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ワンダーテール  作者: 神ヶ月雨音
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四編・Title Namer

 この世界では、人が死に、その亡骸が火葬された後、遺骨と共に「記憶の結晶」というものが残る。その結晶にはその人の一生の記憶が詰まっており、手で触れることで、その記憶を映像として脳内に投影することが出来る。

 世の中には、記憶の結晶を加工することを許された、「扱晶士」と呼ばれる者たちがいる。彼らは厳しい試験をクリアし、「扱晶資格」という資格を得ることで、人の記憶の結晶を扱ったり加工したりすることを許される。例えば、結晶を小さく整形し、アクセサリにしたりする。そしてそれを遺族は形見として身に付ける。

 そんな中、とある町の一角に、「Title Namer」という店が開かれた。その店の店主は、世にも新しい「紡話士」と呼ばれる職業だ。紡話士は、人の記憶の結晶からその人の記憶を見て、その人生を物語として書き起こし、その人生に題名をつける。というもの。

 今日もまた、店の扉が開かれる。



 カランカラン。と、ドアのベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。ここは「Title Namer」。人々の人生に題名を与える場所。なにか、依頼ですか?」

 店に入ってきたのは、一人の若い女性だった。手元には、記憶の結晶を握り締めている。

「よかった、ここであってたんだ……。あ、ええと、はい。依頼です」

「そうですか。あ、どうぞ座ってください」

 店主に促されるまま、女性はカウンターに座った。女性は店内をクルリと見渡した。落ち着いた雰囲気の内装と、オレンジ色の優しい照明。とてもいい雰囲気だな。と女性は思った。

「あ、あの、祖父の物語を書いて欲しいんです」

「おじいさんの?」

 店主はコーヒーを淹れながら言った。コーヒーは飲める? と聞いた店主に女性はミルクがあれば。と答えた。

「祖父は、旅をしていました。世界中を飛び回って、時折帰ってきては、色々な話を私に聞かせてくれました」

「ふむふむ」

「でも先日、亡くなってしまって。祖母や母と話し合って、祖父の物語を書いてもらおうって」

「そっかそっか。それは辛かったろうに」

 店主はコーヒーを差し出した。女性が一口飲んだのを見て、自分も啜った。

「それで、依頼費は……」

「ああ、そんなに高くないから安心して。半分くらいボランティアのつもりでやってるから」

 店主が依頼費を告げると、女性は驚いた。他の扱晶士に頼むのと、圧倒的に安かったからだ。

「本当は無償でやりたいけど、生活がね」

 店主は苦笑いをした。それを見て、女性も少し笑った。

「それじゃあ、お願いできますか?」

「うん。任せて。じゃあ、ここに連絡先を書いてくれる? 書きあがったら連絡するから」

「はい、わかりました」

 女性は自分の家の連絡先を記し、示された金額と記憶の結晶を渡した。

「うん。確かに受け取ったよ。書きあがるまで気長に待っててね」

「はい、お願いします……!」

 そういい残し、女性は店を出て行った。



 午後十時半。「Title Namer」の二回の居住スペースにて、店主は卓上ライトだけを点けて、机に向き合っていた。机の上には何百枚もの紙と、タイプライター、そして依頼者の持ってきた記憶の結晶があった。

「さて、始めようかな」

 記憶の結晶を手に取り、その人の記憶を脳内に投影する。

 依頼者の祖父は、幼いころから「冒険」というものに興味を持っていた。それは、彼の祖父もまた冒険家であったからだった。彼は夢を追い続け、数々の困難と挫折を超えて、ついに冒険家となった。

 それからの彼の人生は、カラフルで素晴らしいものだった。旅の途中で出会った女性と恋に落ち、結ばれ、子供にも恵まれ、ついには孫までできた。その間も、彼は延々と旅を続けた。時折帰ってきては、喜ぶ娘や孫たちに土産話を聞かせながら。

 月日は流れ、死期を悟った彼は迷った。余生を家族と過ごすべきか、それとも自分らしく旅を続けるべきか。そんな中で、妻は彼にこう言ったのだ。「あなたのしたいようにすればいい」と。その言葉通り、彼は最後の最期まで旅を続けた。そして、その色鮮やかな人生に幕を下ろしたのだった。

