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彼が恋をした。気づけば彼の協力することになった主人公、おかしな現象に頭を抱えながらも恋愛成就のために翻弄する。

「好きな奴が出来たんだ」



その真剣な表情に、私は咄嗟に息を詰まらせた。



正面を向いたまま私を見てもいない彼、気のせいで済ませられたらどんなによかっただろう。

私は現実を見たくないと首を振りたくなるのを堪えた。


残念だけど現実だった、彼のその薄い唇が、私に向けて言った。

視線を右へ左へと彷徨わせ、周りの視線がないことを確かめてから自分の心臓を掴むように胸に手を当てる。よかった、止まってない。




間をおいて息を整え、覚悟を決めて彼の耳元に口を寄せる――




「それ、授業中に言うことじゃなくない?」


あとたかだか隣の席の私に言うことでもないと思う。





休み時間、貴重な10分休憩を現在恋愛脳の彼に使うのは非常に不本意だが、仕方ないと私はため息をついて隣を向いた。

完全に待ちの状態に入っている石橋君がそわそわとしながらこっちを見ていた。私から来いってことは分かる、しかし察して尚且つ行きたくないことだってあるのだ。そんなキラキラした目で見てこられても困るだである。

周りの女子の目も痛い、熱視線で焦げそうだ。目玉焼きがあったら完熟になっているだろう、私は半熟派だ。


身動きの取れない私はもう一度、大きなため息をついた。


石橋君はそれはもう、モテる。キリリと尖った眉、意志の強そうな黒い瞳、サッカーで鍛えられた体は浅黒く、生命力を感じる。進学クラスのため頭も良い、今は既に引退しているが部活では1年生からキャプテンを務めあげた圧倒的強者。漫画で言えば主人公、又はそのライバルに相当する男。ランクが高すぎて何話していいのか分かんないっていうのが私の石橋君に対する評価である。イケメンは遠くから見ていたい、近くはキツイ。何がって言われると困るけど、一滴ならフレッシュになれる目薬を一本丸ごとさしてる感じだ。



席替えをすると女子の間で戦争が起こる、そう悟った先生によって席は固定とされた。私の隣の席はアイウエオ順の宿命故、一年間ずっと石橋君になった瞬間でもある。石橋と池田、ア行の5人いるなどの大番狂わせがなければほぼ隣同士になってしまう。ていうかなった。池田の苗字がただただ憎い。〈いけだ〉って頑張れば〈ちた〉にならないかな。とにかく、私はこの一年、ステルス搭載で影のように過ごさなくてはいけなくなったのだ。一年たった今、スネークの段ボールにだって負けない自信がある。


とはいっても幸い進学クラスであったため、授業中以外は席を立っていればそれほど白い目を向けられなかったのは幸いだった。



目をつけられたらたまらない、そう思って石橋君とは必要最低限以外に話したことはなかった。2月にもなれば自由登校になり、週に一回顔を合わすだけでよくなった頃にこれ。突然の恋バナ、一体全体どうしてこうなった。

まさか私の知り合いが好きなんだろうか、だから協力してほしいとか?だとしたら仲介ぐらいはやぶさかではない、未だピンと背筋を伸ばす石橋君に声をかけた。


「石橋君さ…ちなみに誰を好きになったの?」

「分からない」

「…分からない?」


石橋君の返答は明らかに矛盾している。

首をかしげた私に、石橋君は平然と頷いた。


「街で偶然すれ違ったんだ。彼女を見てから俺の人生は変わったと言っていい、太陽に当たって透き通る黒い髪、穢れをしらない瞳、シルクを連想させる肌。あの姿を見てから、俺の体と心はなんだかおかしいんだ。寝ても覚めても、彼女のことばかり考えてしまう」


褐色の肌に微かな赤みを帯びて、石橋君は微笑んだ。心底彼女が愛しいと、全身で訴えている。顔面ボンドで固定されていると思ってたけど、石橋君こんな顔も出来るんだ。思わず手持ち無沙汰に回していたシャーペンを落としてしまった、机の下に入り込んだシャーペンをとろうとかがみながら思案する。


