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今日から学校と仕事、始まります。②莞

それを留年と言う

作者: 孤独

甘い話には毒がある。


凍える外の空気が久しく、心の緊張は不安を7。期待を3に。挑むのは受験である。

口五月蠅い親と出来の良い弟と妹を見返せるような、人生を変える受験である。

ほぼ引き籠って続けた勤勉の結果を、合否という形に記す。


だが、


『もう、合格はできない。そーいう顔をしている』



誰かがそう言ってくるような、幻聴と思い込む。



『人には必ず、立場があるものだよ。身を張ったところで中身はスカスカだ。大事なのはその身に合った中身を詰める事じゃないかな?多くは、魚のような人生がいいものだ』


誰よりも必死であったはずだって、高い自己評価に対しての。他者の評価はいつも辛口だ。

電車の乗り継ぎも加わって、見えない”ソレ”は徐々に形になって、傍にいる。


「合格してやる。家族を見返してやるんだ……」

『懸命に自分を鼓舞するかい。結果が分からないほどかい?君は現実を見ていない、それだけのこと。君の世界は家族ばっかりかい?ま、そうだったね』



電車に乗っている時。

突然、視界を含めた全ての感覚が、白い世界に引き込まれていく。声を発した者の仕業だった。

夢や幻覚。そー思われていて良いと、彼はすでに語っていたようだ。


『私はアシズム。道楽で人と遊んでいる。どうだい?絶対に受験で合格できる方法があるとしたら、なんでも乗るかい?』


強かったり余裕であれば、こんなアホな誘惑は拒んだり、胡散臭いと一蹴するだろう。けど、それだとしても条件だけ聞いてみればいいと思う。夢のこと。


『大丈夫、合格するまで試験が続いていくんだ』



◇        ◇



「始めてください」


そして、試験が始まる……。

受験のコツはいかに正解できる問題を外さないか。簡単なものを確実に答えていく事。おっさんになって思えば、それが仕事ができる仕組みなんだと知れる。世の中、受験以上に単純作業の仕事ばかりである。

この日のために、必死に勉強してきた成果をぶつけるわけであるが。


それでも成果が実を結ばない事がある。努力が足りなかったとか、分かりやすい問題で済む事であればいいものであるが。それ以外の事もあるものだ。例えば、試験当日の体調不良。自分自身に降りかかった、予期せぬアクシデント。言い訳できるものがあったとしても、そんな事を言っていられるほど、自分自身が強く言えるものだろうか。世の中は理不尽だと、掲示板に書き込んで満足したくはないか。

結果が全て。過程などどーでもいいという。

これほど分かりやすい人生の選択、進路が決まった問題はないと思う。


「そこまで」



それが繰り返される。

試験会場の中で熱く、問題と答案にぶつかる者達。

決められている順位があるというのにだ。



「ふぁっ……、かったるいわ。寒いし」


後始末はいつも仲間である。仲間として思うことは、めんどくさい。である。

受験生とも思われそうな学生服と、温かいマフラーを首に撒いて、門の外で待機する裏切京子。彼女の手にはすでに、合格者の番号が記された紙が握られていた。これはすでにもう決まっている”現在”である。

今、その現在にするために。1人の過去を改変している。


「不合格ならリトライ、合格ならゴー」


裏切の超能力の助力もあって、受験生の1人だけは何度でもその試験を合格するまで繰り返されている。彼だけはまだ、試験中の過去に残されており、現在にいる受験生達は進んでいる。

また、その受験生は何度も同じ試験を受けている事を自覚できている。合格するまで、試験が終わらない事。



「……なんでだ?」



なんで終わらない?

なんで同じ試験が繰り返されている。試験管も他の受験生も、なんで気付かない……。

俺だけがこれを体験しているのか?合格するまで続くのか?

試験が終わったらまた、白い霧が現れて……過去に戻って同じ試験をやるのか!?


「っ……」


試験が終わっても、回答用紙なんて見る事すらない。自分の得点だって分からない。

ほぼほぼ、試験を受ける日の自分のまま、試験を受け続ける。

自分以外何も変わりなく。

過去に取り残されながら、現在に生きている自分がいる事を知らずに。



◇         ◇


「普通は乗らないでしょ?だけど、彼はそれに乗った」



それから1年後。彼は合格する事ができた。同時に対価として払っていた時間は、一気に現在に追いつくように加速していき、ほぼほぼ気の長い試験を受けていただけの記憶が残りながら、大事な1年生という時期を過ごした。どのような人間関係、あるいは興味を持てたかは、彼自身が思い知っているだろう。

必ず合格するなどという、一種の理不尽を結果として残せばなってしまう事。


「望みを叶えても、良い結果になったとは限らない。複雑なんですね、人間社会とあなたの趣味は」

「私に当たるの止めてくれないかな?選択通りの事をしたまでだよ。その上でまだまだ人生色々あるからさ。視野を広くとは言わないが、気楽に人生をするものさ」


行きつけの喫茶店で話し合うアシズムと裏切。

無事に人が過去から解放されただけでも良かった事だろうと思う。


「……ところで」

「ん?」

「留年じゃないんですか?その結果……」

「はははは!むしろ、それより残酷なんだけどね。学生としての1年を捨てての入学なわけだからね」


弱者を助けようとも、踏み弄ろうともしていない。あるとすれば、身近な望みを応えてあげるだけ。

アシズムの悪戯には、良きも悪きもある。

ただ、そんな事と表現すれば酷いことではあるが。乗り越えていく強さができるのは、何事も経験からである。自分で知ってみることからである。



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