二編・なみだ姫
遠い昔、とあるお城に、ノロアというお姫様が住んでいました。ノロアは小さい頃、とある悪い妖精に目をつけられ、「一生涙を流せなくなる」というのろいをかけられ、なみだ姫と呼ばれていました。
なみだ姫はその呪いのせいで、何が起きても泣くことが出来ませんでした。誰かが病気になっても、死んでも、戦争が起きても、終わっても、泣くことは出来ませんでした。その様子を見て人々は、「心のない冷淡な姫だ」と蔑み、虐げていました。
そんなある日、なみだ姫の十四歳の誕生日のことでした。なみだ姫がいつものように自分の部屋で裁縫をしていると、コンコンと誰かがドアをノックしました。
「私に用なんて、誰かしら」
なみだ姫は布と針を置き、ドアを開けました。すると、見知らぬ男の人が立っていました。
「こんにちは、どちら様?」
「始めまして、なみだ姫様。私はどこにでもいる、普通の魔法使いです」
「魔法使いさん? 魔法使いさんが、どうして私のとこに?」
「今日は、あなた様のお誕生日でございましょう? 少し、プレゼントをと思いまして」
「まあ、本当? お優しいのね」
なみだ姫は魔法使いを部屋に招き入れました。魔法使いは椅子に座るように勧められましたが、首を振りました。
「さて、プレゼントですが、あなた様に魔法をかけさせていただこうと思います」
「まあ、魔法!? どんな魔法なの?」
魔法使いはにっこりと笑って答えました。
「あなた様の呪いを解く魔法でございます」
「私の……呪い……?」
なみだ姫は、自分の呪いは一生解けないものだと思っていたので、驚きました。
「はい。しかし条件があります。今からあなた様は少しの間、涙を流せるようになります。そして、夜中の十二時までに喜びの涙を流すことが出来れば、はれてあなた様の呪いは解けます」
「流せなかったらどうなるの?」
「そのときは、どんな魔法や手段をもってしても、呪いは一生解けなくなります」
「そうですか……」
なみだ姫は少し考えましたが、呪いが解けるのならこれ以上のプレゼントはないと、頼むことにしました。
「お願いします。魔法使いさん」
「よろしいのですか?」
「大丈夫ですよ。きっと成功させてみせます」
「わかりました。では目を瞑って下さい」
なみだ姫が目を瞑ると、魔法使いはなみだ姫の頭の上に手をかざして、ブツブツと呪文を唱えました。
「はい、できましたよ」
「もう終わったの?」
「ええ。あとはあなた次第です。成功を祈っていますよ」
「とっても素敵なプレゼントをありがとう、魔法使いさん。きっと成功してみせるわ!」
そう言って、なみだ姫は部屋を飛び出していきました。
街に出たなみだ姫は、市場でお買い物をしようとしました。しかし、街の人のなみだ姫への対応はとても冷たいものでした。
「ねえおばあさん、このリンゴいただいていいかしら?」
「……ちゃんと代金は払っておくれよ」
「ねえお兄さん、このカバンを買ってもいいかしら?」
「……好きにしな」
「ねえおじいさん、この布は……」
「あんたみたいな人でなしに売るものなんざないよ! とっとと失せな!」
皆の心無い対応に、なみだ姫は辛くなりました。耳をすますと、ヒソヒソ悪口を言っているのも聞こえてきました。
「どうして……私も普通にお買いものしたいだけなのに……」
ついになみだ姫は耐えられなくなって、りんごもカバンも落として、走って路地裏へ逃げ込みました。誰もいない道端で一人蹲っていると、自然と涙が出てきました。涙を流せたことに驚きましたが、喜びの涙ではないのは明白でした。
すると突然、男の子の声がしました。
「どうしたの? 泣いているの?」