「素晴らしい人生だ。さぞ幸せだったろうな」

 店主は一言呟くと、タイプライターをものすごいスピードで打ち始めた。学生時代、彼にかなうタイピング速度の者はいなかった。

 物語が紡がれていく。怒涛のスピードで、一切の誤字も妥協もなく、紡がれていく。彼の物語が、書き起こされていく。

 そして、夜が明けた。



「いらっしゃいませ」

 昼下がり。数日ぶりに見る依頼者の女性は、とても楽しみにしているような様子で来店した。

「本当に、出来上がったんですか?」

「はい。どうぞ座ってください」

 女性がカウンターに座ると同時に、店主は最初に預かっていた記憶の結晶を差し出した。

「まずこちらが預かっていた結晶です。そしてこちらが……」

 店主はカウンターの下から一冊の本を取り出した。丁寧に綴じられ、綺麗に装飾もされている。想定以上の本格さに、女性は驚いた。

「依頼の品になります」

「これを、おひとりで?」

「はい」

 カウンターに置かれた本は、一人の人間が数日で書き上げたとは思えないほど分厚かった。女性は驚いたと同時に、祖父の物語がここまで多く語られるほど濃いものだったのだと、嬉しく思った。

「さて、最後の仕上げです」

「仕上げ?」

「はい。この物語に、題名を授けます」

 そう言って店主は羽ペンを手に取り、本の表紙にこう書き記した。

『Beyond the world』

 店主は羽ペンを置き、本の向きを女性の方へ向けて差し出した。

「ご家族と共に読んで、思い出してあげてくださいね」

「はい……!」

 涙を目元に浮かべながら、女性は本と結晶を手にして店を後にした。



 カランカラン、とドアのベルが鳴る。入店してきたのは、三十代くらいの女性だった。

「こちらが、「Title namer」であっていますか?」

「ええ。何か御用入りですか?」

「はい。依頼をと思いまして」

「どうぞ、こちらに座ってください」

 店主に促され、女性はカウンターに腰掛けた。物珍しそうに店内を見回している。

「さて、話を聞きましょう」

「は、はい。実は……」

 女性は、鞄の中から小ぶりの瓶を取り出した。中には、宝石の欠片のようなものが詰まっていた。

「こちらは?」

「夫の記憶の結晶の欠片です」

「欠片、ですか」

「はい」

 女性は、右手の指につけている指輪を見せて言った。

「旦那が亡くなって、その記憶の結晶を使ってこの指輪を作ってもらったんです。私と出会ってからの夫の記憶だけを残して」

「ふむふむ」

 その話を聞きながら店主は感心した。世界に数多くいる扱晶士の中でも、指定された記憶だけを残して不要な記憶を削り取るのは至難の業だ。そんな人となると、依頼額は相当なものになるだろう。旦那さんの遺産をそこに割いたのかもしれない。

「それで、店主さんには夫の「私と出会う前の記憶」の物語を願いしたいんです」

「そういうことでしたか。お任せください。バッチリ書き上げてみせますよ」

「本当ですか!?」

「ええ。依頼費は……こちらになります」

 店主は数字の表示された電卓をカウンターに置いた。案の定、女性はその金額に目を見開いた。

「こ、これだけですか?」

「ええ。ボランティア精神ですので」

 店主はにっこりと笑った。女性は鞄から財布を取り出すと、指定された金額と瓶を差しだした。

「よろしくお願いします」

「はい、承りました」

 女性は期待に胸を膨らませたような表情で、店を後にした。



 夜。店主は月明かりの下、机に向かっていた。

「さて、始めようか」

 店主は瓶に入った結晶の欠片を手のひらの上に出した。そしてそれらを優しく手で包み込む。頭の中に流れ込んでくるのは、鮮やかな映像。

「すごい……ここまで綺麗に残せるものなんだな」

 頭の中に投影された映像は、依頼主の言っていた通り亡くなった主人の依頼主と出会う前の記憶だけだった。想像できないほどの長い年月をかけて会得したであろう職人の業に店主は感銘を受けた。

