初心者狩りに出会った! すっごい怖い!
「おい、初期装備で歩いてるやつがいるぞ!」
「あいつリスキルされるんじゃないか……? 誰か守ってやれよ……」
「みんな自分のポイント稼ぎに夢中だぞ。あの女の子が敵陣営に見つかりませんように」
なんか、人気者になっちゃった……。
悪い意味で。
みーんな揃って初期装備だの初心者だの!
頭にきちゃうよ、ほんと。
それに、一人じゃなくて僕にはモンスターたちが――。
「あれ? いない……」
僕の後ろについていたはずの三人がいつの間にかいなくなっていた。
というか、いつから?
金髪さんと話してた時っていたっけ?
「おーい、リザー! シルルー! ルグリー!」
「ねぇ、あの初心者、大声出したよ!」
「あぁ、かわいそうに……」
そう言うならあなたたちが守ってくださいな。
まぁ別に、守ってもらわなくても結構ですが。
こっちからお断りですね。
――とふてくされていたハルカだったが、またもや知らない人から声がかかった。
「ねぇー、キミ。そんなところぶらぶら歩いてなにしてるの?」
またお姉さん。
そういえば金髪さんは胸なかったなぁ……。
このお姉さんはゆるふわな雰囲気がするし、胸もすごい……。
こんな人が本当に戦うの?
「えっと、戦いに行きたいんですが、僕初心者で……。なるべく奥の方に行けば、比較的弱い人と戦えるかなぁと」
「たしかに、中心は強い人たちばかりで困っちゃうよね〜。わかるわかる」
お姉さんが頬を撫でてきた。
いきなりのスキンシップにびっくりしてしまう。
「お、お姉さん!? お姉さんこそなにしてるんですか!」
「えぇ〜? 見ればわかるでしょ〜」
今度は正面ではなく背後から。
ギュッと抱きしめられて柔らかいモノが後頭部に当たる。
本当にお姉さんは何がしたいんだ!
「見てもわからないです! やめて、僕、戦いに行くんですから!」
「ふふふ、行かせませーん。だって、キミはここで――」
お姉さんに殺されちゃうから――。
その言葉が聞こえた瞬間、お姉さんの片手にはギラギラとしたナイフが握られていた。
「へ……。お、お姉さん!?」
ハルカの体は反射的にナイフを拒絶した、が――。
相手のステータスの方が高いせいだろうか。軽い抱擁からハルカは抜け出せない。
お姉さんはナイフを目の前でこれみよがしに握り直した。
「初心者ちゃんにはわからないかな。『アサシン』ってジョブがあるんだけど。あれ、変装ができるんだよね」
「変装!? じゃあお姉さんは――」
「うん、残念。敵陣営でした〜」
刃先が首元に立てられる。
少しでも動かしたら首に刺さっちゃいそうだ。
怖い。すっごく怖い。
ゲームだってわかってるけど、首で刃の冷たさを感じているんだもん。
笑っちゃうくらい怖い。
「ねぇ、死んだことある? 震えてるよ?」
「にゃ、な、ない、ですっ……」
「あはっ、声もブルブルじゃないの。かわいい〜」
アサシンさんは刃の側面でペチペチと頬を叩いてきた。
誤って目に入っちゃうんじゃないかとヒヤヒヤする。
というか、もう汗がダラダラだ。
「な、なんでそんなこと聞くの……? こりょ、殺すなら、はや、早く、すればいいじゃないですか……!」
「いや〜ん。勇気出して必死に話してる感まんさ〜い! はぁ、最高。だから初心者が好きなんだよ」
「し、質問、答えて、ください……」
「え〜? きっとドン引きしちゃうよ」
シャッ――と。
ついにナイフの先っぽが僕の首の皮を裂いた。
ちょっとだけ痛みっぽい感覚はする。ジンジンとした熱みたいな……。
けど、現実ほど鮮明な感覚じゃないや。それでも恐怖は拭えないけれど。
それと、攻撃されたらHPバーが表示されるみたい。左上に――きっとこれは僕視点でしか見えないだろうけど――バーと数字が表示されている。
薄皮を切られただけだとダメージは1のみだった。
けど、それが逆に恐怖を煽る。
「ちょっとだけ痛いでしょ? 気持ち悪い感覚するでしょ? お姉さん、その反応を見るのが楽しくてやってるの」
「はぁ……? なに、言ってるんですか……」
「現実じゃできないことをゲームだとできるから。殺人なんて、その頂点じゃない?」
なにそれ怖い……。
この人があれか。俗に言う初心者狩り。
「このゲームじゃ外傷も流血もないけれどさ、人の生の反応は見れちゃうわけで……。つまり、そこなんだよね。ザクザク刺したり、ちょっとずつ切ったり、あとは首を絞めたり。ふふ、ふふふふふ――」
そうだ、チャット……。
話してるうちにジェールさんに助けを――。
あ、でも、腕輪に触らないとステータスは開けないし、それを許してくれるとは思えないや……。
ハルカが押し黙っていたらもにょん、と胸に違和感があった。
何をされているのか確認のためにゆっくりと下を見る。
もしかして刺されちゃった……?
