表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/49

インフレする環境

 戦いの火蓋を切って落としたのはアリアだった。

 彼女は目にも留まらぬ速さで男へと接近し、黄金の剣で斬りかかる。

 だが、その斬撃はガキンッという金属音とともに受け止められた。

 これまで一度もなかった光景に、俺は目を剥く。アリアと不死鳥の剣の一撃は彼女よりも大きな魔物を豆腐のように両断する、にもかかわらず受け止めるってあの男とやつの剣はどうなってんだ!?


 しかしアリアは予想していたようで、その表情に変化はない。無論、男の方にも。

 そのまま鍔迫り合いに移行した2人は、散る火花越しににらみ合う。

 余裕の表情を浮かべたままの男が口を開く。


「ずいぶんな挨拶じゃねぇか」

「魔物にとってはこれが挨拶ですか、野蛮ですね」

「いいねぇ、てめぇみたいな生意気なやつを屈服させるのは嫌いじゃねぇぜ!!」


 舌なめずりする男からアリアが距離を取る。

 そのまま男は下品な笑みを隠そうともせずに口を開いた。


「俺はザック。お前のご主人様になる男の名前だぁ。しっかり頭に刻んでおけよ」

「死にゆく敵の名前は覚えないタチでして」

「言うじゃねぇか、メス犬ぅ!」


 ザックと名乗った男の注意は完全にアリアの方に向いているようだ。その隙に俺は倒れている鎧の男たちの方へ向かう。

 ……息も鼓動もしていない。ボス部屋の扉が開いた時点でわかっていたことだが……クソッ!

 死体から会員証とアイテムを回収しつつ、スマホを使ってアリアとザックの戦いの撮影を開始する。


 アリアの情報を公開するのは正直マズイ。彼女の戦闘力ははっきり言って異常だ、世間にバレればどうなるかわからない、特に俺の身が。

 だが、それ以上にザックの情報を公開しない方が危険だ。しゃべる魔物なんて聞いたことがない。これまで俺達人類は魔物に知能がない状況でダンジョンを攻略してきた。その前提が崩れるのはマズイ、人類の存続に関わるレベルで。


