数の暴力
お久しぶりです。
お待たせしてしまい、申し訳ありません。
フォルテ。そう名乗った竜騎士は腕を組み、こちらを睨みつける。
堅牢な鎧に覆われているが、露出している箇所だけでもその筋肉が常軌を逸していることがわかる。
まず間違いなく強敵。……どう攻める?
「どうした? 来ないならば、こちらから行くぞッ!!」
そう叫んだ瞬間、フォルテの手元から紫色の光が迸った。
同時に眼前に七色の光が映った。
ガギンッという音と共に、俺の目の前には光の槍が止まっていた。
七色の壁ーーティエラの纏ったエイギストリスの障壁ーーがフォルテの一撃を防いだのだ。
「ほう、我が一撃を防ぐか……」
だが、防いだのは槍一つ。黒い竜騎士は残り5本の腕も全て振り抜いた。同時に煌めく五条の紫電。
ミシリッと障壁に亀裂が走る。槍は今にも打ち破らんばかりに火花を散らす。
けれど時間は稼げた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
蒸気鎧装【アイゼンバルド】が唸りを上げる。肩の排気管からは高熱の白煙が吹き上がり、俺の身体機能を強化する。
もちろん、強化したところで奴の槍を止めることはできないだろう。
……ならば止めなければいいだけだ。
俺は大きく横に跳ぶ。
アイゼンバルドによって補強された脚力は、これまでの非力な肉体と違って、十分な距離の跳躍を可能にする。
踏み出すとともに障壁が砕け、身体のすぐそばを光が突き抜けた。暴風を伴って。
「ぐわぁぁぁああああああ!?」
白煙を吹きながら、俺は吹き飛ばされた。受け身を取れずに二度三度地面をバウンドする。
硬い鎧を纏っているせいで、地面に直接ぶつかるのとは別の痛みを感じるが……まだマシだ。
追撃に備えてフォルテの方を見ると、彼の目はこちらを向いていなかった。
「些か注意散漫ではないか!?」
「妾たちも忘れてもらっては困るな!」
「はぁぁぁああああああ!!」
2人の宵闇さんと、デッドウッドハンドを持ったティエラが竜騎士へと襲いかかる。
無数に散らばる風の刃と撃ち出された石の槍、そして巨大な木の根。それぞれが必殺の威力を持った攻撃。
さしものフォルテも受けると厳しいと判断したのか、六本の腕全てに槍を展開し、迫る攻撃を砕き、あるいは逸らす。
三人の猛攻に一歩も引かないフォルテが凄いのか、あの男を繋ぎ止めているティエラたちが凄いのか。
「大丈夫!?」
「うー?」
「ああ、問題ない」
傍に駆け寄ってきた望とミラエルに言う。
多少は打ち付けた痛みはあるが、この程度ならどうということはない。
「むぅ、うー!」
だがミラエルはそうは思わなかったようで、不満気な声を上げながら、手を添える。
白く温かな光。それを認識すると同時に、体から痛みが消え去っていた。
「回復魔法か!」
「うー!」
記憶を失っているようだったのに、こんなことができるとは……。あるいは生まれた時から持っていた本能なのかもしれない。覚えていなくても、呼吸と同じように自然にできるのかも。
ともあれ痛みはなくなった。ティエラたちだけでは互角、微力だが俺も参加しないと……。
ティエラと宵闇さんは果敢に攻め立てるが、一向に有効打を決めることはできていない。
むしろフォルテも慣れてきたのか、攻勢に回り始めている。今はエイギストリスのビットが防いでいるが、このまま続けば致命の一撃を受ける可能性は捨て切れない。流れを変える必要がある。