顔を上げると、なみだ姫より一つか二つ年上の男の子が立っていました。
「って、お姫さま!? どうして泣いているの?」
「あなた……不思議じゃないの?」
「姫さまが泣いてるのが?」
「うん」
男の子は少し考えた後、その言葉の意味を理解したようでした。
「ああ、姫さまがなみだ姫って呼ばれてるからってことか。別に、嘘か何かだと思ってたし」
「嘘……?」
「うん。泣かない人なんかいないでしょ。それに、姫さまもちゃんと今泣いてるし」
なみだ姫は、こんなに自分に優しくしてくれる人がいることに驚きました。安心したなみだ姫は、男の子にすべてを打ち明けました。なみだ姫が話している間、男の子は黙って聞いていました。
「じゃあさ、僕もついて行ってあげるから、もう一回行ってみようよ!」
男の子は話を聞き終わるなり、そう言って立ち上がりました。
「で、でも……」
「大丈夫だって! 僕はカイト。ここらじゃ有名な運び屋の息子なんだ。僕が何とかしてあげるからさ、行こう!」
そう言ってカイトは、なみだ姫の手を引っ張って走り出しました。
まず最初に、カイトの提案で、なみだ姫は普通の服を買い、変装しました。着ていた服は売ってお金にしました。それからは、二人で普通にお買い物をしました。驚いたことに、街の人はなみだ姫に気づきません。もし気づかれても、カイトが何とかしてくれました。
最初は不安だったなみだ姫も、次第に笑うように、楽しむようになっていきました。
「どう? 姫さま。楽しい?」
「ええ、とっても楽しいわ!」
そして、二人が魔法について忘れかけたころでした。だんだんと、街の雰囲気が険しくなってきたのです。
「どうしたんだろう……」
耳を澄ますと、「ノロア様を探せ!」と、兵士が言っているのが聞こえました。
「どうしよう、私このままじゃ連れ戻されちゃう。まだ呪いが解けていないのに……」
「戻りたくないの?」
「ええ、戻れば呪いは解けなくなってしまうわ。お城じゃ、喜びの涙なんて流せないもの」
「そっか、じゃあ、逃げちゃおうか」
「えっ?」
カイトは再びなみだ姫の手を掴み、走り出しました。できるだけ人のいないところを選んで走っていましたが、兵士に見つかってしまいました。
「いたぞ!」
「カイト!」
「大丈夫、安心して、姫さま」
カイトはなみだ姫を抱え上げ、兵士から逃げました。必死に走り続け、曲がり角を曲がったとき、物陰に隠れました。兵士が通り過ぎたのを確認すると、カイトはなみだ姫を連れて、すぐそばにある自分の家へ入りました。
「もう大丈夫だよ」
「でも、これじゃカイトも……」
「そうだね。これで僕は罪人だ」
いたずらっぽく笑うカイトを見て、なみだ姫は泣きそうになりました。
部屋に掛けられた時計が、九時を告げました。
「ねえ姫さま、このまま二人で、遠いところに行かない?」
「え……?」
「二人だけで、遠くまで逃げるのさ」
カイトは突然、なみだ姫の前に膝まづきました。
「姫さまは、僕が守るから」
それを聞いたなみだ姫の目から、大粒の涙が零れ落ちました。
「ふふ、うれしい。ありがとう、カイト。喜んでお願いするわ」
「姫さま……。うん、絶対守るよ」
深夜十二時、カイトは自分の馬に乗り、なみだ姫をその後ろに乗せ、街を出ました。馬を走らせていると、後ろから声が聞こえました。
「こんなに速いなんて聞いてないわ!」
振り向くと、あまりの速さが怖かったのか、なみだ姫がうっすら目元に涙を浮かべていました。
「あはは、落ちないようにちゃんとつかまっててよ姫さま」
「カイト、姫さまじゃなくて、ノロアよ」
「ふふ、ちゃんとつかまっててね、ノロア!」
「ええ!」
そして、二人を乗せた馬は真夜中へ消えていきました。




