。つまりね、このゲームのプレイヤーが支払った財産は自分自身の肉体すべてなの」
電気信号を脳に送ることで、ゲーム内外問わずプレイヤーを操れる。しかも思考や記憶から個人情報を抜き取ることもできるし、やりようによってはそれらの消去すら……。
「今はまだ大きな機械を装着しているけれど『アナザーワールドオンライン』は全世界で多様なゲームを開発、どれもが大ヒットしてる。小型化の実現も遠くないわ。最終的には脳内に入っちゃったりして」
「それで、どうするっていうんですか!」
「だって完全な世界平和が実現するじゃない! 個人情報の掌握で犯罪も起きない、衝突があれば記憶抹消で解決。というか、面倒だし全員の感情を『幸福』で固定しておけば――」
「間違ってますよ! そんなの!」
だって、もうそれはプライバシーの侵害なんて騒ぎじゃない。
どこにいても監視されている。そんな恐怖が待っているだろう。
それに、自分で選択して生きるべきなんだ。
僕もテイマーとして、指示を出す役職として、いろいろな選択をしてきた。
それは自由であるべきだから。
「ま、普通はそう考えるか。でも、一回体感したらハマるわよ?」
「た、体感……?」
その一言が終わると、突然視界が消えた。
ブラックアウト――。何も見えない。
しかし、それは一瞬でもとに戻り、次に見えた光景は要塞の中だった。
どうやら僕は戻ってきたらしい。
「ご主人! ぼーっとしてどうしちゃったの! リザ、もう毒は治ったよ!」
「主、もう待てぬぞ! 早くしろ! 戦うのか、逃げるのか!」
「ご主人様! しっかりしてください!」
それなりに時間は経っていたのだろうか。モンスターたちは血相を変えていた。
前をよく見ると、赤髪のサキュバスが接近してきている。
「ごめん、大丈夫! 戦おう……!」
僕は覚悟を決めた。
お姉さんは狂ってる。
この勝負で勝たないと、本格的にこのゲームはディストピアを実現する装置になってしまう。
お姉さんは、ここでゲームオーバーにさせなきゃ!
「来なさい、ハヤトくん。お姉さんがたっぶり調教してあげるから……」
僕が救ってみせる。
このゲームも、現実の世界も――!
お読みいただきありがとうございます!
ついに、最終決戦――。
(あと1話で終了するわけではありませんが)




