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『目的地到着したよー、石橋君と小池君見つけた』

『分かった、どこにいる?』

『向かいのファーストフード店、2階の窓際』


 ラインを横で覗き込んでいた小池君が先に顔を上げて私を見つけた。目があえばニッコリ笑って手をふってくるから片手を小さく上げて答えた。。

朝から爽やかすぎて私は浄化されそうだ。

 石橋君も小池君につられるようにして顔を上げると私を見て一度うなずいたので頷き返した。


『俺たちも向かいの喫茶店に入る、見つかったら連絡し合おう』

『分かった、その子ってこの間の他に特徴とかある?抽象的すぎて探し難いし』

『問題ない。なんか他と違うから一目で分かる』


 石橋君もなんかって言うんだ。


『とびきり可愛いとか?』

『俺から見ればな、そうでなくても分かる』


 なるほどわからん。


『なるほどわからん、連絡待ってます』


 向かいの店に消えていく2人を見送った後、店に入ってから注文したコーヒーに口をつけた。何も食べていなかった胃が少しだけ満たされる。



 私は現在凄く余裕ぶっているが、今朝は遅刻しそうで危なかった。



 一度目の目覚ましを気持ちよく無視し、5度目のスムーズでようやく起きれば家を出るまでの猶予は5分しか残されていない状況。


 ああいう時の気持ちは何といえばいいのだろう、脱力感と絶望が入り混じった世界を呪いたくなる感情の名前を…私はまだ知らない。

 2分ほど世界を呪っていたから残り時間は3分しかなかった、これは私の選択ミスだ。昨日寝れなかったのは私のせいだけど私のせいじゃない!


 そこらにあって畳まれたまま収納されていなかった服を掴み、歯と顔だけ洗って家から飛び出した私はギシギシと悲鳴を上げる母の自転車を借りて坂を下り、平坦な道を走り抜けなんとか集合時間に間に合わせることが出来たのだ。


遅刻ダメ絶対。


 朝メニューを堪能しつつガラス窓から道を見下ろした。

 男女問わず顔がいい人を見つけようとするのは、よくないと思いつつもやってしまう。


(しかし、見つかるもんなのかな。あ、あの人カッコイイな)


 

 もぐもぐと口を動かしながら人の行き交う交差点を見続ける。

 スーツを着た少し茶色がかった髪のサラリーマンが携帯を片手に足早に歩いていた。

眉間に皺を寄せて電話口に何かを話しているようだ。どちらかといえば小池君に近いハニーフェイスをしている。


 とろりと甘そうな外見だけれどあの表情を見る限り、おそらく厳しい人なのだろう。

 考えている内に交差点の人ごみに紛れて男の人は消えてしまった。


 時刻は9:20。

 まだまだ先は長そうだ。



 時刻は12:30

 

 だましだまし使っていた携帯の充電がついに3%を切った。


 これ以上使うと連絡が取れなくなる、それは困る。

 最後まで持ってくれよと思いながら石橋君の名前を探した。

 

『携帯の充電器買ってくるからしばらく抜けるね』

『まて、見下ろして探す奴がいないのは困る、ちょっと待ってろ』

『あと1%です』

『お前真面目に探してたのか?』



『君のような勘のいい、あ――切れた」


 打ち途中の画面は真っ黒、目を見開く私の顔を映した、そういえば私化粧してきてなかったな。

 ガラスといえど日光があたる場所だ、せめて日焼け止めくらいはぬっておこう。



 ポーチに常備している日焼け止めを出し、トイレでこそこそとしながら顔全体に塗る。変に白い部分がなければよし!

 顔と手に塗り、満足した私はトイレから出てすぐ、肩を優しく叩かれてその場で大げさに飛びのいた。ついでとばかりによく分からない型で構えた。

 油断していると小さな衝撃でも異常な程反応してしまうの、直したい。


「ぎゃっ!」


 そこには手をかけた姿勢のまま、私と同じくらい驚いた顔をした小池君が立っていた。


「ごめん…声かけてから叩けばよかった」

「ううん、多分声かけられても同じだったから気にしないで」


 

 言いながらも私の視線は小池君の紙袋に向かった。今いる店のロゴがついた紙袋だ、量は一人分にしては多いからお持ち帰りかな?

