痕跡を探して
そしてダンジョン攻略当日になった。
例の山岳地形のダンジョンの入り口は喫茶店になっており、準備を終えた俺たちは一服しながら将を待っていた。
「苦いですわぁぁぁ……」
「だから無理してコーヒーを頼まないでいいって言ったんだよ。ほれ、砂糖とミルク」
「ありがとうございますわ! ……まだ苦いですの」
「そうですか? 中々おいしいと思いますけど」
「理解できませんわ……」
自分の前に置かれたコーヒーを置いて、リサは俺のキャラメルマキアートをじーっと見つめる。
……まあ、意図することはわかるがな。
「そうなるかもと思ってたからな」
「ありがとうございますわ!」
俺が言うなり、リサは一瞬でコーヒーとマキアートを入れ替えて、勢いよく呷った。
「ぷはぁ! やっぱり甘いのが飲みやすいですわ!」
「苦いのも悪くないと思うんですけどね……」
「そこは好みの違いだから仕方ないだろうさ」
リサから貰ったコーヒーを俺は口に運ぶ。……甘いな。
そうして、俺たちがワイワイしているところに身の丈ほどもある巨大な戦斧を背負った男が近づいてきた。
俺たちを攻略に誘った沢田将だ。
「よう、待たせちまったようだな」
「俺たちが早めに来てただけだ。気にすんな」
将の後ろには3人の男が苦笑いを浮かべていた。
それぞれ大盾、弓、短剣を身につけている。
「その方々は……」
「俺のパーティメンバーだ。そっちのデカいのが……」
将が仲間をそれぞれ紹介していく。俺は頭を下げて「よろしくお願いします」と言うだけだ。
そんな俺を見て、将の仲間の弓使いが心配そうな顔をして将に言った。
「なあ、本当に大丈夫なのか? ランク4に女が2人だろ? 正直俺たちだけでやった方が……」
「いや、そんなことねぇよ! あいつら俺たちより強ぇからさ!」
「本当かね……。というか俺たちはお前の見たってやつも半信半疑なんだが。その上、ひよっこのお守りなんて御免だぜ?」
慌ててこちらのフォローをする将。
だが、弓使いの言うことは最もだろう。実際、俺たちは何かの実績を残しているわけじゃないしな。
だが、そこでアリアが口を挟んだ。
「ここで話していても仕方ないでしょう。心配ならダンジョンで確かめればいい、それだけです」
「ちょっ、アリア」
流石に喧嘩腰過ぎる。怒られてもおかしくないぞ!?
だが弓使いの男は、それを聞いてニヤリと笑った。
「へぇ、ずいぶんな口の利き方だな。面白え、見せてみろよ」
そう言うと彼はダンジョンの入り口へと向かっていった。残りの2人もそれについていく。将も俺たちにスマンと頭を下げて、彼らを追う。
「アリア、少し言い過ぎだ。怒られても仕方なかったぞ?」
「そうですか? でも言い争っても仕方ないじゃないですか」
「それでも言い方ってもんがあるだろ、なあリサ……リサ?」
俺が同意を求めて彼女の方を見ると、狐耳をピクピクと動かし何かを思案するように眉をひそめていた。
彼女は俺に名前を呼ばれていることに気づいたのか、肩をビクリと震わせた。
「リサ、どうかしたのか? お腹壊したならトイレ行ってきていいぞ?」
「いや、違いますわ!? 淑女に対してあまりにもデリカシーが欠けてますわよ!?」
犬歯をむき出しにして吠えるリサ、前のめりにつんのめってツバが飛びそうなほど近づいてくる。
その俺とリサの顔の間に割って入った手があった。
「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて。それでなんでボーッとしていたんですかリサさん?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
「なんでもないってことはないだろ? 仲間なんだし遠慮せずに教えてくれよ」
「……少々寝不足で呆けておりましたの。本当に気にしないでくださいまし」
そう言ってリサはキャラメルマキアートを飲み干した。寝不足って……昨日は割と遅くまで作業してたけど、朝はしっかりはっきり目覚めてたような……。
まあ、いいか。本当に大事なことなら言うだろ、たぶん。
「おーい、富嶽! そろそろ行くぞ!」
「あっ悪い、すぐ行く! リサ、大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんわ。わたくしの煌めきを見せて差し上げますわ!」
よしっ、何を言っているかはわからんが元気はあるっぽいから大丈夫だな!!