「望、ミラエル、2人は一度下がって……」
「伏せてくださいまし!」
そう考えていたのは俺だけじゃなかったらしい。
声の方へ振り向くと、そこには巨大な──フォルテでさえも容易く飲み込んでしまうほどの──炎の龍がいた。
傍らにいる杖を手にした宵闇さんが火を放ち、リサがそれをフレズヴェルグ・アームで一つに纏めたのだろう。
「燃え尽きなさい! 【炎王龍の翠嵐】【炎王龍の蒼濤】!!」
掛け声とともに籠手の宝玉が輝き、熱風と蒸気の龍が解き放たれる。3匹の龍が地を焼き、空気を焦がし。離れている俺たちにまで熱を届かせながら、その大きさに見合わぬ、矢のような速度で竜騎士へと迫る。
「っ!? マズイ!」
「避けさせると思ったか!?」
フォルテの動きが一瞬鈍る。その僅かな隙を、達人にしか見えないような動揺を、宵闇さんは見逃さなかった。
地面から伸びた石の槍が腕の一本を弾くと、風を纏った短剣を振り下ろす。ガードの緩くなったフォルテの足下へ。
「ぐうっ!?」
「風は斬撃を強化するらしいぞ。妾でも、その鎧を貫ける程度には!」
渾身の力で叩き込まれた短剣は鎧を貫き、フォルテをその場に繋ぎ止めた。
彼はうめきながらも反撃を仕掛けるが、宵闇さんはそれよりも速く身を引いていた。
迫る3匹の炎龍。残るは短剣を刺された竜騎士ただ1人。引き抜こうと思えば容易いだろう。だが、それによって生じる隙は大きい。回避を封じられた男の選べる道は少ない。
「チィッ!!」
舌打ちをしながら、腕を6本とも火球へと向けるフォルテ。全ての手が集合し、そこから極太の光槍が射出される。
紫の光と炎の龍たちがぶつかり合う。だがそれも一瞬、業火の塊は容易く食い破られ、光の槍はその先の壁に直撃する。破壊不可能なはずのダンジョンの壁に先が見えないほどの深い穴が開く。……とんでもない破壊力だ。当たれば影も残らないだろうな。
だが……。
「隙だらけだな!!」
フォルテの自由だった右足に、前後の地面から伸びた石の槍が直撃する。彼の鎧を打ち破る威力はないが、その衝撃で彼は膝を着く。
その足を木の枝が包み込んだ。ティエラだ。
「捕らえた!!」
「貴様……ッ」
「そちらだけに注目してよろしくて?」
目まぐるしく変わる状況に戸惑いながらも、空いた手で足を繋ぎ止める短剣を引き抜こうとするフォルテ。だが、その腕に炎が纏わりつく。
散り散りになっていた火炎は集まり、伸ばした腕と反対の腕にまとわりつく。
「手枷!」
その言葉と共に炎が具現化し、赤に耀く手錠を作り出す。……前に見た時は石にするだけだったのに、いつの間にあんな物を作れるようになったんだ?
だが、手錠同士を繋ぐ鎖が長すぎる。あれでは腕をある程度動かせてしまう。
フォルテも一度は腕を止めたが、無視をして短剣に手を伸ばす。
「淫魔の色香!」
その動きが止まる。ティエラが放った息苦しいほどのフェロモンによって。アレは辛いだろうな、兜越しでもクるだろう。わかるぜ……俺もアイゼンバルド越しだってのにギンギンに昂ってきてるからな!
「富嶽様!」
「おう!!」
走る。テンションが上がって、体を動かさずにはいられない!
俺は動きの止まったフォルテの後ろに周り、手錠の鎖を掴み上げる。蒸気が噴出し、メキメキという異音が鳴る。フォルテの腕が後ろで合わせられる。
これで足2本と腕2本を封じた。残りは4本!