僕の左胸にお姉さんの細い指が食い込んでいた。
普通に揉まれてるだけか。揉むほどないよ、僕の。
「怖い? ゲーム始めたこと後悔してる? 泣きたい? やめたい?」
「最低ですね。動けない女の子を刃物で脅して、それでえっちなことするなんて」
「だって、初期装備で武器なしって『襲ってください』って言ってるようなものでしょ? 合意じゃん」
リザみたいなこと言うなぁ、この人。
つまり変態さんか。
「キミ、ジョブはなんなの? 楽しませてくれたお礼にアドバイスくらいはするけど」
もみもみしながらお話を始めるお姉さん。
ふん、このヘタクソ。
「僕はテイマーです。モンスターはどっか行っちゃいました」
「あははははっ! 本当かわいそう! あぁ、じゃあ裏技教えてあげる。指笛吹いてみて」
「え……。できないです」
「それができるの。適当に指をくわえて息を吹けばピーって鳴るんだって」
そこはリアルステータスじゃないんだ。
変なの。
「それで、やったらどうなるんですか?」
「捕まえたモンスターに居場所を知らせられるの。ふふん、どうせザコモンスターしかいないでしょうけど」
「むっ。僕の仲間を悪く言われるのはさすがに不愉快です。マナー違反ですよ」
「マナー? あははは、そんなものいらないでしょ。ゲームとはいえ戦争してるんだから」
もう頭にきた。
いいもん、そこまで言うなら指笛吹いちゃうもん。
ハルカは右手の親指と人差し指をくわえ、息を吹いた。
数回失敗したものの、何度か吹くと甲高い音が出てくる。
現実だと、一回もできた試しはないのに。
ピー。ピー。ピュルピュイ。
「うわ、楽しい。……けど、来ませんね」
高い音はしたものの、誰も何も来なかった。
一瞬で呼べるものじゃないのかな?
ハルカが疑問に思っていると、お姉さんがクスクス笑ってきた。
「そりゃあ、速さに振ってないからじゃない? どうせゴミでザコなFランクモンスターしかいないんでしょ。ノロいモンスターが必死に走って来た後、そのモンスターの目の前でキミを殺ってあげる」
「うわ、サイッテー」
「そこまでお楽しみターイム。ほら、もみも――」
「リザのご主人に汚れた手で触るなぁ!」
メリッ――とお姉さんの横からドロップキックが入った。
そのままお姉さんは僕を残して吹っ飛ばされる。
速さに振ってるモンスターくらいいるもん。
ざまーみろ。
「ごめん、ご主人! 大丈夫?」
「うん、大丈夫。というか、来るの早いね」
リザを見ると『俊敏』が発動しているようだった。
どこへ行っていたのかと説教しようと思っていたが、ついスキルの説明に気を取られてしまう。
『俊敏』:Lv.MAX
ステータス【速度】の値を1.3倍する。
またダッシュ時にはさらに値を+300し、そこから1.5倍を加える。
えーっと、もし速度ステータスが100だった時は……。
130になって、そこから430で、最終的に645――。
実に545もの数値が足されるんだ!
