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#6 保名の選択

 

 葛葉の微笑み。指の温もり。そのどれもが、たった今まで保名と赤子を包んでいた。しかしそれらは一瞬にして理不尽に奪われた。

いや、愛する者を奪われる事はいつだって理不尽であろう。だからといってそれは許容も理解も出来る事ではない。許容も理解も出来ない理不尽さは、出口の無い思考の円環を産み、行き詰まり暴発する。

受け止めきれない程の哀しみは、必ず代償行為を求める。


「葛葉……、待ってろ、今すぐ全員殺してやる」

「いかん!」


保名が式神を権現させようとした時、保憲が鋭く諌めた。


「呪ノ弐 焔如令」


 焔で焼き尽くせ

焼き尽くす対象の術式を省略し、保憲がその場で呪術の焔を呼び起こす。

対象が省略された焔は、焼き尽くす相手を捜し求める様に保憲の手の平で大きく燃え上った。


なぎ!」

言葉と同時に保憲が焔を纏った右手を振り払う。手から薙ぎ払われた焔が刺客達と保名達の間に、焔の壁を作りあげた。


「婿殿、今のうちに逃げなされ!」

「逃げる? 何故? 葛葉は死んで、奴らはまだ生きている。鏖殺みなごろしにせずにおくものか」


 焔に照らされる保名から黒いもやが漂い始める。

人並み外れた精神力を持つであろう陰陽師とて人の子である。愛する者を失った現実の前ではあらゆるたがが無力であった。復讐を遂げる為なら死神にでも魂を売り払うであろう。保名を止められる者はなかった。


「我が子を巻き込むつもりか?」


 保憲の言葉に、保名は左腕に抱いた我が子の存在を思い出す。父の手に抱かれ安心しきった様に眠る我が子。葛葉の最後の言葉が保名の脳裏をよぎる。今ここで復讐を遂げれば、葛葉に託された我が子をも危険に晒す事になる。その様な事を葛葉が望むだろうか? そこに思いを馳せた時、保名から漂うもやが消えた。


 保名を止められる者などいなかった。復讐を咎める事が出来る者もいなかった。しかし保名は代償行為としての復讐は選択しなかった。葛葉の願いと我が子の存在が、出口の無い復讐の因果から保名を救った。


葛葉より託されし我が子を守る事。

それが保名の選択であった。


 木造建ての家屋を貪欲に喰らわんと燃え広がる焔。保名は全身で我が子を包む様に抱え込み、焔の僅かな隙間から裸足で中庭に飛び出した。そして西方に向かって駆け出す。


「それで良い」


 保憲は婿に選んだ男の選択に安堵した。

復讐に捉われ自らの陰陽術を使う様な事があれば、保憲は皆伝を許した者として、闇堕ちした保名を討たねばならなかった。その様な状況になれば赤子も無事ではすまない。そうなれば最悪な現実を上回る極悪な未来が訪れていた可能性すらあった。


 保名を追おうと中庭に飛び出た刺客達を追って、保憲も外に出る。未明から降る細雪はいつしか本格的な雪に変わり、中庭を白く覆っていた。

雪原の上に点々と西に向かって伸びる足跡。その上にゆっくりと立ちはだかる保憲。


「お主らをここから先へ通す訳にはいかん」


 保憲は懐から小さな紙の白い人形ひとがた取り出す。それを空にばら撒き解呪の術式を唱えると、白い人形が次々と刺客達に襲いかかった。

それは予め人形に言霊を吹き込み封印しておく事で、とっさの場合に解呪の術式を唱えるだけで使える陰陽師が護身用に用いた式神の一つであった。

開放された無数の式神が、次々と刺客達に纏わりつき自由を奪う。


「禁ノ壱 如律縛」


 律の如く縛せよ

右手を男達に伸ばし静かに禁術を詠唱する。

具現化された荒縄が、自由を失った刺客達を幾重にも縛りあげた。刺客の一人がなおも抗おうとした時、保憲がその男の前に歩み寄り、無言で右手をかざす。保憲を見上げた刺客は絶句した。

血涙をたたえた眼で刺客を見おろす保憲は、無表情であった。刺客は辛うじて自分が生かされているに過ぎない事を悟らざるを得なかった。


 娘を奪われた保憲の哀しみは保名に劣るものではない。保憲にはこの場で全員を血祭りにあげて復讐する権利も力もあった。

中世においては自力救済が世の常であり、仇討ちすら許されていた時代である。保憲も己が強大な力を有していなければ、刺客達を地の果てまでも追い詰め、葛葉の仇を討っただろう。しかし力を有するが故に、目の前にいる仇を討つ事が出来なかったのである。


「すまぬ、葛葉。全て儂のせいじゃ。だがあやつだけは許してはおかぬ」


降りしきる雪で白く染まる保憲を黒き靄が漂う。それは闇に墜ちる者が纏う瘴気であった。


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