2
授業が終わったと同時に机にかけていたスポーツバックを肩にかけ、足早に教室を後にする石橋君を慌てて追いかける。歩幅が違うせいで私は走っているにも関わらず石橋君を見失ってしまい、ようやく階段で噂の爛れた元サッカー部員、裕也こと小池君と話している彼を見つけて階段を駆け下りた。周りに人気がないのは助かる。
「ちょっ、石橋君これどういうこと?」
つきつけられた紙を見た石橋君は、紙を避けて私を見るとそれがどうしたと首を傾げた。
え、なんで分からないの?
「逆に場所と集合時間以外になんだと思ったんだ」
「違うよ。なんで私も探すの付き合う前提なのかって話だよ」
「俺が1人で声をかけたらナンパに思われるだろうが…」
馬鹿なの?みたいな顔をしている彼は生まれながらの暴君だと確信した。
息を吸うように人を顎で使うことを覚えている。
「合ってるよ。一目ぼれしたあの子に声をかけに行くならそれはもうナンパだと言っていいよ」
「軽い男に思われるのは嫌だ」
「嫌だって言われても…」
駄々っ子かな?でも私に関係ないし…
そう思っていたらまた手を握られた、だからヤメテください。
「頼む小池!お前しかいないんだ!」
「なに?俺がなに?」
そわそわとやり取りを見ていた小池君がすかさずと言わんばかりに私と石橋君の間に割り込んだ。
石橋君はいきなりなんだこいつって顔してるけど、小池君なにも悪くない。この人全然私の名前覚える気がない。
「だから私池田だって。そこまで熱意があるなら名前ぐらい覚えてよ」
「すまん池田頼む!」
深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。一緒に出掛けて、友達に噂とかされるとまずいし。街中なんてそんな目立つとこに行くのは…」
死ににいくようなものだ。デッド オア ダイ
女子の嫉妬をなめてはいけない。火の無いところに煙が立たない、逆に言えば火があれば大炎上するということだ。私に利益が無さすぎる、申し訳ないけど石橋君は自分でどうにかしてほしい。
「へー。なんか面白そうだし俺も行こうかなぁ。大貴の一目惚れした相手って気になってたし」
へ?と下げていた頭を上げると、小池君が目を細めている。
楽しそうな口元とは裏腹に声は低い。
茶色い髪がワックスでふわふわと揺れて、金色のピアスが顔を覗かせている。相変わらず軽そうだと思わせる外見をしていた。硬派がタイプなら石橋君、軟派がタイプなら小池君と、この学校の人気を総取りする男が目の前に2人いることを私は今実感した。
「一緒に行く相手出来てよかったね!それじゃっ、…くっ」
「離してやんなよ大貴」
掴まれていた腕を振り払おうとするが力が強くて外せない。
ぶんぶんと腕を振っていれば苦笑した声で小池君が私の手を掴んでいる石橋君の手を外してくれた。そのまま逃げだそうとすれば「話くらいは聞いてあげて」と今度は小池君に腕を掴まれてしまった。状況が変わっていない。
「こいつは駄目だ、彼女が裕也に惚れたらどうする」
「どうしようもないね。諦めようよ」
「無理に決まってる、俺は運命を感じた!もし本当にそうなったらどうすればいい?裕也を殺せばいいのか?」
「過激派か」
真剣と書いてマジと読む石橋君の眼力が強い。逃げようにも小池君が腕を掴んでいて逃げられない中、被害者である本人はケラケラと笑っていた。
「そんな理由で死ぬのは嫌だな~でも楽しそう。池田ちゃん一緒に行こう?」
ね、お願い。なんてハートマークまでつきそうなセリフを嫌味なく言える彼が人気なのが非常によく分かった。
思わず口を開けてその様を食い入るように見つめてしまってしばらくしてからはっ、と口を閉じた。
デジャヴ――そうこれは既視感に近い。
あれは子供の頃。小学校の時インフルエンザで休んだ桜子ちゃんの家に誰が荷物やらの宿題を届けにいくか決める時とそっくりだ。桜子ちゃんの家に比較的近いのは私を含め5人、残念だが誰一人彼女と特別親しいという訳ではなかった。
プリントを中心に置いて、さてどうしようかと悩んでいれば視線を感じて顔を上げて悟った、比較的真面目だった自分が的にされたのだと。筋の通っていない理論ですら多数決には敵わない、反論すればするほど嫌な奴というレッテルだけ貼られ、最終的にその子の家に行くことになった。いや、いいんだけどね。最終的にそれがきっかけで仲良くなれたし。
(ま、いいか)
考えてみれば予定があるわけでもない。
空いてる右手で眉間をぐりぐりと回してから顔を上げた。
