最終編・ワンダーテールの夢のあと
気が付けば、街にいた。どうやってここに来たか、どうしてここにいるのか、何も覚えていないしわからない。それでも、すべきことは、ここについての知識は持ち合わせていた。
「全く、ナンセンスな運命の悪戯だねぇ」
歩き出す。大きな街のようで、通りの脇には色々な店が並んでいる。呉服屋から八百屋、食事処から郵便局まで。通る人も様々だ。髪の色も目の色もみんなバラバラ。どうやら色々な場所からこの街に集まっているようだ。
色々な人とすれ違う。
「ほらほら、こっちよカイト!」
「ちょっと待ってよノロア!」
幼馴染なのだろうか。仲の良さそうな幼い二人。
「ほらシールさん、急がないと患者さんたちが待ってますよ」
「だって荷物多いもん。エイルちゃん歩くの早いってばぁ」
看護士だろうか。ナースキャップに白衣姿の女の子と女性の二人組み。
「本当に、色々な人がいるねえ」
未だに自分がここに来た意味がわからなかった。世界が崩れ、あの子と別れてからの記憶は一切ない。
「こんな世界でも楽しかったかもしれないねぇ」
すれ違う人たちが時々自分の方を振り返る。このネコ耳と尻尾が原因だろうか。でも、こんな容姿の人もそこらにいる。やっぱり理由は、装いがこの街にそぐわないからだろう。
「せっかくなら、おめかしくらいさせてくれてもいいじゃないか」
誰に言うでもなく呟く。一番言いたい相手は、おそらく一番近くで聞いているだろうが。
「にしても、なんでボクなのかなぁ。ほかにキャストはいただろうに」
なんてぼやいても仕方ないので、頭にインプットされた知識が示す場所へ向かう。つもりだったが、すこし寄り道をすることにした。路肩の露天商に話しかける。
「ここは……果物屋かい?」
「ええ。ああんた見ない顔だねぇ。旅の人かい?」
「まあ、そんなところかな。このりんご、一つ下さいな」
「毎度あり」
ポケットにはご丁寧にもお金が用意されていた。こうやって寄り道することすらお見通しらしい。
とりあえずりんごを一口かじる。うん、美味しい。あの世界のも中々だったけど、これもまたいい。
そんなこんなで歩いていると、目的地に着いた。この街の一角。他の店とは一際違う雰囲気を漂わせる店。看板には、「Title Namer」と記されている。
迷い無くその店のドアを開けると、若くてハンサムな店主がいた。
「ここが「Title Namer」かい?」
「うちの店をご存知で?」
「ああ。ちょっと事情があってね」
知識としては知っているはずもないが、今のボクは知っている「ことになっている」。お構いなしにカウンターに座ると、そんな客は初めてだったのか、店主は驚いたそぶりを見せた。
「一つ聞きたいんだが、ここはその記憶の結晶とやらがなくても引き受けてくれるのかい?」
「……その言い草、あなた……」
「その通りさ。それで、どうなんだい?」
「……そうですね。書ききるだけの充分な資料があれば可能ですが」
「そっか。なら大丈夫だ。ボクという資料があるからね」
カウンターから身を乗り出して言う。
「依頼があるんだ。引き受けてくれるかい?」
「ええ。なんなりと」
「ありすっていう女の子の物語なんだけどさ――」
それから二週間、ボクはこの街で過ごした。その間、ボクは「Title Namer」に通い、店主の執筆に付き合った。そして今日、ついに依頼していた作品が完成する。
「さあ、最後です。本来は僕がやる仕事ですが、今回ばかりはあなたに譲りましょう」
そう言って、店主はボクの前に一冊の本を差し出す。続けて、羽ペンとインクを差し出した。
「いいのかい?」
「ええ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
羽ペンを手に取り、ボクは本の表紙に綴る。
二人の、不思議な少女の物語の名前を。
『終わりの国のありす』
「ふぁぁ、書き終わったぁー!」
大きく声を上げて、私――御鏡ありすは大きく伸びをする。
「これって、部誌のやつ?」
「うん、そうだよアリス」
その後ろから、家にホームステイをしているアリス・リデルが顔を出す。はじめは楽しそうだったのに、ふと思い出したように怪訝な表情を浮かべる。
「……また私のこと殺したりしてない?」
「その節はごめんって、してないしもうしないよ」
「じゃあいいよ。また後で読ませてね」
「うん。」
海外に住んでいる叔父の隣の家に住んでいたアリスとは、小学生の頃に出会った。名前が同じということもあって、すぐに仲良くなった。休みの終わりが近づき、「帰りたくない」と駄々をこねた私に、アリスは別れ際に懐中時計をくれた。今もそれはパソコンの隣に飾ってある。
時が流れて去年、私は久々に会いたいなと思いながら、私を主人公にしてとある小説を書いたのだが、作中でアリスを殺してしまったのだ。日本語の勉強にうちにホームステイをしに来たアリスはそれを読んで怒り、丸一日口を利いてもらえなかった。
「今回はどんな話なの?」
「前から書いてた小説の最終話っていうか、まとめみたいな? 全部を繋げたって感じ」
「へー、面白そう」
「「おとぎ話担当」とは思えないような作品ばっかだけどね」
「ダメじゃん」
「自称じゃないからいいの」
私は手元に置いていたコーヒーを一口飲んだ。すっかり冷めてしまって、とても苦い。横からアリスがコップを奪い一口飲んで、「うぇー」と言いながらベロを出した。
「さ、そろそろ行くよ」
「そろそろ行くよって、今の今まで作業してたのありすじゃん」
「聞こえなーい」
私は荷物を纏めると、ポーチを肩から提げた。アリスも同じように、私とおそろいのポーチを提げる。
「サークルのお友達のライブだっけ?」
「うん。代理で歌うことになっちゃってさ」
今から向かうのは軽音サークルのイベント。うちのサークルのメンバーが、いろいろあってボーカル代理を務めることになったので、アリスと二人で見に行くのだ。
「「いってきまーす」」
二人そろって家を出る。ワクワクしながらふと見上げた空は、快晴。
呪いも、おかしな病気も、記憶の詰まった結晶も、それこそ不思議の国もこの世界にはないけれど。
それでも、ワンダーテールの夢のあとは、どこか心が躍る。
きっと、そんなものだ。




