出会った相手が強すぎるし、なんかキモチワルイ……
「あぁ、情熱的だね。君の剣筋は夕陽のようだ!」
「わけわかんないことばっか言いやがって! また舐めプか!」
「僕は女性の顔に傷はつけたくないからね。特に姫君には」
「うるっせぇんだよ!」
おかしい。
ジェールさんが攻撃をしても【聖剣】さんは避けるだけだった。
左手に握っている細長いもの――恐らく鞘に納まってる刀――は一度も使っていない。
なんだかキザなセリフばかり言って微笑むだけ。
何がしたいの、あの人。
「オラぁ! お前もさっさと攻撃しろっての!」
「怒った顔も美しい……。さすがは炎の姫君だ」
ジェールさんが剣を大振りにスイングした。
しかし【聖剣】さんはそれを避け、ジェールさんの脚を薙ぎ払う。
「――うわっ!」
転倒しそうになる直前、その体を転ばせた元凶が受け止める。
ジェールさんは不覚にも【聖剣】さんにお姫様抱っこされるような姿勢になってしまった。
一瞬でジェールさんの顔が赤くなる。
「何やってんだお前! 死ね! この、この!」
「ふふふ、この姿勢だと剣も振りにくいだろう。これで君の顔をじっくり眺め――」
パァァアアアン――。
鼓膜が破れんばかりの轟音が響いた。
謎の音に野次馬たちはザワザワとどよめいたが、ハルカには聞き覚えがある。
これは、銃声だ。
肝心の銃弾は【聖剣】さんの頭に大当たり。
外傷も弾の貫通もしないが、当たった瞬間に大きく頭だけがのけぞっていた。
それほどの威力だったのだろう。
「誰だ……! 僕のお姫様に当たったらどうしてくれていたんだ!」
「お、お前! 今直撃したよな!? なんでノックバックしないんだよ!」
「ふふ、君を放したくないからさ。死んでも放さないよ」
「だったら殺させろ! 早く降ろせ!」
【壮烈】と【聖剣】の言い争い。
しかし銃声の正体がその空気をぶち壊す。
野次馬の人混みから出てきたのは【隻眼】こと金髪さん。
「お初っすね。【聖剣】さん」
「誰かな、君は。さっきの弾丸は君の仕業か」
「ジェールの戦友だよ。俺はカトレー。あんたには【隻眼】ってほうがわかりやすいか」
「僕はクリフ。ふむ、あの【隻眼】がこんなにもキレイな女性とは思わなかったよ」
うわ! あの人、ジェールさんに気があるとおもったら【隻眼】さんにもナンパ始めてるじゃん!
本当に何がしたいの!?
「あんた、男性プレイヤーの中でもトップレベルなんだって? ぶち抜いてやるよ、その頭」
細長い銃を構え、クリフに照準を合わせるカトレー。
狙撃にしては近い距離だったが、近いほどカトレーにとっては好都合だ。
頭以外の部位に当たる気がしない。ぶち抜く未来しか見えない。
「お姫様。少しだけ子猫ちゃんの面倒を見てくるよ」
クリフがジェールを優しく地面に降ろしたが、それでジェールが丸め込まれるはずもなかった。
着地するなりすぐさま剣をぶん回すが、やはりクリフには当たらない。
「嫉妬しないでおくれ。僕の本命はあくまでも君だからね」
「誰がするか! この、この!」
「ふふふ……。顔が赤いよ。風邪でも引いたかい? おっと、君の症状は風邪じゃなくて恋患いだったね」
ついに【聖剣】が剣を抜く。
その瞬間、野次馬の全員を冷たい風が撫でた。
ハルカも冷風にゾゾッと身が震えてしまった。
ジェールさんを『炎の姫君』と呼んだ意味がわかったぞ。
ジェールさんは炎を扱わない。壮烈って名前や勢いはたしかに燃えたぎっているけれど。
本当の意味は、あの人が氷を使っているからだ。
あの人はジェールさんと自分を対にしたかったんだ。
『炎の姫君』と『氷の貴公子』なんて、お似合いカップルだろう。
なんか、顔はいいのにキモチワルイ人だなぁ……。
無理やり彼女にしようとしてる感じがすごい。
「じゃあ、お姫様の特等席を作ろう。【レイビス】」
クリフさんの振るう剣は、振るうというより舞っていた。
剣舞――。
そのしなやかな動きで操られる剣は冷気を司り、ジェールの足元を凍らせていった。
「時間がなくて簡易的だけれど、どうか許してほしい」
「ぐっ……! 動けないか……!」
ジェールさんはすぐに自分の剣で脚を包む氷の塊を削り始めたが、なかなか時間がかかりそうだ。
そのうちに、【聖剣】と【隻眼】が対峙する。
「やぁ、かわいい子猫ちゃん。遠くから狙うなんて、君も照れ屋さんだね」
バァン――!
