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第98話 イェレミアスへの依頼

 懇願するリューディア。

 確かに気の毒だが、俺達は既に大きな仕事を受けている。

 今回の2人とのやりとりもはっきり言ってそこから派生したものだ。


「お願いだ、今の私には依頼に対して払う代価が無いのだ。こんな私では……お前の女である、その赤毛より魅力が無いのかもしれないが、何とか受けて貰えないだろうか」


 赤毛とはフェスの事であろう。

 リューディアはその身を捨ててまで魔族に囚われた兄を助けたいのだ。


「姫様! このイェレミアスが不甲斐ないばかりに……申し訳ありません」


 イェレミアスはさっきから下を向いたままである。


「ホクト様……」


 フェスが切なげな視線を俺に送ってくる。

 彼女の言いたい事は分る。


「分った、リューディア。お前の力になろう」


「で、では!」「では!?」


 リューディアとイェレミアスの声が重なった。

 言葉は同じだが意味は全く違うのが分る。

 片やリューディアは俺に抱かれても兄を捜索できる喜びに……

 片やイェレミアスはいうと、遂に敬愛する姫がどこの馬の骨とも分らない人間である俺に抱かれてしまう辛さから来る悔恨の声であろう。

 そんなイェレミアスの気持ちを察したのかリューディアは言う。


「しかし、イェレミアス。もし私がこの人間の子を孕んでもその子を育て上げ、兄を探す事が出来ます。彼の資質なら私との間には本当に強い子が生まれますから。長い目で見ればその方が良いのです」


 はあ!?

 全くアールヴって奴は!

 何故そこまで考えてしまうのか?


 俺が呆れたような目で見るとリューディアと目が合い彼女は僅かに頬を染めた。

 しかし直ぐに顔を横に振り、目を逸らすと吐き捨てるように言う。


「元々、貴方とは愛など無い関係よ。生まれた子は私が貰うからね」


 そしてこれも呆れたように見ているフェスと目が合うと俺とは違って手を合わせて懇願した。


「おい、赤毛。もし私が斃れたら我が子を頼むぞ。お前が育て上げ、兄を探し出すのだ」


 そう言われてさすがにフェスが少し切れた・・・


「言っておくが、私は赤毛・・では無い、フェスティラ・アルファンという名がある。それに生まれてもいない子供の事など知らない」


 フェスはそうリューディアに言い放つと俺の方に向き直り、考え直しましょうと柳眉を逆立てた。


「ま、待ってくれ! 姫様にも悪気は無いのだ。姫様、今の申され方は姫様がよろしくない」


 イェレミアスが慌てて俺とフェスに取り縋った。

 ここで見捨てられると2人にとっては万策が尽きてしまうからであろう。


 俺は少し対応を考え直す事にした。

 2人が居る所から少し離れて俺とフェスは話し合う。


「フェス――どうする?」


「少しというか凄く呆れました。ただあのアールヴの姫が言った事は全くの本音ではありません」


「じゃあ、こうしよう」


 俺はフェスにある提案をした。

 これで折り合ってくれれば良いのだが……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とフェスはリューディアとイェレミアスを前にして先程の話の続きをしようとしていた。


「いよいよ私をお前の『女』にする覚悟を決めたか! さあ、お前の子種を貰おうか!」


 リューディアは相変わらずである。


「リューディア」


「何だ?」


「お前、少し黙っていろ」


 俺の教育的指導にリューディアは渋い顔をして黙り込んでしまった。

 リューディアを無視して俺は話を続ける。


「じゃあ最初から話をしよう。今回俺達クランが受けたミッションだが、俺達はある商会とともに北の国ロドニアに向うんだ」


「ロドニア!?」


 リューディアの食いつきが相変わらず良いが俺はスルーする。


「これが依頼書だ」


 俺は2人に依頼書を提示した。


【依頼書】


 ☆依頼ランク:ランクA

 ☆発注先:Aランククラン【黄金のステイゴールド

 ☆依頼内容:【キングスレー商会ロドニア王国隊商及びスタッフの警護】

 ※キングスレー商会スタッフ、マルコ・フォンティの了解を得た上での現地での宰領権限を委譲するものとする。

  補助スタッフ、装備等の裁量はクランリーダーに当初より任せるものとする。


 ☆拘束期間:約5週間

 ☆依頼主:キングスレー商会会頭:チャールズ・キングスレー


 ☆報酬:神金貨2枚、竜金貨5枚※成功報酬、下記条件による

 ※積荷神金貨3枚分納品が前提条件、達成できない場合は前金の神金貨1枚、竜金貨5枚のみ支払う事とする。

 ※残りの積荷神金貨2枚分において、竜金貨1枚分が納品が達成されるごとに王金貨3枚が支払われる事とする。


 依頼書を見たリューディアとイェレミアスは唖然としている。


「お前達――冒険者ギルドの高ランククランはこんな条件で雇用されているのか?」


「たまたまだ。指名もあったからな」


 イェレミアスは、しがない傭兵稼業をしてたせいか、自分の報酬との金額の差に愕然としているのであろう。


「これで分っただろう、お前達の依頼は直ぐに受けられない」


 俺の言葉を聞いて今迄浮かれていたリューディアが気の毒なくらい落ち込んでいる。

 イェレミアスも同様だ。


「イェレミアス、その依頼書の☆3番目の依頼内容を見てくれるか」


 俺は落ち込んでいるイェレミアスに対して依頼書の3番目の項目を読むように促した。

 彼は一生懸命に条項を読んでいたが悲しそうに首を振った。


「分らない、俺にどうしろと言うのだ」


「ははは、余裕が無いと注意力も疎かになる。項目の中をもう1回読んでみろ」


 俺に促されてイェレミアスは渋々と読み返したが表情に変化が生じる。


「補助スタッフ、装備等の裁量はクランリーダーに当初より任せるものとする……こ、これか?」


 俺はイェレミアスに向かって大きく頷くとお前を雇おうと告げた。


「アールヴの国はロドニアの更に北だろう。周囲には魔境が広がっている。何か手懸かりがあるやもしれない。あくまでもこの依頼が優先だが、情報収集を行いながら、何かあったら手を貸してやろう」


 俺の言葉を聞いてイェレミアスは歯を食いしばっている。

 どうしたと俺が聞くといきなり頭を下げたのである。


「済まぬ! お前の配慮はアールヴの戦士の魂に響いた。俺はお前に必ず恩を返す。覚えていてくれ」


 俺はイェレミアスに雇用の条件を話し、大体の了解を得るとふうと大きく息を吐いた。

 その瞬間である。

 俺は背後に凄まじい殺気を感じたのだ。


「……ホクト、私との事はどうなるのだ?」


 俺が振り返ると、今までスルーされていたリューディアが鬼のような形相で睨んでいたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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