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第97話 懇願

 さあと、俺はイェレミアスに声を掛けた。


「リューディアはご覧の通り、元気過ぎるくらいだ。こちらは約束を守ったぞ、今度はそちらの番だ」


 俺が元気過ぎるくらいだと言うとリューディアがまた火の出るような目で睨んできたが、俺は口笛を吹いて彼女の視線を外す。

 そんな俺をイェレミアスは長い間、穴の開くほど見詰めていたが、大きな溜息を吐いた。


「分った、約束だ。こちらもきちんと守る。連絡役は姫様や俺と同じアールヴのルナー・ハルメトヤだ。そして俺の雇い先は特定の所は無い。まあ傭兵だからな。しかし今迄で1番依頼が多かったのは王都アンティガ商会のマネージャー、ダンカン・モルダーからだな」


 俺はそれを聞くと連絡役の住所を尋ねる。


「おい……ハルトメヤのやさはどこだ?」


「ああ、お前達が俺達を探しに来た貧民街スラムの中、5分ほど離れた家だ」


 俺はイェレミアスからそれを聞きだすとフェスに視線を向ける。

 彼女も満足したように頷いた。


「確かに聞いた。ではお前達に用は無い。解放するから姫共々王都まで転移魔法で送ってやる。もう2度と会う事もないだろう」


 その俺の言葉を聞いたリューディアはまたこちらを睨んでいる。

 そして口の中で何か呟いていた。

 イェレミアスがリューディアの方に向き直る。


「姫様、同胞を売るような結果になりましたが、貴女と私が解放されるのを優先しました」


 リューディアはじっと何かを考えている様子だ。

 再度イェレミアスは俺の方に向き直る。


「悪いが、もう1回だけ俺と会ってくれ。ハルトメヤの事だ。奴にもし俺が嵌められたとしたら落とし前をつけたい」


 しかし俺はイェレミアスに対して首を横に振った。


「悪いが、それは出来ない。理由は2つだ。1つ目はお前への報告は念話で済むからだ」


「念話……だと?」


 イェレミアスは怪訝そうな顔をした。

 念話を知らないのだな、こいつは……

 良し論より証拠だ、直接話しかけてやれ。


『良いか、これが念話だ』


えっ!? という顔をしてイェレミアスが俺の顔を見る。


『俺はお前のこころに直接話し掛ける事が出来る。少なくともこの国の中くらいなら大丈夫だ』


『お、お前は……な、何者だ!?』


イェレミアスから魂の言葉と共に俺に送られて来る魔力波は怯えていた。

自分の想像を超える存在に関して怯えてしまうのは人間もアールヴも一緒らしい。


『人間だ、一応な』


『う、嘘だ! 先程からお前が使っているのは神力しんりきに違いない。お前は神か、その使徒だな?』


 当たらずとも遠からず……こいつは結構、勘の良い奴だな。

 俺はイェレミアスに対して今回の件はこちらで始末をつける旨をきっぱりと通告したのである。


『その質問に答える前に2つ目の理由を言っておこう。ハルトメヤがもし俺の予想している通りの事をしていたら罰を受けて貰う。そしてお前の落とし前は悪いが無視させて貰う』


『しかし……そうなると俺だけの問題では無い。アールヴ全ての問題にもなる

し、長であるソウェルにも報告しないといけないのだ』


 アールヴのソウェルとは古代語で太陽の事を意味していてすなわち彼等種族の長の称号だ。


「さっきから何をしているのです」


 俺と見詰め合って青くなったイェレミアスを見てリューディアがじれったそうに叫んだ。

 そして顔色が蒼白になっていたイェレミアスを更に蒼白にさせるような発言をしたのである。


「イェレミアス! 私、この男の妾になります、宜しくて?」


 はぁ!?

 何を言っているんだ? こいつは。

 俺にはリューディアのいきなりの宣言の真意が分らなかった。


「イェレミアスが私に聞こえない声でお前に糾弾されていたんでしょう? 多分、ハルトメヤの事ね」


「あのなぁ! 俺は糾弾なんかしていない。今回の件は俺達で決着をつける、そう言っただけだ。後、俺はお前なんか要らん!」


 決着をつける事はともかくその後の言葉は俺にとっては失言であった。

 俺に拒絶されたリューディアが見る見るうちに目に涙を溜めて嗚咽し出したのである。


「ホクト様……」


 フェスが俺を責めるような眼差しで見詰めている。


「昨夜の態度と言い、何か訳がありそうですよ、この娘。とりあえず話を聞いてあげましょう」


 フェスの言葉を聞いたイェレミアスが頭を下げ、何と「済まぬ」とひと言唸るように言ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「実は、私達……誓いを立てて旅をしていたのよ」


 リューディアが俺の顔を見ながらぽつりぽつりと話し出した。

 イェレミアスは俯いて拳を握り締めている。


「誓い?」


 俺は思わず聞き返した。


「ええ、誓いよ。私には兄が居て2年前に私の身代わりとなって怖ろしい魔族に連れ去られたの」


「魔族……」


「そう……とても強靭な肉体を持ち、魔法に対する抵抗レジストもある。私の技は魔法から体術まで殆どきかなかった」


 リューディアは唇を噛み締めていた。

 余程、悔しかったようだ。


「私が囚われ、捕虜として連れ去られそうになった時、兄が来て自分と交換するように言ったのよ」


 また歯を噛み締める音がした。

 今度はイェレミアスである。


「どういう価値基準か、分らないけど奴等はその提案を受け入れたわ。私を放り出して兄を連れて行ったの……魔力も体力も尽きていた私に追跡する事は不可能だった。そして倒れていた私はこのイェレミアスに発見され、里に戻る事が出来た」


 そこでリューディアは大きな溜息を吐いた。


「戻った私に対して父である王は強くなじったわ。何故お前が連れ去られなかったのかと……」


 そう言うリューディアの目にはまた涙が一杯に溜まっていた。


「その時、私は誓いを立てたの。兄を救い、連れ戻してみせると。イェレミアスは元々兄の専属従士で私と一緒に旅をする事を申し出てくれたのです」


 リューディアはそう言い終わると私達に力を貸してくださいと掠れた声で懇願するのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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