俺たちは飲み物の容器を片付けてから、将のパーティーの下へと向かうのだった。
「はぁっ!」
アリアの剣が岩のような灰色のゴツゴツしたデカい蛇の頭を両断する。
岩蛇。このダンジョンの魔物を体現した存在の一つだ。文字通り岩のような肌を持った蛇で、擬態のために灰色になり凹凸があるのだが、これがとんでもなく硬い。それに加えてなぜか普通の蛇みたいにクネクネ動く。どう考えても岩のような鱗が干渉するはずなのに問題なく動くのは意味不明だ。
通常、岩蛇のような硬さを持つ魔物を倒すにはハンマーのような打撃攻撃で打ち砕くのが基本になる。生半可な実力では刃物を使っても通らないからだ。
それをいとも容易く切り裂いたアリアは、やはり達人と言えるだろう。
「確かに凄いな、あいつ」
「そう、だろ!?」
弓使いがアリアの剣技を見て漏らした言葉に、将が他の岩蛇に戦斧を振り下ろしながら応える。
アリアに対して凄いと言った彼らだが、俺からすれば彼らも相当なものだ。
将の一撃は2m近くある岩蛇の体全てを真っ二つに裂いていたし、弓使いは放ったやが途中で曲がったり通常ではありえないような挙動を描いていた。それ以外の2人も若干物理法則から外れたようなことをしているのは流石ランク6の冒険者といったところだろう。
リサはルビーの指輪を使ってかなりの数の魔物を屠っている。蛇のように縦横無尽に動き回る炎が魔物の口から侵入し、体内を焼き尽くす様は中々グロテスクだ。目から
「しかし……本当に何もないな」
「そうですわねぇ」
すでに俺たちはあの時きららと将と出会ったところまで足を伸ばしている。第一階層の奥の奥だ。あの時大量にいた羊の痕跡はなにもない。
「なんか匂いとかないの?」
「……勘違いされては困りますが、わたくし嗅覚は富嶽様とさほど変わりませんのよ?」
「えっ、獣人なのに?」
「鼻は富嶽様と変わりませんわ」
ほらっ、とリサが自分の鼻を指差す。なるほど、たしかに言われてみれば当たり前だな。ゲームなんかに出てくる獣人は嗅覚が鋭いものだったから、リサもそうだと思い込んでいたけど……耳と違って鼻は人間と同じだから嗅覚は変わらないのか。
先入観と思い込みの危うさを痛感しつつ、屈みながら羊の大群の痕跡を探す俺の近くに将がやって来た。
「そう簡単に何か見つかるものかよ、だったらギルドが何か見つけてるだろうよ」
たしかに将の言う通りだ。ギルドが雇ったプロでも何も発見していないんだから、俺のような素人が探しても無駄だろう。
「でも、だったらどうする?」
「もっと奥に行ってみよう。俺ときららが襲われたところよりもっと奥へ」
「奥?」
「あいつら同じ方向から走ってきてただろ? つまりそれを辿っていけば大元を見つけられるって寸法よ」
「というわけで来たが……」
「何もないですね」
「ですわー……」
3人で断崖絶壁から空を見下ろす。
ここは第一階層の端の端。限界地点である。陸地は断崖絶壁になっており、前にも下にも青い空以外に見えるものはない。
「あの下はどうなっているのでしょうか?」
「どっかの誰かがドローンを飛ばしたりとかしたことがあるらしいけど、何もないらしいぞ。下も横も」
「何もないって、魔物もいないんですか?」
「それどころか地面がないらしい」
俺の答えを聞いたアリアとリサは顔を見合わせる。
そう、あの下には何もない。本当の意味で何もない。地面も水も何もかも。
かつてダンジョンの端から投げ入れられた発信器、当時の最先端のものを使った実験だったが、最後は通信範囲外に出たことでロストしたそうだ。……宇宙とも通信できるような発信器が。
ゆえにこの下に何があるのかを知る者は誰もいない。実際に落ちたことがある者以外には。そして、真実を知る者は決して帰ってくることはない。
ダンジョンの端は宇宙よりも深海よりも近くに存在する未知の深淵なのだ。
それはさておき例の羊の大群である。
将の言う通りに奥へ奥へとやってきたが、ここまで手がかりは何もなし、骨折り損のくたびれ儲けだ。……いや、儲けがないからただの損だな。
「おーい、富嶽!」
黄昏ている俺たちを呼ぶ声があった。少し離れた場所を調査していた将だ。
彼は左手を大きく振りながら、右手で山肌を指差していた。
「こっちに洞窟があるみたいなんだ! ちょっと来てくれ!」
洞窟だって!?
