表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ

 ずいぶんと深い森だな、と思った。

 もう何時間探索しただろうか。奥に行けばいくほど、葉の色は濃くなる。背の高い木や草が歩みを遅くさせる。やっと暑さが引き、肌寒く感じ始める秋の始まり。まだ紅葉も落葉も本格的ではない。上から下から、さわさわ、かさかさ、と音が鳴っている。風か、獣かの判断がつかない。さっき、ばたばたと梟が飛んで行った時は本気でびっくりした。いきなりはキツイ。

 そういえば、クマ、いるんだっけ。

 木からリスが見下ろしてきた。ちょっとかわいい。でもすぐ走っていってしまった。

 そろそろ帰ろうかな、という、安全を優先したがる気持ちと、いや、ここで止まっては男がすたる、向こう側まで行ってやろう、という好奇心が心の中で大格闘している。

 うーん。


「あ!」


 用心のため手に握っていた携帯電話の光が消えた。慌てて開いてみると、電源切れだ。くそっ、こんなときに。もともと圏外だったのだが、一応気持ちを支えてくれていた。もう辺りは薄暗い。

 決めた。もう一度出直そう。今日は高校が早めに終わったから、と侮って昼食を食べてから出てきてしまった。こんなに深い森だとも思わなかったし、今度は朝から出てこよう。

 俺は小さくため息をついて、くるりと向きを変え……ようとした。

 そのとき。

 ぴきんっ。

 歩みが止まる。音の出どころはわからないが、確かに森に響いた。誰かいるのか?

 誰だ? 人か? だったらこんな森の奥になぜ来る。獣か? もしそうだったら。本能が逃げろ、と告げた。でも、クマだったら足で勝ち目はない。それに、足音でバレたらまずい。とにかく、ここはー、えーと、どうしよう? とりあえず、近くの草むらに頭まですっぽり隠れた。

ぴきんっ。

 また聞こえた。さっきより近い。頼む、気づかれないでくれ。クマって匂いとかわかるのか? やべぇ、俺餃子食ってきちまったよどうしよう。俺は草むらの奥に尻を押し込み、体を縮めた。


「はぁ、はぁ」


 誰かが走っている。小枝を踏みしめる音がせわしない。だんだんこっちに近づいてきている。

 ……よく聞くと、一人じゃない?

 俺は葉と葉の間から目をこらした。まさか、と。でも、目の前を人の足が一瞬通り過ぎ、次に黒いナニカが通った時、それはどうしようもなく畜生な現実だと確信した。

 クマ……?!

 しかも、誰かが餌食になろうとしている。

 俺は思わず立ち上がっていた。そして、薄暗くてよくわからない黒いナニカに、後ろから近くにあった小石を投げつけた。さらに大声で、


「おうい! クマ鍋にしちまうぞ!」


 と、幼稚なセリフで注意を引いた。よく考えると恥ずかしく、そしてなぜこんな危険なことをしたのかわからない。でも後悔してももう遅い。

 黒いナニカは足を止めた。よく見ると、一mほどの背丈だ。闇に溶けて顔や胴の様子はわからないが、なにより、クマにしては少しぼやけてないか?

 黒いナニカが体の向きを変えようとしたので、俺は一目散に走り出した。倒すって? 冗談じゃない。人がクマに勝てるわけがない。道具なしでは。

 今歩いてきた獣道よりも、より背の高い草がぼうぼうと生えている方に足を踏み込む。獣道はいくつも組合わさって入り組んでいた。近道で人のいるところへ出るべきだ。来た方向はこっちで合ってる……はず!

 悪いなとは思いながらも雑草を蹴っ飛ばして走り抜ける。ごめんなさい、不可抗力です。踏み固められていない土に足を取られそうになりながらも後ろを振り向くと、そのナニカはもう追ってきていないようだったが、なぜか嫌な予感が消えなかったので走り続けた。

 もし、あの元々追われていた人の方をまた追ったのだとしても、俺はできるかぎり時間を稼いだ。あの時間を有効活用できたかどうかがその人の運命の分かれ目だ。そうだよな……警察、呼んだほうがいいかな? まあいいか。携帯も使えないし、きっとあの隙に逃げただろう。信じるしかない。

 途中で息が切れ、もう走れなくなっても、後ろや辺りを十二分に気にしながら家路についた。

 何か怖い。気配がする。見られている?

 やっと車が通るような道に来て、足を止めた。気にしすぎかもしれない。でも、用心に越したことはないんじゃないか。そう思って、家に行く道とは反対の方に十分ほど歩き、適当なマンションの中にもぐりこんだ。エレベーターで上まであがり、しゃがみながら降りた。外から見えないようにするためだ。そのエレベーターに乗るおじさんが汚れた豚でも眺めるかのように俺を見たけど、特に気にしなかった。

 しばらくそうしていた。何分かもしれないし、何時間かもしれない。

 ふっ、と嫌な気が消えた。

 俺は立ち上がり、マンションの七階から外を見た。月がかなり傾いている。こんなことをしていられない。帰らないと!

 また、俺は走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