リザって最初から速いモンスターなのに、めちゃくちゃ速くなっちゃうじゃん。
「痛いなぁ……。あぁん? 泣きわめいてる女をぶっ刺したいだけなのに邪魔すんなよ……」
「誰だか知らないけど、ご主人には手を出させないもん! 乳揉みはリザの特権!」
「はっ! こっちは暗殺者だぞ? 夜はこっちに有利な舞台だ。せいぜいリスポーンしながら後悔しな!」
お姉さんがモヤモヤした闇に飲まれ、そのまま姿が見えなくなった。
なにかのスキルかもしれない。
「ご主人、逃げよっ!」
「え? あ、ちょっと!」
リザはハルカに提案すると答えも聞かずにお姫様抱っこをして走り出す。
本当は返り討ちにしたいと思っていたハルカだったが、どうやら初心者の自分には相手が悪いみたいだ。
「逃がすかよ! 【ジャグレント】」
「ひゃっ! 影の中から出てきた!?」
「そう、こっちは影を移動できる。しかも夜だからここらのほとんどは『影』だ! さっさと殺されな!」
ザックリとリザにナイフが刺さった。
――ように見えたが。
「へへーん、当たってないもーん! バーカバーカ!」
『自切』:Lv.MAX
発動するとMPでなく一定量のHPを消費する。
敵から受けるダメージや状態異常を一回無効にし、速度が1.2倍になる。
また、レベルが上がるほど消費HPが少なくなる。
なんて逃げに適したスキルなんだ!
リザ、こんなものを最初から体得してたってことは、実は臆病な子なのかな。
「ふん、何回やっても無駄だ! 【ジャグレント】」
「はい【自切】」
「【ジャグレント】」
「【自切】」
ダメだ!
このままだとリザのHPのほうが早く底を尽きちゃう!
お姉さん、まだMPに余裕がありそうだし……。
「こ、このまま逃げても殺されちゃうよ! リザ、どうしよう!」
「知らない! あいつマジでキモい! ストーカーじゃん!」
「あははは! ほら、声あげて泣けよ! そんでもって死ねよ! 【ジャグレント】」
「ギャー! 【自切】ぅうう!」
そうだ! 今のうちにチャットを!
えーっと、送る先を選択してください?
そりゃジェールさんでしょ。
ちょ……。ジェールだけで何百人もいるじゃん。使えない検索機能だなぁ!
こうなるならフレンドみたいなものに登録しておけばよかった……。
ハルカが本物のジェールを探す間にもリザのHPは減っていく。
ダメだ。装備の名前とかレベルくらいしか表示されないから誰が本物かわからない。
レベルいくつって言ってたっけ?
「はぁ、はぁ……。ご主人、もう、ヤバそう……」
「えぇ!? もうちょっとだけ頑張って! あとは本当のジェールさんを見つけるだけだから!」
「無理ぃー! 誰かー! 他の人ー!」
「さっきの金髪さーん! 隻眼の金髪さーん! 助けてくださーい!」
しかし何も起こらなかった!
もうダメだ、今度こそ殺されちゃう……。
「これで終わりだ! ザコモンスターめ!」
正面の影から出てきたお姉さんが刃先を向けて飛びかかってきた。
とうとう鋭い刃先がブスリと刺さる。
けれどその刃は、リザには刺さらなかった。
もちろん僕にも。
刃を受け止めたのは――。
「待たせたな、主。どうだ? 妾、かっこいいか?」
その凶器を受け止めたのはロリだった。
さすがにこの状況でその発言はちょっと……。
かっこいいけど、大丈夫なの?
肩にナイフ刺さってますよ?
ドラゴンが身代わりになってくれたのは、ビジュアルのせいでなかなか喜べない光景だった。
お読みいただきありがとうございます!
お姉さんはナイフをペロペロするタイプの人間です。
キモいね。