俺たちは急いで彼の言った方へ向かう。
すると、そこには山肌にくり抜かれた洞窟と外に出されたいくつかの大きな岩が転がっていた。
「こいつが岩を掘り出してくれたんだよ」
将が大柄な盾持ちの男の肩を叩く。叩かれた男は無言でサムズアップ。これだけの岩を取り出したのに、その余力……かなりの身体能力だな。
「さて、手がかりが無さそうなら、ここを探索してみようと思うんだが、どうだ?」
「そうだな、それでいいと思う」
この辺りはあらかた探索したが、何一つ見つかる物はなかった。ここに行くしかないだろうな。
将たちのパーティーが洞窟へと足を踏み入れる。俺も続こうとしたとき、ぐっ、と袖を引かれた。
「……リサ?」
「あっ、いえ、その……」
彼女はうろたえた様子で自分の手を見つめていた。いったいどうしたんだ?
「少しイヤな予感がしますの……。一度引き返すことはできませんの?」
「……引き返す?」
イヤな予感と言われても、それを根拠に撤退はしづらい。色々準備してきたし、将たちに迷惑がかかってしまう。
俺は袖を握っていたリサの手を取った。そして、彼女の茶色い目を見つめる。
「引き返すことはできない。向こうのパーティーに迷惑がかかるからな」
「そう、ですの……」
「それに俺はリサの言うイヤの予感ってやつがわからないんだ」
「………………」
リサは顔をしかめる。眉を歪め、唇を噛む。
「リサを信じているからな」
「……えっ?」
「魅せてくれるんだろ? 煌めきってやつをさ」
俺の言葉に目を大きく開いたリサは顔を上げて、しばらくして微笑んだ。
「そうですわね……そうでしたわ! わたくしとしたことが何を弱気になっていたのでしょう!? 任せてくださいまし、富嶽様! 必ずやわたくしの煌めきを貴方に見せて差し上げますわ!」
「ああ! 期待してるぞ!」
リサはさっきまでの不安はどこへやら、勇んだ様子で洞窟の中へと入っていく。
そして、続いて洞窟へ歩き始めた俺の横からアリアが声を掛けてきた。
「ノせ方がうまいですね」
「人聞きが悪いな。全部俺の本音だよ」
「そうですか。……ところで先ほどリサを信じていると言ってましたけど、彼女だけですか?」
!?
いきなりの発言にバッとアリアの顔を見やる。彼女はこちらを見ずに前を眺めているだけだ。不満気な様子は窺わせない。
「いや、さっきのはリサと話してたからで……。もちろん、アリアのことは頼りにしてるさ」
「ええ、それなら私も期待に応えるよう頑張りますね!」
そんな風に話していると、洞窟の奥に開けたスペースが見えた。そこに入る直前で将たちが俺たちを待っていた。
弓使いの男が軽く足踏みをしながら口を開く。
「ずいぶん遅かったじゃねぇか」
「すいません、ちょっと持ち物を確認してて」
「はっ! ついに見つけた証拠を前に呑気なもんだぜ」
「証拠?」
あっちを見ろと言わんばかりに弓使いは広間を指差す。指示に従って、俺はそこを覗いた。
「あれは……」
そこにはあの時見たような大量の羊が、ところせましと押し詰められていた。