「一緒に行動しないならいいよ、手伝う」
「どういうことだ?」
「近くにはいるけど違う場所で探すっていうこと、見つけたらお互い合図でもいいし携帯で連絡とっておち合えばいいでしょ?」
「えーそんなの寂しいじゃん!俺女の子と一緒じゃないとやる気出ない~!」
「裕也、お前は来なくていい。邪魔だからむしろ来るな」
「は?絶対行くし!じゃあさ、俺と池田ちゃんが一緒に行動すればよくない?そしたら相手だって彼女持ちだって思って俺のことなんて最初から眼中に入んないかも!それがいいよそうしよう!」
「え?」
なに言ってんだろこの人。自分がモテるって自覚ないのかな。
石橋君は少し考えたようだが首を振った。
「裕也、お前は相手がいようと気にさせないオーラがあるから駄目だ。説得力にかける」
「あー」
女の子が泣いてる、そんな理由で恋人がいても平気でその子を抱きしめそう感がある。
私は小さくうなずいた。酷い!と池田君が泣きまねをしてきても、白々し過ぎて乾いた笑いしかおきない。
「うなずかないで小池ちゃん!隣の席だった仲なのに俺ら!」
「はは、隣だったからこそ、みたいな?ほら、小池君優しいから…」
そう、1年は小池君、2年は平穏、3年になったら石橋君と私の学生生活にゆとりがあったのは2年だけだった。私の人生の運全てを使って隣をゲットしたとしたら、そんな望んてないところで勝手に運を使わないで欲しいところだ。貧乏性の私はどうも運を消耗品のように感じてしまう癖がある。
人懐っこい小池君とは多少は話したことはあるがあくまで校内の話、私は彼の電話番号はおろかラインすら知らない。同学年の女子半分が知っていると噂の彼のラインを知らない辺りで2人の仲など察してほしい。ちなみに話したのも2年ぶりくらいだ。高1の頃の初々しさは消え、付き合っては3日で別れるなどを繰り返してる小池君、一体2年の間に彼に何があったのだろうか。それほど心配はしていないけど事情は知りたいところだ。
このままだと断られると思ったのだろう、小池君は切り口をかえてきた。
「大体、2人であの人ごみの中からたった一人を探せると思ってんの?無駄に一日が終わるだけだろ」
その理論でいくと3人でも見つからないと思う。
石橋君はそうは思わなかったらしく、悔しそうに唸った
「探すなら人手が多い方がいいのは確かだ…そこまで言うなら手伝わしてやろう」
「頼んでる立場なのにすごい上から行くね」
流石根っからの支配者タイプ。小池君は石橋君の幼馴染だし、副キャプテンをしていたから慣れているらしい。
「よっしゃ!頑張ろうね池田ちゃん!」
「う、うん」
いい奴か。嬉しそうに笑った小池君は掴んでいた私の手を一度ギュッ、と握ってから離した。手慣れていらっしゃる、一方、不慣れな私はぽっと頬を赤く染めた。流石にこれでときめかなかったら女として終わっている。手を嗅ぐとほんのり良い匂いがする。女子か、そしてすぐに匂いを嗅いだ自分が気持ち悪い。
石橋君はおもむろに携帯を取り出した。
青いフレームに包まれている最近CMで流れていた機種だ。余分なアクセサリーが一切ない携帯は非常に石橋君らしい。
「とりあえず9時にメモの通り頼む、念のためラインも交換しておいていいか?」
「そうだね、QRコードでもいい?私のふるふる何故か使えないんだ」
「ああ、俺が出す方でいいか?」
「うん。よし…帰ってから連絡するね」
「よろしく頼む、裕也は交換しなくていいのか?何かあったとき不便だろ」
「え、あ」
「石橋君のが分かってたら大丈夫でしょ」
言い淀む小池君を遮って言葉をつづけた。
そう、連絡はそれで問題ない。
隣の席だったのに連絡先を今まで知らなかった。お互い聞くこともなく、一年が過ぎて、今ここに至る。私は当時、特別な存在だと勘違いさせないために聞かれなかったのだろうと思った。お前はただの隣の席だから話すだけで、それ以外の意味はないと暗に伝えているのだと。確かに当時聞かれていたなら、私はウキウキで返事をしていただろう。顔がいい男を嫌いな女は私含め私の親族にはいない。遠くから見るイケメンが大好きです。
今ならもう時効で聞いてもいい気がするが、余計な事はしないに限るというもの。
納得したような石橋君に安心して携帯をしまった。
「それじゃあもう帰るよ、2人ともまた明日」
「ああ」
「また、ね」
なんとなく小池くんの顔は見ずらくて、そのまま背を向けて階段を上った。
結局いろいろあって翌日には小池君のラインを知ることになったのだが、そこは割愛。