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ゴリラは女の子で、れっきとした人だった。
私と石橋君だけは彼女がゴリラに見えてしまう。
どちらに見えますかと多数決を取れば私達は負ける、完敗する。
しかし、本当に正しいものを見ているのはどちらだろうか…
もしかしたら彼女は本当にゴリラで、私達以外がおかしい可能性だってあるのだ。なぜなら私達がおかしいと、見えない人は証明することが出来ない。逆に私達が合っていると、証明することもできないが。
人類皆、そもそもゴリラなのかもしれない。
ああゴリラ、ゴリラ…
「いやそんなことないって」
「ウホホ!」
ゴリラと楽しそうに会話する小池君を死んだ目で見ながら思った。
「なんだか恥ずかしいね池田ちゃん!」
「ね」
「ウホウホ?」
「えーと、2カ月くらい?そうだよね」
「ん」
「ウホホ!」
「あはは」
「すみません、もう一度お願いします」
私は腕全体を使ってTを再び作った。
「やっぱり具合悪い?大丈夫?」
「ウホ?」
「心配しないで、今度のこれはトイレのTだから!」
普通にトイレって言えよって話だけどそんな余裕はない。私は2人を置いて石橋君が待つベンチまで走り抜け、隣に座るとすぐさま頭を抱えこんだ。
「どうだった?」
「…血液型はBだと思う」
「そうか、よく聞き取れたな」
「違う、前にテレビで見た。ゴリラって全員B型なんだって」
「そうか、なら多分Bだな」
「絶対Bだよ」
「そうか」
「あのね」
同志がいるという安心感。労るように肩を叩いてくれる友人、私は濁流の如く話始めた。
「ウとホだけなのにバリエーション豊富すぎるの!全っ然わかんない!なんなの!?どう違うの?池田君頼むから解説してよ!会話に入れようとしてくれる優しさは分かるよ!分かるけど分かんないんだってぇ…誰か、誰か私にゴリラの定義を教えてよ…」
携帯を開いた石橋君はインターネットを開くとスクロールをし始めた。
「正式名称はゴリラ・ゴリラ」
「聞いてない」
「ゴリラはギリシャ語で毛深い女部族を意味する」
なんだか面白そうな話になってきた。
顔を上げて、石橋君の画面を一緒に覗き込んだ。
「ゴリラは臆病で警戒心の強い生き物らしい」
「へえー」
「雑食ではあるが肉は食べない」
「なるほど」
「動物園で子供を助けたこともあるらしい。決して、ゴリラは怖い存在じゃないんだ。あまり怖がってやるな」
「…分かった」
「ちなみに握力は500㎏、掴まれたら死ぬと思え」
「やっぱヤバいよ!酷い、いい感じで纏められそうだったのに!」
時間を見れば、出て行ってから10分以上経っている。
「しまった、トイレに行くって言ったままだ…」
「完全に大だと思われてるぞ」
「だよね…。石橋君と途中で会ったことにするかー」
立ち上がって体の筋を伸ばす。
筋が伸びて気持ちがいい。
「するかー、じゃないだろ!俺は嫌だからな、絶対行かないぞ」
「来ないと未来永劫、石橋君はゴリ子ちゃんと付き合えない呪いをかける」
「勝手に名前を付けるな!」
「御託はいいから。さ、立って。私あのアウェーな空間に一人は無理なの。宇宙空間に一人取り残された気分になる」
「宇宙空間行ったことあるのか?」
「屁理屈こねないでキビキビ歩く!」
嫌々歩く背中を押して小池君がいる場所に向かっていると、ピキ、と固まった体は止まり、前に進まなくなった。
「なにしてる、の。あー」
ゴリ子ちゃん(仮)を置いて小池君がこっちに向かって走ってきていた。
動かない石橋君を置いて小池君のもとに向かう。険しい表情が少しだけ和らいだ。そんなに真剣に探してくれてたのかな。
「大丈夫?ずっと帰ってこないから心配になって迎えに来たんだ」
私が本当に大をしていたら迷惑以外の何物でもない。違うからいいけど
安心したように笑った小池君に胸が罪悪感でズキッといった。ごめんね、小池君に全部まかせて石橋君とゴリラの生態調べてて。
「ウホ?」
「えっと、その、だいじょぶ、です?」
「ウホホ!」
話の流れ的に私の体調を心配してくれたんだ。
そうだと信じている。
「あ、あそこで固まっているのが友達の大貴。大貴ー彼女が小春ちゃん」
「小春ちゃんって言うんだね」
「さっき話したよ。もう忘れたの?」
「あ、え!改めていい名前だなって!可愛い名前だなって思うんだけど…小春ちゃん、なんで胸そんなに叩いてるの?」
ドンドンと石橋君に向かって胸を叩く小春ちゃん。
近寄ろうとした石橋君の目がうるうると潤んでいく。
「ど、ドラミングなんてっ!俺が一体何をしたって言うんだ!」
「え、どこ行くの!?」
追いかけようする私の服を誰かが引っ張った、振り向けば俯いた小池君が立っていた。
「どこ行くの?」
「追いかけようと思って」
「大貴足早いから追い付けないよ?」
「え、でも一応心配だし」
実際そんなに心配してないけど、ドラミングについては聞きたいと思っている。小春ちゃんは名残おしそうに石橋君が走った先を見つめているし、案外いけるんじゃないだろうか。石橋君泣いて逃げたけど。
「今だけは、俺の彼女じゃないの?」
あ、そうか。下手に追いかけて、小春ちゃんに勘違いされたら困るからか。それにしても演技力高いな小池君、見習わないと。
「彼女だよ。ごめんね自覚が足りなくて」
なんせまだ20分程しかたってない。
小池君の頭を撫でた。髪サラッサラ、シャンプーなに使ってるんだろう。
「小池ちゃん…」
「で、代わりに小池君が石橋君を追いかけてくれるんだよね?」
「池田ちゃん?」
「さ、早くしないと追い付けなくなっちゃうから」
小池君の肩を叩いた。感触といい厚みといい、全体的に小池君の方が薄く感じる。
本人は戸惑ったまま私を見ている。やることははっきりしているのに何を困っているんだろう。
「なるべく早く帰ってきてね、いってらっしゃい」
小春ちゃんとの間が持たないから。出来れば10秒とかで連れて帰ってきてほしい。
「ううん、まぁいいか。行ってきます!」
走っていく小池君に2秒ほど手を振ってから、こちらを見る小春ちゃんに曖昧に笑った。
さぁ、どうする私。