第96話 誠意ある問答
アールヴの戦士イェレミアスは観念したのか大人しくなった。
しかし眼光は未だ鋭いままである。
「お前が話をする前にこちらが何故ここまで手荒な事をしたのか話しておこう」
イェレミアスがほうと感心したように呟く。
「少しは紳士的なようだな」
紳士的?
俺は思わず苦笑する。
「いきなり急所を狙って来るようなお前が言う台詞ではないぞ」
「…………」
黙り込んでしまったイェレミアスに俺は肩を竦めると少しずつ慎重に話し始める。
アールヴは基本的に清廉で誇り高い。
もし奴自身が知らないうちに今回の件に加担していたと知ったら暴走する可能性があるからだ。
「ある筋から、お前はこの王都セントヘレナの情報屋だと聞いたが?」
「情報屋? 俺は戦士だ。姫様御付のな。それ以上でもそれ以下でもない」
「……では質問を変える。お前はこの人間の街で何を生業として生きている?」
俺のその質問に少し考え込む様子をしたイェレミアス。
躊躇いがあった後に彼が答えたのは今迄予想していたのと違うものであった。
「傭兵だ。依頼の1件毎に契約し、金を貰っていた。ここでの生活を支える為にな」
俺は改めてイェレミアスを見た。
彼の魔力波は一切乱れを見せておらず、嘘をついているとは思えなかった。
「イェレミアス、お前を信じた上で事実をそのまま伝えよう」
俺が更に礼を尽くしたのでイェレミアスも居住まいを正す。
鋭い眼差しにも僅かだが温かみが感じられるようだ
「俺達は先日、この国の街バートランドから北の国ロドニアに向かう街道沿いで山賊の集団に遭遇し、これを殲滅した」
イェレミアスの表情は全く変わらない。
「奴等は街道を通る商隊を襲い、捕らえた人間を容赦なく嬲り者にして奴隷として売っていた」
「……よくある事だ」
イェレミアスは何の感情も表さない抑揚の無い声で言った。
「ここからが問題だ。奴等は襲う商隊が来る情報の出元がお前だと白状した。俺の使った魔法によると嘘を言っているとは思えない」
それを聞いたイェレミアスの両目が大きく開かれた。
黙って俺を見詰めている。
「奴等が嘘を言っていないとすれば、お前の名を騙っている者が居る。心当たりは無いか」
「無い!」
即答である。
俺は頷くと最後の質問だと切り出した。
「お前の雇い主と連絡役を教えてくれ……後は俺達が調べる」
「断ると言ったら?」
傭兵としての矜持があるのであろう。
イェレミアスは最後の抵抗を示したのだ。
「答えるのがリューディアを解放する条件だ。お前が断ったら彼女を被害者と同じように処分する」
「被害者? 姫様を奴隷に堕とすという事か?」
「その通りだ。これに関しては卑怯だとは思わない。俺は悲惨な被害者を目の当たりにしているんだ」
「…………」
暫く考えた後にイェレミアスは俺の出した条件を呑んだ。
「但し姫様の無事を確認してからだ。其の上で話す」
「分った、直ぐに会わせてやろう。目を閉じてくれ」
「何をする気だ?」
イェレミアスはこれから俺がやろうとする事の予測がつかないらしい。
俺はフェスに目配せすると魔力を高めて行く。
ぴりぴりと肌に刺激が生じて部屋に魔力波が放出されているのが彼にも分っているであろう。
俺はタイミングを見て転移の魔法を発動した。
いきなり高い圧力の魔力波に包まれたイェレミアスは状況が理解出来ないらしく低く呻いた。
しかし目は確りと閉じている。
案外、愚直で良い男だと俺は思った。
「目を開けて良いぞ」
イェレミアスが目を開けると白い何も無い空間が広がっている。
「お、おお! ここは?」
「俺が作った亜空間だ。場所はバートランドの俺の屋敷の中だ」
「亜空間……だと!?」
「そうだ、もう直ぐリューディアに会えるぞ。フェス開けてくれ!」
俺が外界への扉を作りフェスに促すと彼女は扉を開き、一足先に外に出た。
「さあ、外に出てくれ」
そう言う俺をイェレミアスは訝しげに見詰めている。
「どうした?」
「拘束しないのか? 俺が姫様を奪還する為に暴れたらどうする?」
それを聞いた俺は大きく首を横に振った。
「お前はそんな事はしないし、出来ない。そう思う」
「…………」
そんな俺の答えに対してイェレミアスは無言で亜空間の外に出たのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バートランドの俺の屋敷にイェレミアスを伴い戻った俺とフェス。
応対に出たスピロフスに理由を話すと心得たと先導し、イェレミアスが続く。
その直後に俺とフェスがゆっくりと歩いて行く。
ひと目で敵だと分るイェレミアスの姿を見てもスピロフスは態度を変えなかった。
かなりの強者だと識別した筈であるが彼なりの尺度があるのだろう。
2階のリューディアが居る部屋の前に着いた我々だったが、そこでも彼の驚く事が待っていた。
「リューディア様、宜しいですか? 貴女の臣下の方がいらっしゃいましたが?」
スピロフスがノックをして部屋の中に声を掛けるとリューディアの驚いた声が返って来たのである。
「えっ! イェレミアスが? と、通してください!」
「では開けますよ、失礼」
スピロフスはリューディアに断ってから無造作にドアを開けたのだ。
何っ!? 施錠をしていないのか?
イェレミアスには不可解であった。
彼の中では捕虜の管理とは自由を奪って逃げられなくする事だから。
それでもドアが開いてその向こうに主人であるリューディアの姿を認めた途端
イェレミアスは即座に駆け寄り、跪いたのだ。
「姫様、ご無事で!」
その後ろから俺は先程イェレミアスに言った通りに2人に声を掛けた。
「ああ、何もしていない。この屋敷に運んだ時に横抱きにしただけで後は指1本、触れてもいないぞ」
それを聞いたリューディアはすっくと立ち上がり、俺の傍に来るといきなり平手打ちを喰らわせようとした。
そのような時は平手打ちを受けるのが『お約束』かもしれないが俺は魔力波で前以って予測できるし、痛いのは嫌なので遠慮なく避けたのである。
よもや俺に避けられると思っていなかったのであろう。
リューディアは怒りの余り地団太を踏んだ。
「私に魅力が無いなどと言って昨夜は抱こうともしなかった無礼者よ、貴方は!」
女のプライドはどう転ぶか分らない。
燃え盛る炎のような目で俺を睨みつけるリューディア。
跪いたまま、固まっているイェレミアスを見ながら俺は大きな溜息をついていたのであった。
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