うん、思った以上に恋以外の何物でもない感じだ。そして私には何一つ関係ない感じもある。そんな綺麗な人は私の周りにいない。

どうやってこの話題から逃げようかと頭を働かせる。起き上がって顔だけ机の半分まで見せた。


「んとさ…なんでそれを私に言うの?」

「問題が生じていている、から――助けてほしいんだ。俺は、自信をもって俺を好きじゃないと言える女子を、お前しか知らない」

「ワタシ オマエスキ」

「安心だな」


 いい笑顔でうなずかれた。私好きって言ったのに。

 咄嗟の苦し紛れが伝わらなかった、正確に嘘だって伝わったといえばそうなんだけど。

 しかしそんな信頼はのーせんきゅーという奴だ。私だって石橋君に告白されたら一生の記念に付き合う覚悟くらいは持ってるっていうのに。酷い裏切りだ、もう告白されても付き合ってやらないと今決めた。そもそもされる予定はないし、相手もその気はないだろうけど。


「いやでも私が手伝う理由がないし…」


 身を引いた私の腕を掴んで、石橋君は尚を言い募る。

 やめて下さい、私に惚れてる感じの雰囲気を出さないで。死んでしまいます。


「初恋なんだ!」

「ひぃっ!」


 ガダン!


石橋君と立ち上がると同時にそこら中で椅子から立ち上がる音がする。違うんです無実なんですと私は周囲に向けて首を振った。

教室中に伝われこの思い。そして空気を読め石橋君。



「誰かに相談したい、出来たら話の分かる異性がいい。そう思っても俺の周りにはそんな奴がいないんだ。同性だってヤレば一発だろとか言う奴しかいない」

「さ、サッカー部爛れてるっ」

「爛れているのは裕也だけだ!小池、頼むお前しかいないんだっ!」

「私は池田です!分かった、石橋君が偶然街中で見かけた人に一目ぼれしたのは分かったから手を離して!」


 悲鳴交じりに限界まで大きく声を出した私に、ようやく石橋君は渋々ながら手を離した。周りも「そんな…」「皆の石橋君が…」「私の大貴――」と各々が悲しみにうちひしがれている。教室中、主に女子生徒にこの状況が伝わってよかったと私は胸をなで下ろした。


 一方事情を周りに知られた石橋君は不満そうだ。そもそもの元凶なのに被害者顔するのはやめてほしい。誰だこの人モテるとか言った人…数十秒前のわたしだけども。悔しいことに顔は凄く好みだ。硬派って聞くだけで好感度アップするところ、実際ありますよね。

疲労から私は机にへばりつき、またため息をついた。



「そんなにため息をつくと幸せが逃げるぞ」

「殴っていい?いや殴る」


 好みだからと言ってムカつかないかと言えば話は別だ。殴ると決めた時には、既に行動は終わっているのだ。

 起き上がりかけた私を石橋君が制した。行動、終わってなかった。


「ダメだ。それでどうすればいいと思う?彼女を見つけるまで街で張り込めばいいだろうか?」

「うん、いいんじゃない?」


 なんでも――本音を少しだけ隠して大いにうなずいた。もうお家かえりたい。あと一時間我慢すれば次に学校に来るのは一週間後。うん、その頃にはきっと平穏な日常が戻っている筈だ。

 私の同意にふむ、と顎に手を当てた石橋君はノートに何かを書くと、その部分をびりびりと破き、私の目の前にポンと置いた。


 渡されたら当然目を通すだろう。そこには駅名と、駅の近くにある喫茶店の名前が書いてある。下には大きく9時集合の文字が大きな丸で何度もぐるぐると囲まれている。


 これはなんだ


 これはなんだ!?



 バッ、と顔を上げた私を眩しい白い歯が迎える。


「遅刻厳禁だからな」


 キーンコーンカーンコーン――


「授業始めるぞー」


 私が口を開く前に、無情にも授業の始まりの合図がなった。先生も当たり前のように教科書を開き、顔を上げてすすり泣く女子生徒達にぎょっと目を見開いた。そんなことよりこの紙っ、ルーズリーフに書かれて紙が重要だ。


「えっ?ちょっ、石橋君!?」

「授業中に無駄話はするな」


 石橋君はいつのまにか席に戻り、常識知らずを見るように私を見下している。思わず怯んでしまったけれど、さっきの自分を棚上げしすぎではないだろうか。

 むにゃむにゃした、なんとも言えない衝動を抑えたまま私はその後の授業を受けるはめになってしまったのだった。やっぱり殴っておけばよかった。



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