 そのカメラの先で戦況が動いた。

 行動に出たのはアリア。彼女が両手を突き出すと同時に宙に魔法陣が浮かぶ。

 色は赤。


「燃え尽きなさい!!」


 叫びと共に火球が放たれる。

 反動でアリア自身が吹き飛ぶほどの勢いで飛び出した人よりも大きな火の玉がザックを襲う。

 そして着弾。その瞬間、火球の大きさが数倍の膨れ上がった。少し離れた俺の下まで熱が伝わってくるほどに。

 ザックの体が完全に呑まれて消える。


「やったか!?」

「………………」


 だがアリアは尚も土煙に覆われた爆心地を睨みつけている。

 ……つまり生きてる。


 土煙の中から、男が弾丸のような勢いで飛び出してきた。波打つ両刃の剣が振りかぶられる。

 まっすぐアリアに向かって剣を振るうザックに対し、銀髪の勇者は盾を構えた。

 だが、そのまま盾と剣がぶつかることはない。当然だ。奴の剣はSSRの不死鳥の剣と打ち合える業物、Rの盾など豆腐のように簡単に切り裂いてしまうだろう。


 ならば、どうするのか。

 単純だ。

 投げるのだ。


 アリアが叩きつけるように投げた盾が地面で跳ね、進んでいるザックの顎に直撃した。

 ……ように見えた。

 衝撃で吹き飛んだザックの口に盾が咥えられている。易々と着地した彼はそれを噛みちぎるとペッと吐き捨てた。

 ナイフのような歯がギラついている。


 その隙を縫うように、閃光が瞬いた。

 アリアの放った雷撃がザックの体を射抜いた。

 だが、


「しつこいんだよ!!」

「……ッ!?」


 ザックがまるで虫を払うかのように手を振るだけで雷は霧散した。

 続けてアリアが風の刃を放つが、手を広げて受け入れたザックの緑肌には傷一つ付かない。

 歯噛みするアリアに向けてザックは嗤った。


「俺に魔法は通用しねぇ、無駄な抵抗はやめな」

「忠告に感謝します」


 その言葉と共に放った岩の弾丸をたやすく剣で切り裂く。

 ……いよいよ介入は難しいな。魔法が無効化されるなら衝撃の錫杖も効かないだろうし。アイテムをしっかり漁っておかないと……。


 アリアは魔法を乱れ打っていくが、その中をザックは悠々歩いていく。


 火球が。

 竜巻が。

 水流が。

 岩石が。

 雷電が。


 だがその全てが無効化され、躱され、切り裂かれ、無意味に帰す。


「おいおいおいおい、ちょっと諦めが悪すぎるんじゃないか? ま、そういうところも可愛らしいけどな」

「気色悪い……」


 ザックの速度が上がった。前傾姿勢で剣を構え、アリアの足元を狙って横薙ぎに振り払った。……どうやら殺す気はないらしい。

 だが、あまりにも露骨過ぎる狙いの一撃を勇者は打ち返し、逆にその首に刃を振りかぶる。


 その斬撃をザックが剣の柄で受け流し、両者は剣劇の応酬に突入した。

 最早、素人目には動きを追うことすら不可能。

 上下左右四方八方縦横無尽に飛び交う火花と残像だけが、彼らの軌跡を示している。


 膠着状態に陥り、ザックの注意が俺の方へ向く可能性が下がったところで、俺は回収したアイテムを確認する。

 彼らも必死に戦ったのだろう、残っている物資は少ない。ほんの少しの回復薬と爆竹、そして煙玉に投げナイフ。他には食料や魔石などの戦闘には使えないものばかり。

 ……これでどうやって対抗する?


 その時、2人の方からガキンッという、これまでよりも一際大きな金属音が響いた。


「アリア!?」


 慌てて振り向くと、黄金の剣が宙に打ち上がっているのが目に入った。

 無防備になったアリアへ向けてザックが黒剣で斬りかかった。


「もらったぁ!!」

「……っく」


 やはり足目掛けて振るわれた剣をアリアは跳んで躱す。

 だが、そこでザックの攻勢が止まることはない。

 四肢を狙う斬撃がアリアに襲いかかる。その全てを紙一重で回避しつつ、カウンター気味に拳を振るうがザックに効いている様子はない。


 このままではジリ貧だ。アリアが集中力を切らせば、斬撃が当たってしまうだろう。

 流れを変えなければならない。

 俺は爆竹に火を着けてザックに向けて放り投げた。


 直接当てたところで大したダメージにはならないだろう。そもそも通常の魔物相手でも爆竹なんて傷を与えることなんて考慮していない。


 パッパパパパパパパパパパパパッッッッッッッ!!

 爆音と閃光がザックの耳元で小刻みに、けれど大きく広がった。


「……ッ!?」

「隙ありっ!」


 意識外からの妨害に、本能的な驚きで一瞬生まれた隙をアリアは見逃さない。

 前にマンエイプソルジャーにやったように、足元の地面を隆起させ、一気に大きく距離を取る。そのまま彼女は地面に突き刺さった不死鳥の剣を手に取った。


「おい、待て! ……クソっ!」


 苦し紛れに振るわれたザックの剣は土を切り崩すだけで終わる。

 ザックは苛立たしげにまだ鳴り続けている爆竹を踏みつぶし、俺を睨みつけた。


「何したかわかってんかよテメェ……? 隅っこでプルプル震えてっから見逃してやってたのによぉ」

「悪いけど、大切な仲間を見捨てるわけにはいかないからな」

「はぁ……雑魚が粋がってんじゃねえぞ?」


 心底、心底呆れたようにザックがため息を吐く。

 確かに奴からすれば俺は取るに取らない存在に過ぎないのだろう。まあ、それは間違っちゃいない。アリアザックの戦いも全て見切っていたわけじゃないし、あの動きについていけるかと問われたら音速でノーと答える自信がある。


