チャンスは出会うってより作り出すものだねっ!
「オラぁ! 数だけいても同じだってのっ!」
大振りに剣を操る姿はまさに壮烈――。
攻撃は最大の防御という言葉は彼女のためにあるのではないかと思えるほどの攻めっぷりだった。
フェンサータンクは攻防に優れた前衛職。
重く、硬く。守るも攻めるも自由自在。
しかし、そのかわりに速度ステータスが劣るジョブであった――はずなのに。
「お、おい! あの女、槍が当たらねぇ!」
「一発でも当てればハメられる! なんとかして当てろ!」
彼女のリアルステータスは凄まじかった。
運動神経だけでなく、壮絶な反射神経を発揮。
フェンサータンクのくせに攻撃を、それはもう避ける避ける……。
防御力があるのに避けるなんて誰も思わないだろう。
そしてそこに驚いたプレイヤーは次の瞬間、ジェールの剣によって視界を閉ざすことになる。
攻撃が当たらない。ゆえに勢いは止まらない。
ソウレツなんて二つ名だが、愛憎たっぷりにこうも言われていた。
束になってかかる相手プレイヤーに対して「あいつも葬列に並んだな」と。
「いいねぇ! 楽しくなってんねぇ! もっと、もっと私を奮い立たせなぁぁあ!」
戦うほどに勢いは増す。
周りが見えなくなるほどに――。
「ジェールさん、まったく気づいてないや……」
ハルカは絶望していた。
状態異常ファミリーズたちは全員がジェールの首を狙いに行ったが、そのトップであるポテイトと自分は対峙しているのだ。
しかもリザは泡吹いて倒れてるし、ルグリは寝てるし、シルルは自分の身代わりに捕まっちゃったし。
これでどうしろというのか。
「ほら、おじさま。ご自由にしていいのですよ」
「おぉ、なんとけしからん……。むほほほ……」
「あらあら。そんな必死に見ちゃって……。わたくしの胸に穴が開いちゃいますよ。おじさまのえっち」
シルル、なんか楽しそう?
こちらとしては時間稼ぎでありがたいんだけど困ったなぁ……。
ハルカはこっそりとステータスを開いた。
リザの部分に『麻痺』『気絶』と赤文字で表示されている。
これを治す方法も知らないし……。
「そういえば、僕の好きなタイミングでスキルが発動できるんだよね……。シルルはなにがあったかな」
テイマーが不人気ジョブすぎるからか、みんな目の前の少女たちがモンスターであることを知らない。
僕がそこで不意打ちの指示をすればいい感じに傾くかも。
シルルのアクティブスキルは――。
『MPドレイン』:Lv.MAX
相手のMPを吸収し、自分のMPにすることができる。
自身のMPが全快の状態でも相手のMPを吸収し続けることはできるが、それによって最大値以上のMPを蓄えることはできない。
最大レベルの時のみ、ドレインした相手の防御力ステータスを低下させる。
強いけれど、これだけで倒せるわけじゃなさそうだね。
MPじゃなくてHPの戦いなんだから。
――でも、やるしかないか!
「ではさっそく失礼して。吾輩の手の熱をその不躾な胸に教え――」
「シルル! 【MPドレイン】だ!」
「あっ、ご主人様、わたくしが自分のタイミングで発動しようと思ってたのに! もう、欲しがり屋さんですね」
シルルは微笑みながら自分の髪先をポテイトの首につけた。
スライムに戻った髪先は聴診器の丸い部分のような形になり、MPを容赦なく吸い始める。
「ぐおぉおおおっ! 力がぁ!」
「うふふ……。おじさま、そんなに暴れないでくださいよ」
「ぎゃぁぁ! くっつくな! 離れてくれー!」
「さっきまで興味津々だったのに……。ワガママなおじさまね」
ポテイトさんは叫びながらシルルに槍を向けた。
密着状態で避けることはできない。
このままではシルルも麻痺になってしまう。
しかしそんな心配は無用であった。
『ぷにぷにボディ』:Lv.MAX
物理攻撃のダメージを95%軽減し、軽減後のダメージが自身の体力以上でなければ攻撃を無効化する。
この時、攻撃に付与されている状態異常やステータス低下も無効となる。
ただし魔法攻撃で受けるダメージが1.2倍になる。
これのおかげでシルルはノーダメージ。
ワンパン以外の物理攻撃は無効化するなんてすごすぎるよ。
「はぁい、これで全部ですね。うふふ……」
「あ、あぁぁ……」
シルルが離れるとポテイトさんは尻もちをついた。
体から力が抜けているようだ。
つまり今がチャンスだね。
「シルル! 今のうちにやっちゃって!」
「えっ……。わたくし、どなたかを傷つけるのはちょっと……」
「ふぇっ!? 僕の攻撃力じゃ倒せないし、シルルしかいないし!」
「スライムはMP吸収専門のモンスターなので……。ごめんなさい!」
えぇー!