 視線に気づかれると食いしん坊みたいでやだな、私は顔を上げて小池君を見た。


「そういえばどうしてここに?」

「お昼を食べにね。2食ここでっていうのも申し訳ないけど下手に動けないし、池田ちゃんの分も買ってきたから一緒に食べようよ」

「あ、ありがとう。お金いくら?」

「いいよ。それぐらい奢らせて」

「うーん、理由もなく奢ってもらうのもな…」


 男だからと言って払ってもらうのは違うだろう。

 働いているならともかくお互い学生だ。この考えを母に伝えると素直に奢ってもらうも礼儀よって言われるけど、やっぱり私は好きじゃない。

 渋る私を不快に思うことなく、小池君はうんうんと頷いた。


「池田ちゃんは真面目だね。それじゃあ今日のお礼ってことで後で大貴にお金払わせるよ」

「ご馳走になります!」


 サンキュー石橋!昨日から私の中で石橋君は雑に扱ってもいい分類にしっかり入ってしまった。向こうも思ってだろうからwinwinの関係である。


 先ほどと同じ場所に座ると池田君も隣に座った、深く考えず一緒に食べることになったけど、これだと別行動した意味がない。

 今更言えない私はキュッと口を噤んだ。ルンルン気分の池田君は「俺ここの商品食べるの久しぶりだから実は結構楽しみなんだ」とお構いなしに紙袋の中身を取り出している。可愛いなチクショー、不覚にも癒されてしまった。


「池田ちゃんはこれとこれ、どっちが好き?」

「どっちでもいいよ」

「知りたいから教えて、どっち?」


 小池君が持っているのは右は魚、左は鳥。本当にどっちでもいいけど、しいていうならで魚を選んだ。魚が、というよりタルタルソースが好きだ。


「こっち、かな?」

「へへ、俺も魚の方が好き。一緒だね、はい」


 嬉しそうな小池君に渡されたのは魚の方だった。


「…え?!好きなら小池君がこっち食べなよ」

「ううん、どっちも好きだから大丈夫。池田ちゃんの好きなものが知りたかっただけだし」


 素早く包装紙を剥き、ハンバーガーに齧り付く小池君に何も言えず私もハンバーガーを半分だけ出し口につけた。さっき食べたパンと同じ味がする。


「飲み物は?オレンジとお茶があるけど」

「どっちでもい…今の気分はオレンジかな」

「俺も好き!はい」

「ありがと…私の好きなもの知ってどうするの?」

 

 お茶を飲んでいる小池君が咽た。大丈夫かな、ゴフッて音がしたけど。

 地味に苦しそうだったから背中を擦った、全然意味ないだろうけど。ならなぜやるかといえば、気分だ。


「げほっ!も、う、大丈夫そう、ありがとう。え?」

「えって何?普通聞かれたら不思議に思わない?」

「いや、なんかさ。高1の時は一緒にお昼食べた事なかったから、新鮮で嬉しくなっちゃって…ごめん、気持ち悪い自覚はあるから引かないで…」


 顔を赤くしてだんだんと尻込みしていく小池君はついに、両手で顔を覆った。耳が赤く、照れているのはバレバレだ。

 私は無言で天井を見上げた。なんだこの人、どこの萌えキャラだ?小池君は私が女だということに全力で感謝すべきだ、男だったら確実に襲ってたからな。


 私は言葉を返すこともできず、小池君に声をかけられるまで無を通した。


 ごはんを食べ終わっても席を動く気配のない小池君をいつまでいるんだろう、そう思いながらそわそわと見ていると、「あっ」と声を出した池田君が小さいリュックから取り出したものを私に渡してきた。