言葉を挑発と受け取ったカトレーが無言で発砲した。
もちろん弾丸の行き先はクリフの頭。
果たして、その小さな鉛は氷を纏う剣に切られてしまう。
剣の扱いはリアルステータスなのに。
「照れ屋のくせに大胆……か。いいね。姫がいなければゾッコンだったかもしれない」
「いちいち気持ち悪いな! 言っておくけど、リアルの俺は男だから!」
「ふふ、構わないよ! 僕だって女だからね!」
そうなの!?
ハルカの驚愕はさておき、クリフが本格的に剣での攻撃を始めた。
素早い猛攻だが、なぜかどれもがカトレーの横を過ぎていく。
「お前、全部わざと外してんな……! だったらお望み通り殺してやらぁ!」
「美しい女性を傷つけたりはしないって、さっきも言ったんだけどな」
「知るか! この勘違い野郎!」
カトレーが銃を投げ捨てた。
細長いライフルはそれなりの質量で、当たれば相手の姿勢を崩すくらいできるかもしれない。
しかし、クリフの前では無意味。それさえも一刀両断されてしまう。
だが、その時。
カトレーが自分の腰から二丁の銃を引き抜いた。
銃種はサブマシンガン。この銃の連射力は向かってくる相手の迎撃にもってこい。
そして、さすがに弾丸の雨をリアルステータスで対処できるとは思えない。
「これで、終わりだ! 【集中砲火】」
「いい! とても情熱的だ! 【タイタン・レイビス】」
リアルステータスでダメならスキルで対処するまで――。
クリフの眼前に巨大な氷塊が現れた。
それが盾となり、弾丸を受け止める。
「【メデュース・レイビス】」
「なっ……!? なんだこれ、体が勝手に……!」
なぜかカトレーの手足が先のほうから凍りついていく。
目では見えないが、冷気がカトレーを襲っているみたいだ。
トリガーを引く指は動かなくなり、脚もガチガチに固まってしまう。
動けない。このままだと確実に死ぬ――。
「ふふ、捕まえたよ。子猫ちゃん」
「ひゃっ!?」
死ぬはずだったのに。
この男。いや、リアルでは女らしいが。
とにかくこいつ、ハグをしてきた。
「ほら、僕の顔をしっかり見て。照れちゃダメだからね」
「テメェ! 何がしたいんだよ! 真面目に戦いやがれ!」
「真面目に戦っているさ。戦って、勝った」
「――ざっけんな! 俺は、こういうゲームで舐めてくるやつと煽ってくるやつが大ッ嫌いなんだよ!」
暴れようとしても動くことはできない。
クリフがすぅっとカトレーの頬に触れた。
「冷たっ! お、お前の手、どうなってんだよ! マジで寒ぃ……」
「カトレー! 気をつけろ! そいつ、ジョブは剣士なんかじゃないからな!」
突如ジェールが叫んだ。
その叫びには悲痛さが込められている。どこか緊迫した声色。
「そいつは――!」
「お姫様。少しだけ、僕の無礼を許してくださいね。子猫ちゃんにも……」
おやすみのキスを――。
カトレーだけに聞こえるよう囁くと、すぐさま唇を奪った。
カトレーは突然のキスを苦しそうに受けている。
人前なのに何をしているのかとその場の大勢が思った。
けれど、これはれっきとした攻撃。
冷たいキスが10秒ほどされたところで唇は離れた。
けれど手遅れだ。とろんとした目つきのカトレーは、もう助からない。
「あふ……。な、なに、して……。あれ……? なんか、眠く……」
「ふふ、美しいまま眠ってくれるね。いい子猫ちゃんだ」
「なに、しやがった……。くそ、くそ、ぉ……」
眠るようにカトレーが目を閉じた。
ガクンと体が倒れそうになり、それをクリフが抱きかかえる。
「僕のジョブは【ネクロマンサー】だからね。今のはその奥義。子猫ちゃんの命、いただいたよ」
【聖剣】と呼ばれたのは剣の扱いに長けていたから。