そんなことあっていいの!?
平和主義か!
「クソッ! 吾輩のMPを封じたか! だが、その程度で勝ったと思うなよ!」
「ほら、向かってきてるよ! 倒さないと終わらないって!」
「じゃあご主人様、ぎゅーです! ぎゅー!」
「わぷっ――。戦闘中に何やってるのさ! 苦しいってば!」
突然のハグ。
ハルカはシルルの胸に顔を挟まれ、熱く強く抱擁されていた。
攻撃を避けるどころか逆に逃げられない。
「ご主人様、これで引き分けです。わたくしがダメージを与えられなくてもダメージを受けることだってないんですから」
「あ……。そういうこと……。でも引き分けだったら意味ないでしょ」
「うふふ、勝ちたいなら煽りましょう。まだ一人、隠し玉がいますものね」
まだ一人……。
ふと横を見たら険しい顔で眠るルグリがいた。
地面に丸まって寝心地が悪そうだ。
このままだと怒りそうな――。
怒らせちゃえばいいのか。
「ルグリー! おーい!」
「のじゃのじゃ……」
「ルーグーリー!」
「んぁ……? あるぃ? わりゃわ、ねぅ……」
ふにゃふにゃで何言ってるかわからないし、怒ってもくれない。
どうしよっかな、これ。
そうだ! スキル!
ハルカがルグリのスキルを確認すると『咆哮』と『インスティンクト』がアクティブスキルであった。
『インスティンクト』はなかなかの量のスキルポイントを犠牲に解放したから強いに違いない。
『インスティンクト』:Lv.1
モンスター本来の力を呼び覚まし、五感や各種ステータスを絶大に上げることができる。
発動中はずっと徐々にMPを消費し、レベルが高いほど消費MPも少なくなる。
強い……のかな?
説明は意外とあっさりしてるけど、とりあえず使ってみようか。
「ルグリ、夜だけどおはよう! 【インスティンクト】の時間だよ!」
発動!
ルグリは――。
「のじゃのじゃ……。のじゃぁ……」
「なんでー! 起きてよぉー!」
これ本当に発動してるの?
あ、でもルグリのMPがすごい勢いで減ってる!
すると、ポテイトがルグリの存在に気づいた。
ハルカが話しかけていることから仲間であることもバレてしまう。
ダメージの通らないやつを攻撃するよりかは攻撃する価値がありそうだ。
「ぐはは! もう眠っているが、吾輩はそんなロリにも容赦せん! 痙攣しろメスガキ!」
つばを飛ばしながら叫ぶポテイト。
その叫びはハルカもうるさいと感じた。
しかし、ルグリはもっと酷く聞こえているはずだ。
なにせ【インスティンクト】によって五感が研ぎ澄まされているから。もちろん聴覚も。
戦場の音。人の声。足音。
叫ぶな。うるさい。眠らせろ。
黙れ。黙ってくれないなら――。
「妾がすべて灰燼と化してくれようか! どいつもこいつもやかましい! 眠れ、永遠に!」
その『声』は、ハルカ以外の人間からするとドラゴンの『咆哮』でしかなかったという。
右手にはドラゴンの爪。背中から翼が生え、左の頬にドラゴンの鱗が現れる。
やっぱり火力担当はドラゴンだよね。
やちゃえルグリ! ボコボコにしちゃえ!
グォォォオオオ――と。
リンドドレイクの声が戦場を裂いた。
お読みいただきありがとうございます!
自分も胸に挟まれてみたいんですけどね。
なかなか実現しないんですね、これが。