「貴様らぁっ!!」
怒気を発しながらフォルテ。縛っている腕も含めて、全ての腕が光輝く。そして一本はティエラに、そして残りの3本は周りのみんなに。……俺は逃げられない、鎖を離せばチャンスを見逃すことになる。
……だから。
「モンス、破城槌!!」
『ウチの出番っちゅうわけや』
俺が超巨大ゴーレムの指をフォルテの真上に呼び出すと同時、懐から京言葉を響かせながら折り紙が飛び出した。
「『……あれ?』」
俺が気を引くために放ったモンスの指。
これまで戦況を見守っていた土御門さんが、攻撃を防ぐために放った式神。
全くの偶然の一致。思わず間抜けな声が出てしまった。
俺の懐だけでなく、他の皆の下からも飛び出した式神は、フォルテの掌に貼り付く。
ボォンッ! という爆発。集まっていた魔力の流れが乱されたのか、フォルテの光の槍が暴発した。小規模なものだったが、彼の掌は全て吹き飛んでいた。
そして怯んだ彼へ鉄槌が下る。
ぶちゅりっ……と水っぽい音を立てて、モンスの指がフォルテを押し潰した。
……潰せてしまった。辺りに飛び散った血が、確実に攻撃が命中したことを証明している。
「……勝った?」
「いや、まだだ」
爆発の風で吹き飛ばされたおかげで無事だったティエラの呟きに答える。
「前に戦った奴は回復能力を持ってた。首を落としても復活できるくらいのな。油断はできない」
言いながら、念のためグリグリと磨り潰す。
モンスを戻すと、そこにはすり鉢状の穴が空いていた。
腕を構えたまま覗き込むと、血溜まりの中に黒い魔石だけが落ちている。
「黒い魔石……?」
それを初めて見た宵闇さんが呟いた。普通、魔石の色は紫色。黒なんてのは初めて見たのだろう。
そして、その魔石からボコリと音を立てて、肉塊が溢れ出す。最初に出てきたのは頭。鎧を失い、曝け出された素顔はトカゲのようだった。
「クソッ、貴様らぁ……ッ!!」
憎々しげにこちらを睨みつけるフォルテ。魔石の周りでは真紅の血がボコボコと泡立ち続け、体を徐々に形作る。
そこに宵闇さんが短剣を突き入れた。
「フンッ!」
「ぐがぁ……!?」
「ヒーローモノじゃないんでな。回復まで待ってやるとでも?」
無造作に、無感動に、できたばかりのフォルテの腕が切り払われる。
新たに生み出した腕も、土の槍が刺し穿つ。
「……なるほど、魔石の原理を応用してるのか」
血飛沫を浴びながら、宵闇さんは納得したように呟いた。
「魔石の原理……っすか?」
『知らないんか? 魔石は傷付けても、内包する魔力で回復するんよ』
そうだったのか、知らなかった。傷付けようと思ったこともないもんよ。
「では、このまま切り刻めばいいってことですの?」
「糟谷の弁によれば、な。これでいいんだろう?」
「た、たぶん……」
ザックはアリアが黒い竜巻で切り刻み続けた結果倒れた。今回も、そうやれば倒せるはず。
宵闇さん任せもよくないし、俺も参加しよう。
「おのれッ……」
「はいブチィ!」
文句ありげに出てきたフォルテの首を引きちぎる。この状態なら俺の下手くそな拳でも当たる。
あとは消化試合だな。
「耐久戦か。集中力は保つかな?」
『……悪いんやけど、そうゆっくりもしてられんみたいや』
「ど、どうしてっすか?」
ここからフォルテが盤面をひっくり返す手段に思い当たるものがあるとか?
『アリアちゃんが押され始めとる。早めに行かんとっ!』
「………………ッ!?」
そうだった! 敵は2体! フォルテは俺たちが倒したが、もう1体はアリア1人で戦ってる。
いかに彼女でも1vs1なら勝敗はわからない。助けに行かなければ……!!
「宵闇様! 魔石を破壊する手段はありませんの!?」
「大きな損傷を与えれば、それだけ回復に使う魔力が増えるはずだ!」
「じゃあ!」
俺はマニピュレート・モンスに意識を向け……気づいた。
「待てよ……もしかして」
「どうした糟谷!?」
「一つ試したいことが!」
そうだよ、色は違って何かが生えてきてはいるが、これも魔石。だったら!
「我が手には贄、我が剣は知恵。魔光の灯火よ、異界の御霊を導きたまえ!」
呪文を唱えると、手元の魔石が光出す。紫色の輝きが天へ昇り、石の濃度が下がり本来の紫色を映し出す。
「貴様……ッ。何を……す、吸われるッ、我が力が!?」
再生した竜騎士だった者の頭部が喚くが、その部位も光と消える。うめき、のたうちながら。これが最後の言葉だった。
手元の魔石が完全に消えて、部屋全体に魔法陣が浮かび上がる。
「で、でかい……!? 10連じゃないのか?」
使われた魔力の量が多いからか? まあ、多いのは良いことだ。
その魔法陣の色は──。
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