ソシャゲのストアは割と重要
巨大樹を倒した次の日。
俺はティエラとミラエルを連れて、ショッピングセンターに買い物に来ていた。
というのも、朝食を摂っているときにこんな会話があったからだ。
『着替えがないわ』
地味な無地の服をその暴力的な肢体で内側から虐待しながら褐色淫魔は仰った。
まあ、たしかにそりゃそうだろうよ。だってまだ召喚された次の日だもの。
『私だけじゃなくてミラちゃんもよ』
『翼が生えてるからなぁ』
ミラエルの背中には純白の巨大な翼がついている。今は貫頭衣の後ろ切って穴を開けているが、少し座りづらそうだ。
『だから服が欲しいのだけど、どこかで手に入るかしら?』
『もちろん、山ほどあるぜ』
ここは迷宮都市、多くの冒険者が集まる日本随一の街の一つだ。生活雑貨はもちろん、会社の上層部の人向けの高級品なんかも揃っているし、人型の魔物をテイムしている冒険者用の商品もある。ミラエルの翼もティエラのムチムチボデーもなんとかなるだろう。
『じゃあ今日は買い物行くかー』
『あっ、私はパスです』
『わたくしも所用が……』
えっ、なんで?
『図書館に行ってきます』
『きらら様のところに顔を出そうかと……』
『……彼女の様子はどうだった?』
『泣いてこそいませんでしたが、かなり参っているようでした』
『そうか、わかった。……で、アリアは図書館になんか用があるのか?』
『昨日の戦いで知識不足だと感じたので、情報収集を』
『……それって後回しにできない?』
俺がそう尋ねると彼女は困ったような顔をした。
これまで個人行動が多かったから他者に合わせることに慣れていないのかもしれない。だったら無理に連れて行くのも酷か。
『まあ難しいようなら構わないけどさ』
『助かります……』
そんなわけでアリアとリサと分かれ、俺はティエラとミラエルと一緒に買い物に来たというわけだ。
ショッピングセンターに入るとティエラは感嘆の声を上げた。
「すっごい! お店がたくさんあるのね! まるでスークみたい!」
「うー!」
「商品も色々あるぞ。服にアクセサリー、それに本やおもちゃに食品。もちろん武器や防具も揃ってる」
こうして来て思うが、やっぱりショッピングセンターというのは偉大だ。一箇所に行くだけで多くのものが揃ってしまう。それに服飾品はいくつものブランドが入っているため、好みに合致するものを買うことができる。
……とはいえ、この2人だと店も絞られてしまうがな。
「まず何から買いに行く?」
「服が欲しいわ。……その、この服だと人目が気になるし」
「……そうだな」
腕で体を隠して、周囲の視線から逃れようとするティエラに同意する。
ティエラの服は朝食の時と同じ無地のTシャツとロングスカートだ。
ただ、野暮ったい服の下からでもわかる扇情的なボディラインとそのせいで見え隠れする健康的なヘソのせいで、周囲の男性があまり良くない視線を送ってきていた。
「といってもあんまり良い服は買えないと思うぞ」
「えっ、なんでよ!?」
「サイズがな……」
ただのメートル超えならまだしも、優に超える怪物おっぱいは既製品ではどうにもならないだろうよ。
「ままならないわねぇ」
「むしろ俺は元の世界ではどうやって服を揃えてたが気になるよ」
「信者や子供たちが持ってきてくれてたものを着てたわ」
まあそりゃそうか、神様だもんな。貢物で服なんかを差し出すところもあったのかも。他の神様で機織りを司る神なんかもいたのかもな。となると、むしろ既製品の服がある方が不思議なのかもしれん。
