#12 出発
次の日の早朝、水汲みの担当である若者達が”鎮守さん”の廻りに集い始める。総勢で十名程度の予定であった。若者達の表情は様々で、ある物は意気揚々と、又ある者は憔悴した様に、今回の水汲みに参加している様であった。
「童子丸、どうして?」
箕童の代わりに現れた童子丸を見つけた作耶は尋ねるが、童子丸は微笑むだけで返答は無かった。
そこへ作耶と箕童の見送りに来た柏が、二人を見つけて笑顔で駆け寄って来た。
「童子丸、あなたも見送りに来たのね。大丈夫、ちゃんと私がお稲荷様にお願いもしてあるわ。箕童はまだ来てないの?」
柏の問いに、童子丸と作耶は目を見合わせる。少しの間を開けて童子丸が口を開こうとするより早く、作耶が口を開いた。
「箕童は流行病で来れない。だから童子丸が代わりに行く。柏も俺達が帰って来るまで箕童に近づくんじゃないぞ。流行病がうつったら大変だからな」
「え? 箕童が……、童子丸、本当なの?」
作耶の表情に痛恨の閃きが走る。
「あ、ああ。作耶の言う通りだ。箕童に近づいちゃ駄目だ。箕童は流行病で、流行病というのは、あれだ、急に熱が出たり咳が止まらなくなったり……、と、とにかく箕童に近づいちゃ駄目だ」
童子丸は究極に嘘をつくのが下手だった。
しどろもどろの童子丸の弁明に、作耶が頭を抱える。腕組みをして二人を睨む柏。
「……童子丸、本当の事をおっしゃい」
「ひっ、さ、作耶」
「お、俺は知らん」
「二人ともあくまで言わない気ね。いいわ、”鎮守さん”にかけて言わせてみせる」
危険な灯を瞳に宿した柏が、腕まくりをして一歩前に進み出る。
「やめて、柏」
怯える小動物達が猛禽の手にかかる寸前、箕童の声が二人を救った。
◇ ◇ ◇
「それならそうと、どうして最初からそう言わないのよ。流行病なんて嘘ついて。心配するじゃない! だいたい箕童も、なんでお母様の事を黙ってたのよ!」
鎮守さんの傍らで、柏の説教に下を向く三匹の小動物。廻りには、いつの間にやら観客らしき取り巻きが集まり始めた。
ーー何故だ、何故こうなった? 童子丸
ーーえ? 流行病って何? 聞いてないけど……。 箕童
ーーあれか? 全部俺が悪いって言いたいのか? 作耶
三人が下を向いたまま、柏の説教を頭頂部で受けながら目で会話する。廻りの観客からは「柏の言う通りだ!」とか「作耶、反論しろ!」等と無責任なガヤが飛ぶ。
「三人とも顔をあげて。私は怒っているんじゃないの。ちゃんと本当の事を言って欲しかっただけ。でも理由は分かったから。そしてこれ」
柏は懐から二つの包みを取り出し、童子丸と作耶に差し出す。童子丸と作耶は、恐る恐る手を伸ばし包みを受け取る。竹の皮で作った包みはまだ温かく、作りたての握り飯の香りが微かに漂った。
「終わった? じゃ~そろそろ出発するわよ!」
廻りの観客の中から、一際激しくガヤを飛ばしていた若い女性が童子丸達に近づく。
「私は朱音。今回の給水班の班長よ。よろしく!」