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#9 竹馬

 延長八年 水無月(六月)


 童子丸誕生からおよそ十年後、元号は延喜から延長へと改元されていた。


 母の温もりを知らぬ童子丸は、しかしすくすくと育っていた。

物心ついた頃には自分に母親がいない事は理解していたが、それを父に尋ねる事はなかった。父に似て賢く、亡き母に似て、相手の気持ちをおもいやる優しさもあった。


 保名は童子丸の陰陽師としての素質を早くから見抜き、幼き頃から読み書きを教え教育を施した。勉学だけでは無く、自然と触れ合う事、人と触れ合う事も重視し、童子丸が興味を持つものにはなんでも納得がいくまで教えた。


◇ ◇ ◇


「童子丸、次は俺の番だぞ」

作耶さくやは終わっただろう、次は箕童みどうの番だ」

「え、ぼ、僕はその次でもいいよ」

「駄目よ、作耶。順番はちゃんと守らないと」

「うるさいな、かしわ。女は黙ってろ」


 少年達は保名が作った竹馬に乗る順番で揉めていた。

彼らは皆、童子丸と同じ年頃の少年達である。何かと童子丸と張り合う作耶。気が弱く引っ込み思案な箕童。男勝りで勝気だが、友達おもいの柏。


「なんですって!」

「なんだよ!」


 ”女は黙ってろ”と言われた柏と作耶が至近で睨みあう。「や、やめようよ」二人の間をオロオロと行き来する箕童。


 バキバキ!


 突如響く破壊音に作耶、箕童、柏が振り向く。

それは童子丸が、父の作った竹馬をへし折った音であった。呆然と童子丸を見つめる三人。童子丸が”清々した”という様な表情で手を叩いて、埃を振り払う仕草をする。


「た、竹馬がーー!」

「作耶、これで喧嘩しなくても済むだろう」

「お前はいつでもやり過ぎなんだよ!」


◇ ◇ ◇


 夕暮れ時。

信太の森のから流れる小川の畔に鎮座する一本の巨木が、長い影を伸ばしていた。

巨木は村の守り神として崇められ、子供達にとっては格好の遊び場で、いつの頃からか”鎮守さん”と呼ばれ親しまれていた。

三人が帰った後、童子丸は二つに折れた竹馬の前でしゃがみ込んでいた。夕陽に照らされて長く伸びる童子丸の影は”鎮守さん”の影と並び、僅かに揺れている様にも見えた。


「童子丸、ごめんなさい」


 不意に声をかけられた童子丸は慌てて、手で顔を拭く仕草で振り返る。そこには頭を下げて謝る柏がいた。


「帰ったんじゃなかったの、柏」

「うん……、気になっちゃって。だってお父様が作ってくれた大切な竹馬……、私と作耶が喧嘩しなければ、童子丸もあんな事するはずなかったのに……、本当にごめんなさい!」


 頭を下げたまま繰り返し謝る柏。


「違うよ、柏が悪いんじゃない。竹馬を壊したのは僕だし二人が喧嘩する前にもっと……、ちゃんと上手くやる方法があったはずなんだ。だから僕の方こそごめん、柏に心配かけて」


 入道雲の隙間に隠れようとする夕陽が、お互いにお辞儀する二つの影を地面に映す。


「な、なんだ、柏、帰ったんじゃないのか?」

「作耶、あなたの方こそどうしたの?」

「俺はなんだ……あれだ……竹馬が……その……」

「あれ? 作耶と柏もいる。二人とも帰ったんじゃなかったの?」

「まぁ、箕童まで……ふふふ」


 二つの影が四つになり、それらがお互いに重なりあって一つの大きな影を作る。そしてその大きな影を見守る様に”鎮守さん”に隠れて佇む一つの影があった。


 次の日の早朝


「ち、父上、おはようございます」

「おはよう童子丸」


 竹馬の事が父親に切り出せず、気まずさから挨拶もそこそこに顔を洗う為に外に出る童子丸。


「父上、これは?」


 外に出た童子丸が見た物は、壁に立て掛けてある四騎の竹馬であった。それは昨日童子丸達の会話を”鎮守さん”の影で聞いた保名が、子供達の為に徹夜で作ったものであった。竹馬の一つは折れ目が丁寧に補修されて、接木で繋ぎ合わされていた。


「童子丸、友達は大事にしなさい。困った時はお互いに助けあいなさい。それはちっとも恥ずかしい事では無いんだよ」

「はい、父上!」


 童子丸の頭を撫でる保名。童子丸は朝陽に照らされた父を眩しそうに見上げた。


◇ ◇ ◇


「童子丸、”鎮守さん”まで競争だ!」

「よし! 箕童も一緒に行こう!」

「え、ぼ、僕も?」

「いいわ、誰が一番最初に着くか私が見てあげる」


 竹馬に乗って位置に着く三人。童子丸の竹馬は膝の辺りで接ぎ木がされている、あの竹馬であった。

柏が巧みに竹馬を操り、”鎮守さん”の傍らで大きく手を振る。


「いくぞ、勝負だ!」


 三騎の竹馬が一斉に駆け出した。



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