たとえ剣士じゃなくても武器は買えるし、装備だってできる。
ネクロマンサーのスキルと組み合わせれば氷属性を付与できることもわかったし、なにより剣との相性がよかった。
ネクロマンサーは死霊を操って戦う、テイマーじみたジョブだけれど――。
「僕は生きてる『人』が好きだから。『死霊』なんか使う気はないんだよね」
氷属性極振りネクロマンサー。
それが【聖剣】の本当の姿だった。
「さて、お姫様。お待たせしたね」
カトレーの亡骸を優しく抱きしめながら、クリフはジェールの前に移った。
「くっそ……! お前、毎回キスして殺すじゃん! もう別の方法で殺してくれよ!」
「ダメだよ。姫君が傷ついてしまう」
「で、でも、私、現実はしたことなかったんだぞ……。お前がはじめてした時、ちょっと傷ついたんだから……」
「はじめましての時は少し強引すぎたね。でもお姫様――」
クリフがジェールの顎に指を当てる。
無理やりジェールの顔を上げさせ、視線を合わせ、そこでクリフはまた微笑んだ。
「もうその傷も癒えただろう? なんせ、僕のことを好きになったのだから」
「うるさいうるさーい! お、お前なんて好きじゃないっての! おかげでリアルの彼氏とか変な冷やかしされるようになったんだからな!」
「リアルの僕は女性だし……。そっちはそっちで別の恋人がいるんだけどなぁ。まぁいいや、そしたらお姫様は誰が好きなのかい?」
「お前なんかに、言うもんか……」
まずい。
まずいまずいまずい!
あのキス、カトレーさんのHPをゴリゴリ減らしていった。
このままだとジェールさんもキスの餌食に……。
なんとか氷で動けなくなった脚だけでも自由にできれば――。
「シルル、ルグリもよろしく!」
銃声がするたびに泣きそうだったルグリをシルルに預けた。
うるさくてごめんね、ルグリ。
「よろしくって、ご主人様はどちらに……!?」
「ちょっとだけ時間稼ぎしてくる。誰も前に出ないし、もう僕がやるしかない」
「ダメです! 死んじゃいますよ!」
「一回くらい大丈夫だよ。せっかくだしリスポーンを経験するのも悪くないでしょ」
テイマーに捕まる前のモンスターはリスポーンとかの概念がないから、死に対しての恐怖を鮮明に覚えているのかもしれない。
けど大丈夫。
これはゲームだし、それに僕は一人じゃないから。
「ルグリが目覚めたら教えて。ジェールさんとルグリが一緒なら、倒せるかもしれない」
「わ、わかりました……」
シルルは不安そうだった。
でもあの人、女性は傷つけないっぽいし、きっと瞬殺されたりしないよ。
心配しないで。
ハルカは人混みをかき分けて前へ出る。
初期装備の薄着コーデで、ついに野次馬より一歩前に立ってしまった。
どよめく観衆。
そんな中でもハルカは堂々としていた。
「【聖剣】さーん! ジェールさんなんか置いといて、僕と遊びましょうよー!」
「また子猫ちゃん……? おや、これはまた小さくてかわいいね」
小さいですと!?
あなたが高身長なだけです!
僕は普通です!
「ハルカ! なにやってんの、早く逃げて!」
「嫌です! だって僕、二つ名欲しいですし。それに、ジェールさんが負ける姿を見たくないので。このキザな人、ぶっ倒しましょう」
「ふふ、元気な子猫ちゃんだね。いい、嫌いじゃないよ」
クリフさんが剣を構えた。
妖しく笑って近づいてくる。
「じゃあ遊ぼうか。たっぷり愛してあげるよ、子猫ちゃん」
僕も男なのに、こんなセリフを言われる日が来るなんて……。
まったく、どこまで『愛され体質』なのさ。
お読みいただきありがとうございます!
こんな強いやつにどう立ち向かえというんだ!
やめろ、乗るなハルカ! よせハルカ、戻れ!




