第95話 アールヴの戦士
翌朝……
俺達がいつもの通りにぎやかに朝食を摂る傍らで囚われの身であるアールヴの元王女リューディアは黙って食べ物を口に運んでいた。
俺は彼女が食べ終わるのを見計らってから声を掛けた。
「リューディア」
「…………」
彼女は俺に視線を合わせず無言である。
「俺はこれからイェレミアスに会う。手荒な事はしたくないが、抵抗すれば最悪殺す事になるかもしれない。そうならない為にお前が俺に何か言っておく事は無いか?」
俺が彼を殺すと言った所でリューディアの眉がぴくりと動いたがやはり彼女は全く反応しなかった。
「分った、お前が態度を変えないのであれば仕方が無いという事で構わないな」
俺はもうリューディアに構わず、出掛けようと決めた。
キングスレー商会手配のマルコの商隊護衛のルートの下見もしなくてはならないので、それはクラリスとオデットに任せる事にする。
「クラリス、オデットの事を頼むぞ」
そう言うと慌てたオデットが俺に食ってかかる。
「あ、主よ! 普通は逆だろう。何故妹分のクラリスが私の面倒を見るのだ?」
「分った、オデット。クラリスの面倒を見てやれよ。お前の活躍に期待しているからな」
俺がそう言うとオデットは我が意を得たりという気持ちが丸分りで得意満面だ。
「ははは、やはり私が居なくては従士隊は成り立たないな」
高笑いするオデットに頼むぞと念押しした俺はフェスに向かって今日はお前と王都に行くと告げたのであった。
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「はあい、ホクト様! 行って来ま~す!」
「こ、こらっ! クラリス。私より目立っては駄目ではないか?」
先にオデット、クラリス組が出発する。
相変わらず騒がしいが、転移魔法の腕は確かだ。
目の前でかき消すように居なくなる。
「じゃあ、スピロフス、ナタリア頼むぞ! 彼女の世話もよろしくな」
「はい、ご主人様」「お任せ下さい、ご主人様」
俺はフェスと手を繋いで言霊を唱えると周りの景色が一変する。
王都セントヘレナに近い亜空間に転移したのである。
「ホクト様、亜空間の位置はスラムの近くに設定されています。まだ朝が早いせいか、人影はまばらです」
俺とフェスはタイミングを見計らって亜空間の外に出た。
しかし少し歩くと昨日の今日のせいか、建物の影から俺達に視線が集中する。
羨望、驚愕、物珍しさ、様々な視線が飛び交う中で明らかに殺意の篭った視線も混ざっていた。
「どうだい、フェス。いきなりの歓迎振りだな」
「ふふふ、確かにそうですね。ここは正々堂々と乗り込みましょうか?」
「了解だ」
俺はフェスの手を改めて確りと握った。
彼女もしっかりと握り返して来た。
あちこちから放たれる視線の中でも羨望と殺意の視線が益々強くなった。
俺達はそんな視線をものともせずリューディアの居たイェレミアスの家に向かって歩いて行く。
やがて奴の家が見えて来たが、何とドアの前にそのイェレミアスらしい老齢の男が腕組みをして待ち構えているのが見えた。
多分、俺達を見つけた誰かが奴に報せたのであろう。
近付いて奴の顔を見ると、シルバープラチナの長髪を持ったもう数千年は生きているらしい老アールヴである。
「俺達をわざわざ出迎えかい? ご苦労なこったな」
「……姫様はどこだ?」
イェレミアスがぽつりと呟いた。
その言葉にも殺気が篭っている。
「只で教えると思うか? これは取引だ。お前が裏で何をしているか洗い浚い吐いて貰おう。そうしたらリューディアは返してやる」
しかし俺がリューディアの名を呼ぶと彼の長い耳がぴくりと動く。
「取引などしない……お前を殺してその女に姫様を返させる……お、お前如きが」
奴の強烈な殺気が俺に向かっていきなり叩きつけられた。
気がつくといきなり奴の身体全体に魔力が満ち満ちていた。
魔力と言うより闘気と言って良いかもしれない。
「軽々しく姫様の名を呼ぶなぁっ!」
イェレミアスは不規則な動きをしながら、変則的な突きと蹴りを放ってきた。
突きは目を潰す事を目的とし、蹴りはいきなり股間の急所を狙ったものでえげつない事極まりない。
しかしやはり俺には通用しない。
奴が発する乱れた魔力波が突きや蹴りの軌道をはっきりと教えてくれるからだ。
俺はそれらを易々と躱すとにやりと笑い、奴を挑発した。
まさか、軽々と躱されると思ってもいなかったのであろう。
「殺す!」
今度は確実に俺を仕留めようとしたのであろう――予備動作が殆ど無い拳と蹴りを放ってきたのだ。
しかし今度も俺はそれを楽々と躱した。
「うおおおおおっ!」
イェレミアスは悔しそうに絶叫した。
「ふふふ、種族的に劣る身体の速度と膂力を魔法で一時的に強力な身体に変える……貴方の拳法はアールヴ族の長であるソウェル直伝の魔導拳ね」
フェスに見破られて、さすがにイェレミアスの顔色が変わった。
「な、何故それを!? き、貴様等何者だ!?」
フェスを睨むイェレミアスの腹に俺の拳が食い込んだ。
「余所見は不味いぜ! おおっ! 成る程。予備動作が無いとこんなに容易く当たるものか?」
俺は奴の脇腹に軽く蹴りを打ち込んだ。
当然予備動作無しの蹴りである。
イェレミアスは身体強化の魔法を掛けていたらしいが、俺の蹴りの前では殆ど効き目が無かった。
蹲るイェレミアスに俺は間断なく「束縛」の魔法を掛け、身体の自由を奪い、蹴りを入れて転がしてしまった。
今迄周りに居た『見物人』の気配が消えている。
イェレミアスがあっさり敗れた事で一斉に逃亡してしまったのであろう。
「く、糞っ! 殺せ! その様子だともう姫様も穢されてしまっただろう。俺はもう生きている価値も無い」
呻くイェレミアスは俺を睨み、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
「心配するな。リューディアには指1本触れていないさ。飯はたくさん食わせたけどな」
「う、嘘をつけ! 姫様はあの美貌だ。男だったら必ず抱こうと考える筈だ」
尚も睨むイェレミアスに俺はフェスを抱えて前に出すとこう言ってやったのである。
「俺にはこの娘が居る。そこまで飢えちゃいないさ」
「も、もうホクト様!」
照れて真っ赤になるフェスは俯いてしまう。
「………本当に姫様は無事なのか?」
「お前が白状したら直ぐに会わせてやるさ」
俺の言葉にイェレミアスは鋭い視線を変えずにようやく頷いたのであった。
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