「テメェなんざ俺がその気になれば一瞬で殺せるってわかってるか? こんな風に話してやってるのは俺のおジヒってやつだぜ」

「そりゃ、ありがたい。でも、なんだって俺に慈悲を掛けてくれるんだ?」


 その言葉を待っていました、と言わんばかりにザックの口角がつり上がる。

 長い舌で唇を濡らしながら下卑た感情に歪ませた目を爛々と輝かせながら嗤う。


「そいつは俺の趣味さぁ……。嫌がる女を無理矢理犯して屈服させることが俺にとっては最高だが、そこにアクセントを加えられたらもっと興奮するだろう? 例えば……」

「………………」

「彼氏をズタボロにいじめ抜いて、目の前で犯してやるとかよォ!!」

「下衆が……っ」

「雑魚がよく吠えるぜ」


 吐き気を催すほど下劣な欲望を意気揚々と語るザック。

 その整っている顔を色欲に歪め、唾を飛ばしながら。


「確かに、その通りだな……。俺は弱い、強い奴に何かを言う筋合いはない」

「はっ、案外わかってるじゃねぇか!」

「突き詰めれば人間も同じだ、冒険者は特にな。……だが、弱い俺からお前に一つ忠告してやろう」

「あ?」


 俺は一つ大きく息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりとしっかりと言う。


「油断しすぎだ、三下!!」

「んだとぉ……ッ!?」


 俺に対して怒気を露わにしかけたザックだったが、その矛先が俺に向けられることはなかった。

 一瞬にして、尖った岩が、大量に、彼の周りを囲むように。


「アリア!」

「時間稼ぎありがとうございます、富嶽さん」

「テメェら、セコいぞ!?」


 岩に囲まれた状態のザックが叫ぶのを聞いてアリアは微笑んだ。俺に向けるものとは違う、冷ややかで憐むような笑みを。


「こいつは魔法か? だったらやるだけ無駄だぜ?」

「三つほど私からも忠告しておきましょう」

「あぁ?」

「一つ、嘘をつくならもっと上手くやりなさい。火や風はともかく、土と水はダメージがあるのでしょう?」

「ッ!?」


 目を剥いて、口をパクパクさせるザックの表情は言葉よりも雄弁に真偽を示していた。

 思い返してみると、火や雷は体に当たっていたが岩に対しては剣を使って斬って回避していた。……さすがは勇者だ、よく見てる。


「二つ、優先順位をしっかり決めておきなさい。富嶽さんとの会話がなければこんな状態にはなりませんでしたよ」

「クソがぁッ!!」


 ザックが罵声を上げながら宙に浮く岩を斬りつけるが、すぐさまその隙間を他の岩が埋め、地面から新しい尖岩が生み出され補充されていく。


「三つ、女の子の誘い方を一から勉強し直してきなさい! ウジ虫が!!」


 アリアが吠える。

 それと同時に全ての岩がザックに向けて飛び出した。


「がっ、ぁぁぁあああああああああ!!」


 ザックの体に尖った岩が突き刺さり、骨を砕き、肉を抉り、地面を血で染め上げていく。

 人間であれば死んでもおかしくない一撃が何度も乱打されるが、ザックは倒れない。

 それどころか、


「クソ……がぁぁぁあああああああ!!」


 怒声とともにザックは剣を振るう。飛んできた岩が斬り裂かれ、あるいは打ち落とされる。

 その姿は、まるで嵐をそのまま人の形に押し込んだかのように苛烈。

 血の混じった斬撃の暴風が巻き起こる。

 全ての岩を防げるわけではない、何発もの岩が前後左右そして上からもザックに岩が襲いかかり続けている。


 岩の数が見る見る間に減って行く。

 未だザックは斬撃を続けている。大地が血の海と化し、腕がおかしな方向に曲がってもなお。

 そして、最後の岩をザックが両断した瞬間、彼の動きが止まった。


「なっ……っあ!?」


 勇者が。アリアが。

 岩の真後ろから飛び出して来たのだ。風を切る矢を思わせる勢いで。

 すぐさま迎撃の態勢に入るザック。歪んだ拳で握り締めた剣を振り上げ、彼女に向けて振り下ろす。

 それを睨みつけてなお、アリアは止まらない勢いのままに不死鳥の剣を振りかぶり、両者は激突。


 しなかった。


 二つの刃が重なる瞬間、アリアの姿が掻き消えた、

 全身の体重を乗せていたであろうザックの剣が地面に突き刺さり、そして。

 彼の緑の首が宙を舞った。

 その元凶は、ザックの真後ろに立つ銀髪の美女、アリア。


(空間魔法を使ってのショートテレポート!?)


 全く動きが見えなかった。消えたのと現れたのがほぼ同時、全くと言っていいほどラグのないテレポート。

 あまりに洗練かれた高等技術に驚愕を禁じえない。


 俺の視線の先で、血飛沫の中、アリアが剣を納める。

 終わった……のか。

 そう思うと俺の中でふつふつと実感が湧き上がってきた。

 ザックはまず間違いなく強敵だった。俺の冒険者人生の中でもずば抜けた。

 だが、それをも倒せる仲間を俺は得ることができたのだ。


「やったな!!」


 アリアに駆け寄り、労いの言葉をかける。

 正直、今回の戦いで俺は何もしていないからな。アリアがいなければ死んでいただろう、今回の報酬は彼女のために全部使うか!

 俺の言葉に、彼女は微笑んだ。


「ええ、無事でよかったで……す?」


 赤い液体が俺の顔にかかった。

 疑問符を浮かべたアリアの胸の中央から鈍い金属の輝きが顔を覗かせる。

 ザックの剣が、貫いていた。

 首のない体が、剣を握っていた。


 糸が切れた人形のように、アリアの体が崩れ落ちる。

 だが、俺には彼女を抱きとめることができなかった。

 俺の視線の先で首無しの怪物が立ち上がる。

 そして首の断面からボコボコと肉が噴き上がり、一瞬後には元の下品な顔が。


「あーあ、死体姦はそこまで好きじゃねぇんだがよぉ。ここまでやられちゃしょうがねぇよなぁ!?」


 怪物は嗤った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