「はい充電器、同じ機種だから使えると思う」

「え、でも小池君はいいの?」

「まだ電池あるし、俺充電器2個持ってきたからへーきへーき」


 私が受け取ったのは白い充電器。一体で2回分充電できると謳っているものだ、コンビニで見たことある。

 小池君はひらひらと目の前で同じ形の黒い充電器を振った。


「人気者は2つないと充電足りないのか凄いな。あ、私いま何か言ってた?」


 ぽろりと出た言葉は聞こえ方によっては嫌味にしか聞こえない、自分の口を抑えてみてもどうやら遅かったようだ。

 袖で口元を隠し笑いを堪えている小池君がいた。


「くっ、ふっ!うん、すげー口に出てたよ」

「あー、ごめんね。悪い意味で言ったんじゃないよ」

「分かってるよ大丈夫。小池ちゃん表情がすぐ顔に出るから分かりやすいし」

「ポーカーフェイスじゃなくて?」

「何の話?」


 話の流れから汲み取ってほしかったかな。

 自分では表情は変わらないタイプだと思ってたけど…そうじゃないのか、地味にショック。眉をよせるとまた笑い声が聞こえた。


「ぐっ!ごめん、小池ちゃんが面白すぎて」

「そういうノリがいい所もモテるんだよ小池君」

「なんですぐ俺の話にしようとするのかな?じゃなくて、充電器は今日のために妹に借りて持ってきたの。プラグ変えたら大貴も使えるし、昨日見たら携帯一緒の機種だったから小池ちゃんも使うかなって」

「え、それで2個持ってきてくれたの?もうホステスになりなよ!」

 

 全力で貢ぐよ!小池君ならすぐにでもトップを狙えるといま確信した。


「嫌だよ、本命に誤解されるようなことしたくないし」

「え、恋を――しているのかい?」


 椅子1つ分離れていた距離を詰めて私は小池君につめよった。

 私は人の恋バナは比較的好きだ、それも人気者の好きな人なんて気にならない筈がなかった。石橋君は、ちょっと違う感じですね。



「うん、してるよ。ずっと前からね…」


 なんだろう、無駄に意味深な雰囲気出してくるな。


「あ、ひょっとして前世とかそういう話ですか?だとしたら、ちょっと私の対応できる案件じゃないですねー」


 子供の頃に流行った歌に、1万年となんとか前から愛してるっていうのがあった気がする。


「違うよ!高1から好きなんだ」

「あー、ごめん。でもさ、そんなにずっと人を好きでいられるってすごいね。尊敬する」

 

 頬杖をついていた小池君が緩く、なんだか悲しそうに笑った。


「その反応、大貴そっくり」

「え~」

「ふっ、なんで不本意そうなの。笑わせるのやめてって」


 なんだか恥ずかしくなってきた。視線を窓の外に戻す、これなら顔も見ずに人も探せていいだろう。あ、午前中に見たイケメン発見、誰かを探しているようだ。


「年は?」

「同じだよ、学校も一緒」

「可愛い?」

「俺にとっては…なんで頭抱えてるの?」

「気にしないで、太陽の光が眩しかったから」


 ガラス越しに映った小西君の表情は駄目だ。

 蕩ける様な笑顔するのやめて!



「告白はしないの?」

「しない」

「あれ、そうなの?小池君が告白して断る人なんているのかな」


 そんな最高攻略難易度を誇る女子が同学年にいただろうか。ちなみに私だったら記念にって絶対付き合います。カッコイイ人はカッコイイってだけで数々の条件を妥協させることが出来て凄いなって思う。私がチョロいのかな?


