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#1 希名と葛葉

 今を遡ること千余年


 時は延喜十九年、醍醐天皇の御代。 



「追え、そっちだ!」

「絶対に逃がすな!」


 如月(二月) 初午はつうまの日 

日が沈み半刻も経たぬ頃、薄暗い山中でいくつかの松明の明かりが彷徨う。

数人の放免|(注1)と呼ばれる下級刑吏達が何やら捕り物をしていた。追われているのは一匹の白狐。見事な白い毛皮の肩の付け根が射られ、朱に染まっていた。

この白狐は運悪く、狩りをしていた貴族の目にとまり、”珍しき獣”として追い回されていたのだった。薄暗い山中では却って白の毛皮は目立ち、日が暮れても放免達から逃れる事が出来ないでいた。


「男、この辺りで白い狐を見なかったか?」


 放免の一人が、薄暗い山中を歩いていた男に問いかける。


「へぇ、そういえばあちらの大きな岩影あたりに白い獣がおりましたな」

「そうか、その獲物は橘様の獲物だ。見つけても横取りしようとは思うなよ」

「滅相もございません。もしこちらにその狐が現れましたら大声でお役人様をお呼び致します。ささ、急ぎその白い狐とやらを追われなされ」


 男と別れた放免は仲間を呼び集め、大きな岩を目指して駆け出して行った。


「さぁ、もう大丈夫だ。早くここから逃げなさい」


 男の背後にあった大木の陰にうずくまる白い狐。矢は抜かれ手当てが施されていた。白狐は言葉が理解できるのか様に男を見つめて動こうとしない。尚も男が急かすと、やがて二、三度振り返りながら山中の闇の中に消えていった。


 男の名は”希名まれな”といい、摂州阿倍野の名も無き村に住んでいた。貧乏ではあったが人柄も良く、昼は野良仕事に精を出し、夜は月明かりで勉学に勤しんでいた。この者は阿部仲麻呂の末裔であり、近隣の者は”この様な田舎に希な家柄、希な人柄”という事で彼を希名と呼んでいた。


 希名には一つの祈願があった。それは阿部家を再興させる事であった。

希名の家の近くには”信田の森”と呼ばれる森が有り、そこには村人達が心のよりどころとしている稲荷が有った。希名も朝に夕に稲荷に手を合せ願掛けするのが常であった。


 ある時いつもの用に野良仕事を終え、稲荷で願掛けをしていた希名の脳裏に声が響いてきた。それは《京に住む”加茂かも 保憲やすのり”という男を訪れるべし》という声であった。希名はこれこそ神託と受け止め、その日の内に身支度を整え、京にのぼった。

 希名が神託を受けた日は、如月の初午の日で、京の伏見稲荷では初午祭が催されていた。その道中で白い狐を見かけた希名は、稲荷の縁を感じ白狐を助けたのだった。


 神託で告げられた加茂 保憲とは律令制において中務省なかつかさしょうに属する陰陽寮おんようのつかさの陰陽博士として、当時名を知られていた。

陰陽寮は陰陽頭おんようのかみを筆頭とする幹部職と配下に陰陽道、天文道、暦道の三道に各一名の陰陽博士、天文博士、暦博士を置き、それぞれの博士の下には、各道を修める十名程度の修習生がいた。

 当時陰陽博士であった保憲は、陰陽師の修習生である陰陽生おんみょうしょうを指導する立場にあった。陰陽生は十年以上の修行と実務を経験する事で、博士より皆伝の儀を許された者だけが陰陽の奥義を授けられる。奥義を授けられた陰陽生は陰陽師として、更に長い時間と幾多の経験を経る事で伝授された奥義を自らのものにする。

 この様に長年自らと向き合う精神力を有するものだけが、陰陽師として名乗る資格を有するのだった。中には長い修行に耐えかねて逃げ出す者、実務において命を落とす者など、道半ばで脱落する者も多かった。

 

 当時保憲には葛葉くずはという妙齢の一人娘がいた。病弱ではあったが、神秘的な切れ長の瞳に透き通る様な白い肌で、京の都でも評判の美人であった。

 保憲はそんな自慢の娘に、しかるべき婿を迎えてやりたいと考えているとこへ、神託を受けた希名が現れる。一目で希名の非凡さを見抜いた保憲は、その場で陰陽寮の入門を許し、自分の知る陰陽五行の知識を授けた。

 陰陽生になった希名も保憲の家で世話になりながら、寝る間も惜しんで陰陽五行の習得に勤しんでいた。この様に一つ屋根の下で暮らす事になった希名と葛葉が惹かれあうのに、そう時間はかからなかった。


 

注1、検非違使(平安時代の警察)の下級刑吏。元罪人等で構成される。


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