現時点で一番出会ってはならない存在
なんとか速さでゴリ押して、僕たちは薄暗い部屋の中に逃げた。
倉庫――のような場所。
よくわからない大きな機械があるだけで、人はいないし警備装置もない。
その先の逃げ場もない。
本当に閉鎖的な空間で、けれどそれゆえに誰も探しに来なかった。
「リザ、大丈夫?」
「うん……。死にはしないだろうから、大丈夫……」
「そう……?」
大丈夫そうには見えない。
息を荒くしながら悶え苦しむリザ。
ステータスを確認したらそこには『猛毒』と表示されていた。
察するに、普通の毒よりも強力なのだろう。
「この部屋に回復アイテムでもあればいいのに……」
この部屋にあるのは四角い箱状の機械だけ。
青く光る横棒が箱ひとつひとつにあって、それは装飾ってわけでもなさそうだ。
おそらく工場で動いているような実働的な機械じゃなくて、コンピューターみたいなものなんだろう。
しかし謎の機械には近づくことができない。
そこにはガラスの壁があって、正攻法で攻略するにはガラスの扉につけられているセキュリティを解除しないといけないようだ。
明らかに暗証番号を入力するためにつけられたような数字のボタンと液晶があるから間違いない。
「ここから先は行けないし……。たとえこの機械たちの奥に行っても、出口があるとは思えないよね……」
そもそもこの機械は……?
電力装置かなにかかな?
そしたら、これを壊せばセキュリティシステムをダウンさせることができるのかも。
「でもまずは報告かな……。カトレーさんに返信送ろっと」
メッセージの再生画面から返信を選択すると、腕輪からとても小さなドローンが飛び出してきた。
ドローンはホバリングしながら赤く点滅している。これ、録画中?
「えっと……ハルカです。いろいろあってリザがバテたので今は隠れてます。大きくて四角い機械が並ぶ部屋にいるんですけど……。そっちはどういう状況ですか? 今後の方針を指示してもらえると助かります」
僕が言いたいことを言い終えたら、ドローンはまた腕輪の中に戻っていく。
すごい。中の構造はどうなってるんだろう。
あ、そうか。ゲームだから中の構造も何もないか。ただの演出にすぎないや。
リザに話しかけると苦しそうだから、僕は機械をぼんやりと見つめていた。
ガラス越しにゴウンゴウンと稼働する音が聞こえる。
なんて言うの? しーぴーゆー(?)かもしれない。
まぁ、それを知ったとしても意味はなさげだけれど。
適当に考察をしたら、早くも腕輪が光った。
カトレーさんからの連絡だ。
『よぉ、すまねぇな。初心者に重荷を背負わせちまって――って言うのは嬢ちゃんのプライドが傷つくか? とにかくすまん。まったく、口ベタだな俺……』
初手ですごい謝られてしまった。
そんなに謝られてしまうと、こっちも申し訳ない気持ちになる。
『んで、こっちの状況だけど……。とにかく中は侵入した。ジェールと俺でサキュバスどもをしばき倒してるんだが、嬢ちゃんのモンスターたちがいなくてな。ちょっと目を離したらどこか行ってたんだよ』
あぁぁぁ!
ごめんなさい! ごめんなさい!
それはこっちが悪いです、本当にごめんなさい!
けど、シルルは遅いはずだからそんなすぐにどこか行くなんてないと思うんだけれど……。
遅すぎて置いていかれたなんてことはないよね。ちょっと目を離したら、だもんね。
『とりあえず俺たちで嬢ちゃんを助けるから、そこで待っててくれ。その後はラスボスとは戦わないで逃げよう。ラスボスとの決戦はおあずけだ』
メッセージが終了した。
ますます申し訳ないです……。
だいたい僕のせいで作戦が台なしになったよね。
本当に迷惑かけちゃったなぁ……。
しかも、シルルとルグリもどこ行っちゃったんだろう。
シルルの脚だとはぐれるのは難しいから、もしかしてルグリが起きた?
どうして彼女らがはぐれちゃうのかと言うと、もしかして僕を探してる……?
「ルグリとシルルがいれば戦えるかな……」
うん。できそうだ。
待っててくれってカトレーさんには言われたけれど、迷惑をかけたのは僕たちだ。
これは僕たちで解決しないと。
「リザ、体調はどう? 外に出れる?」
「ぺっ、ぺっ……。さっきよりかはマシかな……」
「じゃあ、そろそろ出ようか」
僕は指を口にくわえて、息を吹いた。
ピュピュイ――。
高い音が部屋に響いて、けれども外には聞こえていないはずの音。
その聞こえないはずの音で、あの子たちは僕の居場所がわかるんだ。
だってゲームだもん。
「主ぃぃぃぃいい!」
思ったよりもすぐに来てくれた。
バキバキと壁を破壊して、ルグリの登場だ。
やっぱり体の一部がドラゴンに戻っている。もう全部ドラゴンにしてもいいんだよ?
「主、心配したぞ! 無事か!」
「うん、僕は大丈夫……。おぉ、よしよし」
頼もしいセリフのくせに抱きついてきたルグリ。
ちょっと、僕のお尻に爪先刺さってますよ。チクチクくすぐったいよ。
「あれ? シルルは?」
「囮になっておる。あやつの防御力は凄まじいな」
「そっか……。じゃあ、早く逃げよう。リザも毒になってるし」
「毒か……。妾が思うに、いっそ全部出すといいぞ」
へ? だ、出す……?
「リザードジュランよ。少し苦しいけど、我慢するがよい」
ルグリはおもむろにリザの口へ手を突っ込もうとして――。
「ストップ! ルグリ、それはちょっとまずいんじゃない……」
「大丈夫だよ、ご主人……。リザ、ご主人のためならいくらでも吐くよ……」
「僕にそんな趣味ないんですけど! 自然治癒でいいから! ほら、早く行こ!」
女の子が吐く姿はどうしても見たくなかった。
かわいそうだし、僕自身がそういうものの耐性ないから……。
見たら僕も気持ち悪くなっちゃいそう……。
ともかく、気を取り直して部屋の外へ。
僕は光とともにシルルと、そしてそこに群がるサキュバスを見た。
けれどそこで、ゾクリとしてしまった――。
大群がおぞましいからじゃない。
だってシルルは余裕の表情だ。
ダメージも受けてなさそうだし、MPドレインでサキュバスたちを脱力させている。ちょっとセンシティブかも。
けれど問題なのはその先……。
ゆっくり、ゆっくりと奥から歩いてくる。
その赤髪を僕は見てしまったから。
お読みいただきありがとうございます!
ついにラスボスがッ!
初心者一人で大丈夫でしょうか……?