……って、ちょっと待て。
「こ、子供って言ったか?」
俺がそう聞くと、ティエラはしまったと言いたげな表情を浮かべた。
「ええ、一応ね。何人か子供がいたわ……」
それだけ言うと彼女は視線を逸らした。
地母神だというから、まあ予想していなかったわけじゃないが、いざ言われると衝撃的だ。
だが、どうしてティエラはそれを告げることでこんなに苦々しそうな顔をしているのだろうか。
「うー! うー!」
「おっと、悪いかったな、ミラエル」
暗い雰囲気になりかけたところで、ミラエルが俺の袖を引っ張った。
彼女はその端正な頬をリスのように膨らませて、不満をあらわにしている。
どうやらさっさと買い物に行きたいようだ。
「じゃあ服を買いに行くか。……そうだな、向こうならいいかな」
まあ、高級ブティックも入っているとはいえ、ここはそもそも迷宮都市、冒険者の街だ。つまり、こういったショッピングセンターもメインの客層は冒険者ということになる。なのでここにも装備メーカーの直営店や武器屋のテナントも入っている。……まあ、大手は近くの店舗の方が品揃えが良いけどな。
そして、そういった冒険者の中にはテイマーやサモナーのような魔物を扱うジョブもあるわけで。
「魔物に着せる服を売ってる店もあるわけだな」
「……なんだか獣と一緒にされてるみたいで不快ね」
「そりゃ失敬」
でも、そのおっぱいは魔物だと思うよ。
そうこうしている内に見えてきた。独立した大きな建物一つを丸々使った巨大な店舗。【ファミリアクロス】魔物用の被服専門店だ。
「うー!」
「おっ、ユニコーンか珍しいな。あっちには……唐傘お化けか」
「まるで珍獣のパレードね」
店に入って開口一番のティエラの言い方は悪いが、的を射ているだろう。俺たちと同様に【ファミリアクロス】に用があるのは、その大半が使い魔を連れた冒険者だ。それも使い魔にかなりの愛着を持った。
ペットや友人感覚で彼らと共に冒険者の多いこと、多いこと。ドラゴン、ペガサス、火車に巨人、まさに遊園地のパレード、東西ごった煮百鬼夜行、側から見れば愉快なものだろう。
「でも、ちょっと感じる視線が減ったかも」
「木を隠すなら森の中ってやつだな」
もう魔力を帯びているんじゃないか、ってくらいのインパクトがあるスタイルのティエラだが、周りには完全な人外の魔物も多い。ティエラなんて普通の範疇だろう、たぶん。
人型魔物のエリアに入ると、あまり客はいなかった。ついでにスペースも小さい。……まあ、それもそうか。エルフや獣人なら普通の人間用の服を着れるもんな。小人や巨人もこのエリアのは使えないだろうしな。
「……私にはここの服はちょっと小さそうね」
「マジか。じゃあ巨人とかの大柄な種族向けの方がいいのかね。あっちにあるけど」
「……そうね、ちょっと見てくるわ。マスターはミラちゃんの服を見繕ってあげて」
「あっ、試着するときはちゃんと店員に声を掛けろよー」
俺がそう言うと、ティエラはピタッと歩みを止めた。
長年油を差していないブリキの人形のようにぎこちなく振り向いた彼女は、何か恐ろしい物を見たような表情を浮かべていた。
「……声を掛ける?」
「試着室だって数があるからな、そりゃそうだろ」
「無理無理無理無理!! 絶対、無理!! 話掛かるなんて無理よ!」
「えぇ……」
店員なら大丈夫だよ、そこまで客のこと気にしてねぇよ。とは思うが口には出さない。
