ギルド会館へ
窓から見る景色が後ろに下がっていく。
いつ外を見てもビル、ビル、ビル。風情がないというかなんというか。
だけどそんな風景でもティエラやミラエルにとっては珍しいようで、車の窓に食いつくようにして見入っている。そりゃそうか、初めて見るんだろうしな。
さて、ということで俺たちは今、車の中にいる。それも普通の車ではなく、胴の長いリムジンと呼ばれる高級車だ。
座席はソファのように長く、横には小型の液晶テレビや高そうなグラスが載ったテーブルと飲み物の入った冷蔵庫が置いてある。
そこから取り出したサイダーを飲みながら、俺は先ほどのことを思い返す。
喫茶店でコーヒーを飲んでいた俺たちに対して、ギルド職員の栗崎は言った。
『今回の騒ぎの参考人として、ギルド会館まで同行してもらおうか』
剣呑な物言いの栗崎だったが、言っている内容は当たり前のことだ。
山岳地形のダンジョンを更地にするだけの騒ぎだったんだ。それにアリアは冒険者を救助していたから顔も割れてる。ついでに言えば、これまでアリアと一緒に何回かダンジョンに潜っているので、俺が召喚師だということも伝わっているだろう。
この状況で声を掛けて来なかったら、むしろギルドの監視体制や情報網を疑わないといけないレベルだろう。
だから俺は少し攻撃的な雰囲気を醸し出しているアリアを手で抑えて栗崎に向き直った。
『わかった。こっちも伝えたいことがあるからな』
実際、伝えたいことはある。あのスポーンとかいう喋る魔物のこと、魔石からそいつらが生まれたこと、そして冒険者の中に奴らの下僕が紛れ込んでいたこと。
本当ならザックと戦ったときに話をしておくべきだったんだろうが……まあ、過ぎたことはいい、懸念事項もあったしな。
『では付いて来い』
それだけ言って栗崎は喫茶店から出て行こうとし、俺たちは彼の後ろを追った。
その入り口の前に止めてあったのが、今乗っているリムジンというわけである。
そんなこんなで俺たちは現在、ギルド会館に向かっている途中だ。
ギルド会館はこの迷宮都市の中心となる建物の一つだ。冒険者の管理を一手に引き受けており、昇格試験やパーティ募集、その他諸々の契約などでお世話になることが多い。
その中の一つに、今回のような騒ぎの事情聴取もある。未だに法整備が完全に行き届いているとは言い難いダンジョン内の騒ぎに関することに限定されてはいるが。
「ですが一体どういうことなんですの? 送ってきた遣いはあれほど高圧的ですのに、この車はずいぶんと豪華……かなりチグハグですわね」
「そうですね……歓迎されているのか、警戒されているのか……」
「考え過ぎじゃないか? わざわざ人間同士で敵対する必要もないだろうし」
別にギルドを敵に回すようなことをした覚えはない。
それにもしもギルドが俺たちに攻撃してくるなら、もっと遠回しな方法を取ってくるはずだ。わざわざ車で送り届けるよりホテルの部屋を奇襲するとか、根回ししてダンジョンに入らなくするとか、な。
「でしたら栗崎様のあの態度は?」
「さあ? 普段からそういう性格なんじゃない?」
「……それはそれで問題はあるというか、それを遣いとして出す神経を疑いますけどね」
「まあ、冒険者なんて犯罪者紛いの荒くれ者も多いからな。少しくらい圧をかけないと言うことも聞いてくれないんだろうさ」
紛い、っていうか実際に犯罪をしている奴らも少なからずいるって話も聞くしな。
動物の調教には力が一番とは良く言ったもんだよ。
そんなことを話していると、車の振動が止んだ。
ややあって栗崎さんがドアを開ける。
「降りろ。特別顧問が待っている」
それだけ言って、彼は口を閉じた。
気にしつつも俺は未だに窓に貼り付いていたミラエルを引っ剥がして車から出た。他のみんなもそれに続く。
「お、大きい建物ね。それに人も多いわね……」
「むー……」
ギルド会館、多くの冒険者を管理する組織、ギルドの拠点。特にこの西東京のものは日本のギルドの中心だ。それに違わず、多くのビルが建ち並ぶ駅前においてもかなりの大きさを誇る。(残念ながら大企業には敵わないが)