「無理だよ。その子は大貴が好きなんだ」

「あー、好みの問題かぁ」

「そう、昨日のことじゃないけど。大貴の気持ちすげー分かるよ。いくら向こうが俺を好きじゃなくても、本気で好きなら諦めるなんて無理な話だよね」

「…小池君の恋も、うまくいくといいね」

「ありがと。あのさ、池田ちゃんは好きな人」

「ちょっと待って小池君、なんかおかしい」


 私は身を乗り出してガラスにへばり付いた。周囲の目は気にしていられなかった。


なにかいる…


最初は黒い帽子を被っているだけかと思ったけれど、違う、あれは地毛だ。地毛?言い方が正しいのかわからない。その、なんというか全体的に黒い。言い方を変えれば肌の部分がない、肌が黒いの?非常に残念ながら、私の知っている知識にひとつ――該当するものはあった。ただ、ありえない。あってはならないものだった。


「ヤバいのがいる!」

「え?」


 小池君の腕に縋りついた。


「保健所呼ぶべき!?市役所に連絡すればいいの!?ドッキリ?ドッキリなの!?」

「池田ちゃん落ち着いて!?あ、大貴から電話——もしもし、え?見つかった?池田ちゃん、とりあえず荷物もって下降りよう!」


 私の荷物を持つ小池君から離れ、階段の手すりにしがみ付いた。

 首を全力で横に振った。


「嫌だ!嫌な予感しかしない!絶対行かない!」

「大丈夫だって!なにかあっても俺がフォローするから!」

「勝てると思ってるの!?頭蓋骨握られても助けてあげられないよ!」

「闘う前提なんだ!?池田ちゃんどうしたの、大丈夫?」


 大丈夫なわけねーだろ!心配するなら手を放して欲しい、切実に!

 周りから見た私はなんと滑稽だろう、だけど無理だ。

 人類でいるうちは無理。


「いつまで待ってもこないから来たぞ!」

「大貴!?」

「なにやってんだ小池!早くいくぞ」

「嫌だ無理!ほんと無理」

「早くしないと行ってしまう!ほら早く来い!俺は裕也みたいに優しくないからな!」


 やってきた石橋君は私を俵のように抱え上げた、最後の砦だった手すりが簡単に離れていく。もうなんでもいいから助けてくれと呆然とする小池君に手を伸ばした。


「ヤダヤダ無理無理!小池君助けて!」

「小池はお前だろうが!」

「私は池田だよ!小池2人もいないし!」

「大貴離してやれって!」

「裕也、いま俺に協力するなら――お前の望みを1つ、なんでも叶えてやる」


 魔王かよ!そして悩むな小池君!

 友達だと思ってたのは私だけなの!?


 無言を肯定と取った石橋君は私を担いだまま階段を下り、私が目撃したヤバいのが向かった場所へと迷いなく歩いていく。足をバタバタとしても効いてない!


「嫌だ帰る!」

「これが終わったら帰っていいから、頼むから大人しくしろ!」

「死にたくない!」


 石橋君は私の様子とは反対に、安堵したように笑った。


「俺だけじゃ…なかったんだな――」

「え?いまなんて…え!?」


 私は案の定、先ほどまで穴が開くほど見ていた人物?の目の前に立たされた。びっくりしたのだろうか、こちらの様子を伺うように相手は動かない。

 後ろには小池君もいたが彼はきっと役に立たない、そんな予感がした。石橋君は、いないものとしている。


 

太陽に当たって透き通る黒い髪——確かに、短毛なため太陽で透き通っている。

穢れをしらない瞳——概ね同意できた、私もテレビを見てた時はそう思ったから。

シルクを連想させる肌——石橋君シルクの意味分かってないんじゃないの?


 いま考えたって意味がないことだ。




 覚悟を決めて、前を見据えた。————ごめんやっぱ無理、咄嗟に視線を下に落とした。



「こ、こんに、ちは?」


 へらりと笑った私は口元をヒクヒクと高速に震わせながらなんとか言葉を絞り出した。


結果がこれだ――



「ウホ?」



「んん゛っ!」



 やっぱゴリラじゃん!!



 私は下唇を食いちぎらんばかりに噛んだ。

 意思疎通できるとか思った私の馬鹿、ゴリラ語とか



知るわけない!!


 

 



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