ここまでビビってるんだ。無理強いさせるのは酷だろう。
「けど先にミラエルの服を選んでからな」
「うー!」
「ええ、わかってるわ」
ミラエルは天使だ。その背中からは純白の大きな、それこそ閉じていても背丈くらいのサイズがある翼が生えている。
……ぶっちゃっけ邪魔だ。かといって切り落とすなんてことはできるわけもない。
「背中が空いている服を探せばいいのよね」
「ああ、それでいいと思う」
「うー!」
背中が空いている服なんて探せば普通の店でも売っていると思ったあなた……正解! 最近はファッションも洗練されてるんだかなんだか知らないが、そういう露出多めの方向に進んでいるのは確かだ。男としては眼福である。
……オホンッ、そういった物が流通している中であえて『ファミリアクロス』を選んだのは、背中の穴がこちらの方が大きいからだ。普通の服は所詮普通の服。翼の可動域のことなんて考えていない。けれども魔物用なら話は別というわけだ。
「こっちの黒いトップスはどうだ?」
「いいんじゃない? 白い翼と対比になってて。私的にはこっちの青いのも悪くないと思うんだけど」
「うー……?」
ミラエルはファッションとか理解できるかわからないので、俺たちでそれっぽいものを物色する。
空色の髪と純白の翼から醸し出される清純な雰囲気とスラリとしたスタイルを活かしたファッションを、ということでジーパンを……と言いたいところだがスキニーで、彼女には動きやすい方がいいだろう。
トップスは背中の空いた首や腰で結んで止める物を採用。……ついでに下着もな。
「試着する前にティエラのも選んでおくか……って、どうしたんだ? 浮かない顔して」
「いえ……私の服って巨人並のサイズなんだと思うとちょっとね……」
さすがに胸囲じゃなくてトップとアンダーの差がメートル超えの人向けの服は一般には置いてないっす。
巨人用品はとにかくサイズがデカい! だがまあ変わっているポイントはそれくらいだ。デザインとかは普通の服と大差ない。
「目立たない服が欲しいのよねぇ」
「……いや、無理じゃねぇかな」
そのおっぱいで目立たないのは無理でしょ。
「せめて露出を減らしたいわね」
「そうだなぁ」
前衛的な形状のドレスなんかはダメだろうな。もっと野暮ったいTシャツなんかがいいのだろうか。
ボトムスは……普通のズボンだとピチピチになるのは昨日の時点で証明済み。だけど巨人用だと丈の調整が必須になる。
「というわけで普通のロングスカートだな」
「今着ているのと同じね」
「しょうがないって思ってくれ」
「文句じゃないわよ? キツくないから結構気に入ってるの」
というわけで2人の着替えを選び終わったので、着替えも兼ねて試着してもらう。
ミラエルは大丈夫だろうが、ティエラはサイズ変更も視野に入る。巨乳の人って服を選ぶだけでも大変なのね。男でよかったよ、本当。
「うぃー!!」
「おー、似合ってるな!」
試着室から出てきたミラエルがピースをする。
青い半袖のトップスに白いスキニーを身につけて、スラリとしたスタイルを活かしたファッションだ。
……もっとクールにしてた方が似合うんだけどなぁ。
でも気に入ってくれたみたいで嬉しいぜ。
「わ、私はどうかしら……?」
ティエラのシャツとロングスカートという組み合わせ自体はさっきまでと変わらない。
ただ、サイズが大きい物を選んだおかげかピチピチ感が目に見えて減っている。うん、健全に一歩近づいた印象だ。
まあ、あと数kmは離れてると思うけどね!