それに比例するように人の数も多い。そのほとんどは冒険者だ。コスプレのような騎士鎧を着た人物から、機動隊が着けているような実用的な防護ベストを纏っている男もいる。
ただ何度も言う通り冒険者というのは男所帯だ。その中で綺麗どころばかりの女性パーティは目立つ。そりゃもう荒野に咲いた一輪の花とか、砂漠に現れたオアシスと言わんばかりに目立つ。
そしてそんな環境で、胸の谷間を晒し出すような格好をしているティエラに向けられる視線は、側から見ている男の俺にとってもあまり気持ちのいいものじゃなかった。ミラエルもストレスを感じているみたいだ。
一応、視線を遮るような位置を心がけてはいるが……。
「ついて来い」
そんなことを気にした様子もなく悠々進んでいく栗崎さんに続く。
ギルド会館の中は白を基調とした清潔感のあるデザインで統一されており、カウンターでは制服を着た職員たちが相談者に対応している。
いつ見ても思うが銀行とか役所みたいだな。
「思ったより綺麗ですわ!」
「冒険者はあんま評判が良くないからな、こういう人目に付くところは整えておかないといけないんだろうさ」
特にギルド会館はダンジョンの発生や行方捜索のために一般人も来ることが多い。
彼らに冒険者に対する苦手意識を与えないために、ここの管理は徹底されているらしい。
たしかあそこのカフェテリアはどっかのホテルの元シェフを雇っていて、昼休みのOLもよく食べに来るとか。これも冒険者と一般人の距離を縮める策の一つだろう。
俺たちは周りの視線を無視しながら栗崎さんに従って、奥へ奥へと進んでいく。
彼は『従業員以外立入禁止』の貼り紙が貼られたドアを開け、その先にあったエレベーターのボタンを押した。
こんな場所あったのか……。
「そういえばマスター、特別顧問ってなんなのかしら?」
視線が減ったところでようやく心に余裕ができたのか、ティエラが口を開いた。
たしかにギルドマスターなんかと違って特別顧問なんてのはわかりにくいな。
「特別ってのはよくわからんが、顧問ってのはギルドの運営にアドバイスする元冒険者の人だ」
「アドバイス?」
「ギルドマスターみたいな職員は根っからの公務員……あー、文官がほとんどだからな。本当に冒険者が何をして欲しいのかってのがわからないことが多いらしいんだ。だから経験者がこうした方がいい、って助言するんだってよ」
実は俺たちのような冒険者や一般人にとってはギルドマスターより顧問の方が馴染みがあったりする。というのもニュースやワイドショーのコメンテーターとして出てくることも多いのだ。
まあ、実際には会ったことはないけどな。
「ならやっぱり強いのかしら?」
「よくテレビで見るような人は元ランク8とかだったな。でも怪我とかで引退してる人だから、全盛期ほどじゃあ……ってなんでそんなこと聞くんだ?」
「なんでって……警戒しておくに越したことはないでしょ?」
ティエラが「ねぇ?」と同意を求めるとアリアも、そうだそうだと言わんばかりに首を縦に振る。それに対してリサは、いやいやそれは考えすぎですわ、と言わんばかりに首を横に振った。
俺とリサは、視線を交わし目と目で意思疎通を図る。
『ぶ、物騒過ぎないか? 下手に手を出したりして問題を起こされると困るんだが?』
『きっとお2人とも前の世界でそういう目に遭ってきたのですわ……』
『言っとくけど俺はあいつらを止めれる気しないぞ?』
『わたくしもどうにもできませんわよ!?』
しばし無言で見つめ合う俺とリサ。アリアは言わずもがなだが、ティエラも【盾術】スキルを持つような純前衛だ。俺たちじゃあ止められそうにない……。
ポーンという音と同時にエレベーターの扉が開いた。栗崎さんが扉を抑えてくれているので、俺たちもさっさとエレベーターに入る。
『じゃあノリでなんとかするってことで!』
『何も起こらないことを祈りますわ!』
大丈夫、大丈夫! 常識的に考えて特別顧問とやらが手を出してくる可能性は皆無だからな! 心配するだけ損って話よ! あっはっは!
