出会いを思い出して
道は前後に伸びている。
前にはサキュバスたちと赤髪の女性。後ろは要塞の奥へと続く道。
きっと前に進めば、この要塞に入ったときの入り口へ繋がっているはずだ。
だけど、言わずもがな危険。サキュバスと、ラスボスが待っているのだから。
対して後ろは安全のように見えるけれど、要塞の奥にまで迷い込むことになる。
別の出口が見つかるかもしれないけれど、行き止まりって結果になる可能性もあった。
本当ならばジェールさんとカトレーさんが助けに来てくれる予定だったし、何よりラスボスに挑むのはまずい。
ここは後ろへ逃げたほうが――。
「――あれ、あの人って!?」
僕が逃げる前に赤髪さんの顔だけでも見てやろうと注視していたら、その姿に見覚えがあった。
思えば赤髪ははじめて見る髪色じゃなかったんだ。
その髪色はゲームを始める一番最初に目にしていて――。
「お姉さんだ……! ゲームに誘ってきた、あのお姉さん……!」
どうしてラスボスが彼女なのか。
これだとPvEじゃなくてPvPじゃないか。
そもそも、お姉さんは何者なんだ。
僕が提示された謎に立ち止まっていたら、ビュンっとドラゴンが前へ出た。
ルグリは戦う気満々で、僕の指示を待たずにサキュバスを蹴散らし始める。
シルルをポコスカ殴っていたサキュバスたちはルグリのハイキックやら爪での攻撃でことごとく吹き飛んでいった。
そして次はお姉さんに――。
「待って、ルグリ!」
戦ってしまう前に、僕は声をあげた。
初対面の人に暴力を振るうのはなんだか失礼な気がした。というのも今までのPvPは現実での接点がないからこそ、容赦なく戦えたんだ。
このゲームが終わった後、現実に戻って気まずい空気にならないだろうか。
戦うにしても、せめて「対戦お願いします」的な一言が必要なんじゃないか。
顔を知っている。だからこそやりづらいっていうのは、ゲームによくあることだった。
少なくとも僕の中では。
その人の顔色によってはイジワルすぎる戦法を控えたりとか、とにかく両者が笑顔でいられることを優先したんだ。
だってそのほうがお互いに楽しいと思うから。
「赤髪さん。あなたはサキュバスの女王じゃなくて、さっきのお姉さんですよね」
さっきと言うには時間が進みすぎてしまったかもしれない。
けれど、その言葉で意味は伝わってくれたみたいだ。
「その通り。キャラクリエイトぶりね、ハヤトくん」
微笑むお姉さん。
僕はその発言でハッとした。
「そうだ、名前! なんでハルカなんて女の子の名前にしたんですか! というか、どうして僕の性別を女にしたんですかっ!」
「ふふふ。どう、このゲームは? 気に入ってくれた?」
シカトされた。
ひどいなぁ……。
「面白いとは思いますよ。モンスターが人になるってビックリしましたし、このビリビリの槍だって相手から奪っちゃいましたもん」
自由度の高さ。
たしかにそこは面白い。
「……けど、なんだか疲れます。リザは発情するし、PvPでも変な人ばっかりだったし」
「ご主人、リザの発情は生理現象だから……」
「ご、ごめん……。そんなうるうるした瞳で見ないで」
毒のせいもあってか、なんだか罪悪感。
さすがに病人に対してはキツく当たれなかった。
「変な人、ねぇ……。なにをもって変だと決めつけているの?」
「え……? だって、僕の胸を触ったりとかありえないでしょ。現実でやれば逮捕されますよ」
「そうね。で、だから?」
は……?
何を言っているんだお姉さんは。
じゃああなたは知らない人にもみもみされていいんですか?
「ふふ、うふふふふ……。滑稽ねぇ、自分のやったことも覚えてないのかしら」
「やったこと……?」
「あぁ、そっか。キミは独裁者側だから、さらにタチが悪かったわね。自覚なし、と……」
「なんなんですか! はっきり言ってください!」
お姉さんはふんわりした雰囲気だったはずなのに、今は違う。
ものものしさ。それを感じた。
「このゲームが一部の研究者から問題視されてることは知ってるかしら。正しくはTSリリーだけじゃなくて『アナザーワールド・オンライン』のシリーズ全部だけれど」
「知ってます……。現実との違いがなさすぎるって」
「えぇ、ないでしょうね。脳に直接信号を送っているんだから」
お姉さんが自分の腕輪をポチポチと操作したら、要塞が一瞬にしてなくなった。
代わりに視界が捉えたのは現実世界の青空。お姉さんが声をかけてくれた場所だ。
お姉さんはまだ赤髪の姿のままだし、僕の姿もゲームのまま。
けれど、さっきまでいたはずのサキュバスたちや僕のモンスターたちは跡形もなく消えていた。
「さて問題。ここはゲームの中? それとも現実?」
「ゲームですよね。それくらいわかりますよ」
「あらそう。じゃあ次……」
またお姉さんが腕輪を操作したら、ホログラムのようにポテイトさんが出てきた。
黒いスーツを着て、腕時計を見ている。
サラリーマンみたいな風貌だ。
「いつもは真面目にお仕事を頑張る会社員。これが本当の彼の姿」
「そ、それがなんだって言うんですか……」
「そうね――」
お姉さんの手には包丁が握られていた。
さっきまではなかったはずなのに、どうして。
けれどそれだけでなく、お姉さんは僕にそれを差し出して変なことを言う。
「ここを現実と仮定して。キミ、この人を殺せる?」
「げ、現実で……!? なに言ってるんですか!」
「ついさっきまでキミがやってたことよ? 人を殺して、遺品を強奪して――」
「待ってよ! だって、ゲームでは死なないじゃないですか!」
このお姉さん、狂ってる!
ゲームはたしかに戦いで勝敗が分かれるし、HPがなくなればやられて倒れる。
けれどそれは本当に命を奪ってるわけじゃない。復活だってするし、完全に別物だ。
それとこれとを同じにするなんておかしいよ。
「ふふん、まだできないのね」
「な、なんなんですかホントに! なにが目的なんですか!」
「いいわ、教えてあげる。このゲームが作られた本当の意味を――」
お姉さんがポテイトさんに包丁を投げると、ぶつかった瞬間にどちらとも消えてしまった。
塵みたいに、バラバラと。
「ついてらっしゃい。もう一回行くわよ。お姉さんのおうちに、ね」
二人っきりの世界でお姉さんは歩き出した。
風も吹かない世界で、ただ――。
お読みいただきありがとうございます!
そろそろ終盤です!
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