第94話 王女のプライド
俺はリューディアを更に問い質す。
「元王女か……どうして『元』になったのか教えてくれるか?」
「逆に聞きたいわ、どうして見ず知らずの貴方に私の身の上を話さねばいけないの?」
俺達が知りたいのはこのアールヴの仲間が本当に情報屋としてキングスレー商会の敵である何者かと結託して悪事を働いているか、そして目的は何かという事だ。
彼女の生い立ちに何か関係があるとすればそれは重要な手懸かりである。
俺は今思ったままを彼女に伝えたが返事はつれない物であった。
「私はイェレミアスを信じているの」
そのひと言である。
埒が明かないので俺は少し揺さぶる事にした。
「リューディア、さっきも言ったようにお前の魂に直接聞く事も出来るが、言わないのなら、そのイェレミアスとやらに直接聞こう」
「直接!?」
俺の言葉を聞いてリューディアは力に訴える事を連想したようだ。
しかし彼女は平静であった。
「貴方なんか彼に力で話をさせようとしても返り討ちになるだけよ」
彼はアールヴでも指折りの戦士だからとリューディアは俺を憎しみの篭った目で見詰めている。
「ははは、そこでお前という手駒の登場さ」
「手駒?」
きょとんとしているリューディアに俺は凄く悪人顔をして面白可笑しく伝えてやる。
「お前が正直に言わないと人質の姫を犯すとね」
俺の悪魔のようなやり方を聞いたリューディアは華奢な身を震わせて叫ぶ。
菫色のその目には本物の憎悪が宿っている。
「卑怯者! 私を犯すなんて!」
「卑怯だと? 結構だ。イェレミアスの流した情報で何人もの女性が犯され、性奴隷として売られているんだ。白状しないなら実力行使って事だよ」
そこにオデットが激高して俺を詰り始めた。
「あ、主よ! 見損なったぞ。そんな汚い手など使わずに堂々と相手に聞いたら良いではないか? 男として卑怯だぞ」
俺はオデットをスルーしてフェスとクラリスに片目を瞑る。
「ははは、オデット……冗談だよ。俺には2人も美い女が居る。こんな痩せっぽっちのアールヴを抱きたいなんて思わないさ」
「え、2人!?」
オデットが呆然としていると俺の両脇にフェスとクラリスが並んでしなだれかかった。
「あううう……」
フェスはともかくクラリスまで!
オデットの噛み締める歯にぎりりと力が入る。
「2人共最高に美い女さ。それはお前もよ~く分っているだろう」
そんな俺達の様子を見てリューディアも呆然としていた。
俺はリューディアに向き直って笑う。
「という訳でお前を犯すと言うのは『方便』として使わせて貰う。逆にそのイェレミアスがお前をどれくらい大事に考えているかが分るだろうよ」
リューディアは俯いて黙っている。
美しさを誇示する傾向のあるアールヴの女の中でも元王族の女という最高級のプライドが傷つけられたのか、それともイェレミアスが自分の事をどう思っているか知りたいのか、発する魔力波を見る限りその両方であるのだろう。
俺は魔導時計を見た。
午後11時を回っている。
もう夜も更けてきた。
今日はもうリューディアをゆっくりと寝かせてやろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バートランド、ジョー・ホクト邸
午前2時……
リューディアにあてがわれた2階の部屋のドアがゆっくりと開いて行く。
ドアが少し開いた所でリューディアが顔を出し左右を見渡す。
そしてするりと身体を外に出すと静かに3階へ昇る階段に向かって歩き始めた。
いわゆる忍び足である。
どうやらこの屋敷の主人であるホクトの部屋に行きたいようだ。
「リューディア殿、どちらに行かれる?」
背後から声が掛ってびくっとするリューディア……
振り返ればそこには腕を組んで顔に何の表情も出して居ないオデットの姿があった。
「う、うわっ!」
「どちらに行かれる?」
オデットは無表情のまま、もう1度機械的に繰り返した。
リューディアは荒い息を整えると掠れた声で「トイレへ」と呟いたのである。
相変わらずオデットは表情を変えない。
「では方向違いだな、トイレは逆側だ」
一瞬の沈黙……
何かを問い掛けたそうなリューディアにオデットはあちらですと無情に言い渡したのであった。
――10分後
リューディアが部屋に戻ると部屋の前には未だオデットが立ち尽くしていた。
それを見たリューディアは小さく溜息を吐いた。
「ご苦労な事だわ」
彼女はそう呟くと意を決したようにオデットに近付いて行く。
「ひとつ聞きたい事があるのだけど」
オデットは何も言わずに鷹揚に頷いた。
その態度に少しいらっと来たリューディアではあったがそこは囚われの身。
肩身の狭さを耐えながら下手に出て聞いてみる。
本当はこの屋敷の主人に直接聞きたかったのだが……
「あ、あの私を犯すと言って嬲り者にしておきながら……彼の本心はどうなの?」
それを聞いたオデットはふっと笑う。
「ははは。私もつい激高して詰ってしまったが、よく考えればあの主がそんな事をする訳がない。何たって私の次に美い女達を恋人にしているんだからな」
オデットのその言い方に、またいらっと来たリューディアではあったが、改めて聞きたい事があったのだ。
「では……捕虜の私は夜伽を求められる価値も無い女なのか?」
「ああ、この私でさえまだ呼ばれないのだ。お前など候補に挙がる以前の問題だ」
今のオデットの言葉で完全に止めを刺されたリューディア。
彼女の頭で様々な価値観が入り乱れる中、この屋敷の主人に抱かれるなど当然忌み嫌われた筈なのにリューディアは何故か辛そうに肩を落としてあてがわれた部屋に引き揚げたのであった。
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