「これじゃあ、僕も負けないくらい頑張らないと」

 店主は折り曲げた紙を使って瓶の中に欠片を戻すと、タイプライターを用意した。

 次々と文字が打ち込まれていく。言葉が紡がれていく。物語が出来上がっていく。一切の脱字も誇張も無く、彼の物語が書き起こされていく。

 そして、夜が明けた。



 カランカラン。と、ドアが鳴る。入ってきたのは、いつかの女性。

「完成したって、本当ですか?」

「はい。どうぞおかけになってください」

 促されるまま、女性はカウンターに座る。それを確認して、店主はカウンターの下から本を取り出した。

「これが……そうなんですか?」

「はい」

「びっくりしました。もっと薄いものかと」

「いえ、人の人生ですから。薄い人生だなんていうわけにはいきませんからね」

 依頼者の女性は少し笑った。店主は瓶を取り出すと、先にそっちを渡した。

「こちらが、預かっていた記憶の結晶になります」

「はい」

店主は羽ペンを取り出し、こう言った。

「では、最後の仕上げに入ります」

「はい」

「彼の人生に、名前をつけさせていただきます」

 そう言うと店主は、ゆっくりと本の表紙にこう記した。

『君の知らないプロローグ』

「まあ……なんて素敵な名前なのかしら」

「誠にご勝手ながら、あなた様と出会う前を「プロローグ」と称さて頂きました」

「いいえ、素晴らしいわ。有難うございます」

「どういたしまして」

「私が死んだら、娘にここに行くよう伝えようかしら」

「なるべく遅く来てくださいね」

 女性は、笑顔で本をかけて帰っていった。



 ある日のことだった。いつものように店主が店の外のポストを確認すると、どうやって入れたのか、大きな石が入っていた。

「なんだこれ」

 取り出してみると、それは記憶の結晶だった。

「誰のだろう? それより、どうして?」

 不思議に思いながらも、店主はそれを店内に持ち帰った。幸い今日は客足が無く(元々客数の多い事業ではないが)、店主はカウンターに座って結晶を眺めていた。

「うーん、やっぱり不思議だなぁ」

 この店のポストに入れられていたということは、依頼なのだろうか。しかし、依頼文や依頼者の名前も住所も入っていなかった。

「依頼費も入ってなかったし、なんなんだろう」

 もしかすると、捨てられた兄弟のどちらかが死に、遺された方が火葬して入れたのかも知れない。そんな結論に至った店主は、とりあえず記憶を覗いてみることにした。

 そっと結晶を手で包み込む。頭の中に流れ込んできたのは。

「何だ、これ」

 それは、確かに記憶だった。しかし、「人生」と呼べるかどうかはわからなかった。なぜなら、それは「無かった」から。

「彼は、一体……」

 その結晶は、とある少年のものだった。自意識が芽生えたときから独りで、とある橋の下で生きていた。いや、死んでいたと言っても過言ではなかったのかもしれない。ただそこに「在った」だけなのだ。毎日目覚め、河を眺め、眠る。ただそれだけの日々を過ごしていた少年は、何も無いまま永遠の眠りについた。

 あまりにも不思議な記憶に、店主は面食らった。「何も無い日々」が「ただ在った」だけの記憶。どうしてこんなものが店のポストに入っていたのか。記憶を見た限り、彼が認識していた人間は一人もいなかった。彼が亡くなった後、その遺体を火葬し、結晶をポストに入れるような人物は彼の記憶には一切登場しなかった。

「一体誰が……?」

 全くわからなかった。この少年が何者なのかも、何故店のポストに入っていたのかも、なにも予想が出来なかった。

「……」

 その結晶を眺めていると、とある言葉がふと頭に浮かんだ。

『人は人に忘れられた時に、本当の死を迎える』

 もし誰かが彼の一生を見ていて、彼という存在が在ったことを忘れてしまわぬように、誰かに知っていて欲しくてポストに入れたのだとしたら。

「だったら、僕が覚えておこう」


 夜。店主はタイプライターを叩いていた。あの少年の人生を、何も無かった存在を、しっかり文字で、言葉で紡いでいく。

 無かった存在を、無かったことにはしない。何も無くても、彼は確実に在ったのだ。

 それを確かめるように、物語を記していく。

 そして、夜が明けた。



 翌日、店主はカウンターに座って本を置き、羽ペンを取り出した。ゆっくりと、丁寧に表紙に記す。

『blank』

店主は出来上がった本を優しくなで、本棚に仕舞った。



 ここは『Title Namer』。人の記憶の結晶からその人の記憶を見て、その人生を物語として書き起こし、その人生に題名をつける場所。

カランカラン。と、今日もまたドアのベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。ここは「Title Namer」。人々の人生に題名を与える場所。なにか、依頼ですか?」


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