そんな風に開き直った俺たちを見て、アリアたちが首を傾げていた。
目的である8階に到着するのに、そんなに長い時間はかからなかった。途中箸にも棒にもかからないような話をしていた俺たちだったが、エレベーターの扉が開いた瞬間、異様な雰囲気が漂っているのを感じ取った。
アリアが腰の剣に手を掛けた。
リサが指輪を見つめた。
ティエラは枝を胸元から取り出した。
ミラエルは不快そうに顔を顰め、俺は腰に下げたレーザーナイフを確認する。
なんだこりゃ……。濃密な魔力がフロア中を埋め尽くしてやがる。それにどこからともなく感じ取れるほどの敵意、一つではなくいくつもの。
ここだけダンジョンに呑まれてるって言われても信用できるぜ、こんなの。
だが、警戒する俺たちをよそに栗崎さんは動じた様子もなく通路を歩いていく。俺たちも注意しながら彼に続く。
そして、彼が通路にある扉の一つの前に立った。
「この部屋で特別顧問が待っている、入れ」
それだけ言って、彼は手を後ろに回した。どうやら彼が開ける気はないらしい。
とはいえ、俺たちとしてもあまり扉を開けたくない。なぜならこの部屋から魔力が漏れ出しているからだ。まず間違いなく、良くないことが起きると確信してしまうほどの。
だが、入らないわけにはいかないのもまた事実だ。
俺は左手をレーザーナイフの柄に掛けつつ、右手で扉をノックした。
コンコンコン……。
『うむ、入りたまえ』
許可は下りた。
俺は意を決して扉を押した。そして視界に入ってきた白い髪……。
その瞬間。
『ーーーーーー!!』
「危ないっ!」
ティエラが叫び、俺の体は凄まじい勢いで後ろに吹き飛ばされた。
宙に浮いた俺の目に映ったのは日本刀を振るう白髪の女性と、それを腕で受け止めている褐色の美女。
「マジかよ、本当に襲ってくるだと!?」
「富嶽さん! 上です!」
アリアの声に反応して上を見ると、そこには口元にナイフを咥えたティエラと対峙しているのと同じ顔をした白髪の女性が天井に貼り付いていた。
『ーーーーーー』
彼女は俺の首元目掛けて飛びかかってくる。だが、その刃は黄金の剣によって阻まれた。
「あなたの相手は私です!」
そう言って振るうアリアの剣を女性はナイフで器用に受け流していく。
なんだってんだ、一体!? 見ればリサも白髪の女性と戦ってるし……。
いや、理由を考えるのは後だ。ここは死地、油断してはいけない。
探せ、まだ刺客はいるかもしれねぇ!
「うー!」
『ーーーーーー』
「ミラエル!」
声を上げるミラエルの方へ向き直ると、そこには白髪の女性の金槌を旗でいなしているミラエルの姿が。
俺はレーザーナイフの刃を出して、女性に向かって突撃する。モンスは使えない、この通路ではあいつの指も出すことはできない。
ミラエルの方へ集中していた女性は、視界の端から迫ってきた俺に対処することができずに、あっさりと押し倒すことができた。
俺は女性の金槌を持つ方の手首を踏み潰しながらナイフを首元に沿わせる。
「何者だ、テメェ」
それと同時に、今まで鳴っていた剣撃の音が止んだ。
目だけを動かして見れば、どうやら他のみんなも制圧が終わったらしい。
俺は女性に対して視線を戻す。しかし、そこには数瞬前とは全く異なる景色が広がっていた。
頭が、なかった。俺はナイフを動かしていないし、首もどこにも転がっていない、ましてや血も出ていない。
なのに頭がなくなっている。残っているのは首から下と、白い煙のようなもの。
そして残りの体もすぐに煙のようになり、俺の下から消え失せてしまった。
唯一残された煙は、開かれた扉の方へと飛んでいく。
そしてその部屋からは、パンパンパンッと手を叩く音が響いている。
周りを見ればアリアもリサも同じことになっていて、困惑したような視線を向けてきた。
事情を知っていそうな栗崎さんに目を向けても反応はない。
仕方なしに部屋を覗けば、そこには同じように困惑した様子のティエラと、一際高そうな机に腰掛ける白髪の美女が。
彼女は手を叩きながら口角を上げた。
「ふむ、なかなかやるじゃないか。すまないな、試すような真似をして」
女の顔は先ほど襲いかかってきた女たちと全く同じ顔をしていた。
だが、敵意を感じられない。むしろ和やかな雰囲気すら醸し出している。
「何者だ、あんた……?」
「そう警戒してくれるな。妾は宵闇 霞。このギルドの特別顧問の1人だ。そしてそちの先輩でもある……」
彼女はそう言うと拍手を止め、机から下りた。
宵闇さんは笑う。
「糟谷 富嶽だったな? そち、特級冒険者になってみないかい?」
……特級冒険者? なんだそりゃ。