「うん、さっきよりはマシになったと思うよ。サイズは?」
「ちょうどいいわ……って、そこは似合ってるとか言うところじゃないの!?」
「それは、ねぇ?」
「うー?」
ティエラの素体が良いから、野暮ったい服装でも見栄えは悪くないが……正直もっと似合う服装があると思う。
「でも似合ってたら目立つんじゃねぇの?」
「そ、それはそうだけど……でも私の乙女心が」
ブツブツ言うティエラはスルーして、店員さんにそのまま着て行くことと同じサイズの商品を購入することを告げる。
乙女心とか考えるのは童貞の仕事じゃありません。
それから適当な日用雑貨を購入して、俺たちは帰路についた。俺はこっちの世界の案内をしてもいいかと思っていたんだが、ティエラが早く帰りたいとのことだったので早めの帰宅……帰宅? 帰宿だ。
服装を変えて多少は視線は減ったようだが、所詮は微々たるもの。ティエラのナイスバディもミラエルの翼も変わってないから致し方なしよ。
「でも、やっぱりこの世界って不思議ね。あの車も魔力を使わないで動いてるんでしょ? それに飛んでる人も全然いないし」
「神様に感嘆してもらえるなら科学者たちも満足だろうさ。むしろ飛んでる人が多い世界の方が気になるけど」
「最後に見た時は空飛ぶ絨毯が流行りだったわね」
なんてアラビアンナイトな世界だろう。
空飛ぶ魔法道具の開発はこっちの世界でも行われているはずだが、あまり芳しい続報はなかったはず……。研究者に言ったら行ってみたいって血の涙を流すかもしれないな。
そんな風に話していると、手を繋いでいたミラエルが唐突に足を止めた。
「ミラエル?」
彼女は道の端に目を向けていた。視線を追ってみると、そこにはボロ布と古びた帽子を身につけた10歳くらいの子供が蹲っていた。
顔は下に向けられていて、対称的に両手は天を仰いでいる。足元の看板に書かれている文字は『おめぐみください』。
「ど、どうしたの!?」
同じように気づいたティエラが慌てて駆け寄った。だが子供は何も反応しない。
周りにいる人は珍しいものを見るような目で彼女のことを見ていた。
「お……」
「大丈夫? お腹が痛いの?」
「お金、ください……」
「えっ……?」
顔を上げず、子供ーー声質からして少女かーーは絞り出すように言った。
俺は驚くティエラの肩を掴む。
「ストリートチルドレンだよ。捨て子だ。珍しいものじゃない」
「珍しく、ないの?」
「下町に行けば山ほどいるさ。……まあ、この街にはあんまりいなかったはずだが」
「そんな……」
俺が探るように目を向ければ、少女は全身をブルリと震わせる。
ダンジョンが生まれて、冒険者が増え、景気が良化した結果、日本では第三次ベビーブームが到来した。当時、少子高齢化が表層化し始めていた日本にとって、それは良いものである……はずだった。
だが冒険者というのは不安定な仕事だ。経済的にも、精神的にも、そして生命的にも。
親の死や虐待により1人になった子供は大勢いる。そんな奴らが集まって、なんとか生きて行こうとして徒党を組む。
……まあ、この子の場合は別の要因もあるだろうが。
「それで、お金を上げればいいの?」
「うんにゃ、それより良いものがある」
俺は買い物袋から、おやつ用に買ったビスケットを袋ごと取り出し、少女に手渡す。
彼女は即座に顔を上げた。……整った顔をしている。ただ何日も風呂に入っていないのだろう、鼻を摘まみたくなるような臭いがした。
少女は戸惑いがちにビスケットと俺の顔を見比べてくる。
「食えよ、久しぶりだろ、食うの」
「……どうして?」
「同情心だよ、後輩に」
俺がそう言うと彼女は驚きを顔を浮かべた。そして視線を上へ下へと動かす。
そして恐る恐る袋を開けて、匂いを嗅いでから口に運んだ。一口食べると、次は早かった。飢えた獣のようにバクバクと食べる様を見ていた俺の肩を、ティエラが叩いた。
「その、良かったの?」
「もちろん」
「でも周りの人からの視線が……」
たしかに通行人たちはどこか汚らわしいものを見るような目をこちらに向けていた。
ある意味、野良猫に餌をやるよりアレな行為だからな、仕方ないのかもしれない。
「知るかよ、必死に生きてる奴を助けて何が悪いんだ」
「……それもそうね」
「むー」
そんなことを話していると、それまでがっついていた少女の手が止まった。
「どうした? 遠慮しないで食べていいんだぞ?」
「助けて……本当に助けてくれるの?」
「うん?」
少女は頭を下げる。深々と、地に頭をつける。
「お願いします。私たちを……助けて!」




